かわたれ時…最終話時間と太陽の少女〜タイム・サン・ガールズ24
「……。お母さん……あたしはすごくむなしいよ。お母さんが考えている事ってさ、すごく小さい。それにマイとやった行動はただの迷惑だ。お母さんがあたしを恨んでいる事も愛してくれていない事も知ってた……。でも……こんなに失望させないでよ……。」
サキは再び剣を構えると光のない瞳で厄神を睨みつけた。厄神はケタケタ笑いながらサキに剣を振りかぶる。サキの感情は怒りへと変貌した。
……あたしは誰の為に頑張ってきた?誰をずっとかばってきた?お母さんはあたしに何をしてくれた?何もしてくれなかった。勝手に恨まれて勝手に殺されかけて……。あたし、なんでこの人をかばっていたんだい?
……許せない……
「うわあああ!」
サキは厄神を睨みつけると剣を振るった。厄神は剣を受け弾く。二神は激しいぶつかり合いを始めた。剣と剣がお互いを切り裂く。
「おい!サキ!これは違う!」
みー君はサキを止めようとしたがマイに止められた。
「行くな。ここにいろ。」
マイは薄ら笑いを浮かべ、みー君を引っ張った。
「うぐっ!」
みー君は何かに思い切り引っ張られ、近くの壁に激突した。
「馬鹿な男だ。太陽の姫に気を取られて油断するとは。」
「……つぅ……マイ……てめぇ。」
みー君はマイを睨みつけた。みー君の身体には知らぬ間に沢山の細い糸がからまっている。
「心配するな。罪神の証であるこの鎖、もうはずせない事は知っている。私はもう逃げない。」
もがくみー君の横にマイはそっと座った。
……サキ……その感情は違う!お前が持つべき心はそっちじゃねぇ!このままじゃサキは厄に飲み込まれる……。
しばらく激しい打ち合いをしていたサキと厄神だったがサキの方が上手だった。サキは厄神の剣を遠くに弾き飛ばし、厄神の女を押さえつけ、剣を首元に突き付けた。
「はあ……はあ……。」
サキの身体は切り傷だらけで血が身体を汚していた。瞳は憎しみにあふれており、瞳孔は開いている。
……殺してやる……
サキは震える声で小さくつぶやいた。厄神の女はサキの様を見て楽しそうに笑っていた。
サキはもう、太陽神としての尊厳も威厳もすべて忘れてしまっていた。優しさすらももう心にはなかった。ただ、黒くなっていく瞳に身を任せていた。
……コロシテヤル……
サキは狂気的な雰囲気のまま厄神に向かい剣を振りかぶった。
「やめろ!お前は人を救う神だ!俺達の方に落ちるんじゃねぇ!」
みー君はマイの糸を神力で切り、サキを思い切り突き飛ばした。サキは瓦屋根の上を転がり、勢いよく倒れた。サキが持っていた剣はサキの手から離れ、みー君の近くに突き刺さった。
「みー君……何するんだい!あたしが殺して……。」
「ばかやろう!太陽の姫が……そんな顔で殺してやるなんて言うなよ……。頼む……。俺達の方へは来るな!負の感情に負けんじゃねぇ!」
みー君は苦痛の声を漏らした。
「……そんな事……そんな事言ったって……。」
サキは酷く切ない顔でみー君を見上げた。その時、サキはみー君の腕から血が滴っているのを見た。
「けっこうイテェな……。腕飛んじまったかと思ったぜ……。」
みー君は痛みに顔をしかめ、そうつぶやいていた。ふとサキは思い出した。みー君がなんでサキについてきたのか。
……あたしを守れなかったら……みー君が傷つく……。
みー君はワイズとの罰により自身の神力の鎖を巻いている。サキを守れなければその鎖がちぎれる仕組みだ。そしてみー君は耐えがたい苦痛を負う。
「みー君……腕……。」
サキがみー君に手を伸ばしたがサキの手はみー君には届かなかった。
「あなたは本当に厄神なの?」
厄神の女はみー君を見つめ、冷たく笑った。
「ああ。俺は厄神だ。こういう役回りはサキがやるもんじゃない。俺がやるもんだ。これ以上、太陽の姫を壊すなよ。サキはな、優しい奴なんだ。」
みー君は厄神の女に近づくと手から風で作った槍を出現させた。槍は鉄のように固く、刃物の様に斬れる。
「みー君!まっ……」
サキが最後まで言い終わる前にみー君の槍が厄神の女の首元を貫いた。急所だった。血がサキの足付近まで飛び散る。サキの瞳に動揺の色が浮かんだ。
厄神はケタケタと不気味に声にならない声で笑っていた。
……私が死んでもあの子は一生苦しんでいくわ。いい気味……ね。
厄神がつぶやくように言った言葉は途中で切れた。みー君が風の槍でトドメを差したからだ。厄神の女は不気味に笑いながら風に溶けるように消えて行った。
「……お前はこいつを殺したかったんだろ。殺してやったぜ。」
みー君は風の槍を消すとサキに向き直った。サキは震えていた。みー君は神を一神殺したのに平然としている。なぜそんな事を平然とできるのか……。サキは目の前にいる男神を初めて怖いと思った。
「……違う……違うよ。みー君……。これは違う……。」
「何が違うんだ?言ってみろよ。お前はあの厄神を消したかったんだろうが。」
みー君は鋭い瞳でサキを見据える。サキは自分が一体どういう気持ちでいるのかよくわからなくなっていた。
ただ、この行き場のない感情をどこかにぶつけたかっただけだ。
「でもやっぱり……これは違う……。」
「俺がやった事はさっき、お前がやろうとしていた事だぞ。」
「!」
サキは気がついた。自分は先程、みー君と同じことをしようとしていた。あの厄神を殺そうとしていた。
……負の感情に支配されて厄に落ちると……もう……光の中を歩けない……。
「……だから俺達の方には落ちるなと言ったんだ……。」
サキは厄神がいた場所を見つめながら呆然としていた。いつものサキの面影はない。サキの目から涙が落ちるたびに太陽神の力は衰えていくようだった。
「サキ、あれはお前の母じゃない。お前の母が生み出した厄だ。あの厄神は消えた。……後はお前次第だ。後はお前が人間に戻ったお前の母親を助けてやれ。お前はすべての生きる物に道を照らす神だ。人間になったお前の母親がお前を頼っているかもしれないだろうが。お前は殺す神じゃない。生む神だ。」
みー君はサキに向かい、そうつぶやいた。サキはうつむいているだけだった。
「そろそろ時間じゃぞい。」
いつの間にかヒメがサキ達の前に現れていた。高天原のワープ装置を使ったらしい。
ヒメはサキの様子とみー君の怪我を見て何かあったのかと怪しんだがサキ達を元の世界に戻す方向に頭を切り替えた。
「語括もつかまったんじゃな。……解決は……したのかの?」
ヒメはサキを一瞥し、歴史を具現化した。
「ああ、した。問題ない。」
みー君はそっけなくつぶやいた。
「向こうでアヤが道を開いてくれておるらしいのでな。今が戻れるチャンスじゃ。」
「わかった。」
みー君はヒメに一言答えると空虚な目をしているサキと拘束したマイを引っ張り、真っ白に染まっていく世界をじっと見つめた。
サキとサキの母親の歴史がここで終わった。白い空間の中、サキは自分の記憶を見ていた。
五歳になるまでサキと母は幸せな日々を送っていた。しかし、幸せな日々はサキが太陽神になってしまったあたりから崩れ、どんどんと酷くなっていった。
……お母さんはあたしを恨んでた。お母さんは勝手だ。お母さんはあたしの事をなんにも考えてくれなかった。やっぱり……こういう気持ち嫌だけど……許せない。
「!」
その中でサキは見た。人間に戻った母が病院のベッドで太陽を優しげな顔で見上げていた。
その笑顔は太陽に向けたものかサキに向けたものかはわからない。
サキは遠ざかる母の映像をずっと見つめていた。年相応に戻った母の表情は弱々しくせつなげだった。
「お母さん……。そんな顔しないでよ……。許せなかったはずなのに……。」
サキは母親に手を伸ばしていた。しかし、サキの手は母には届かず、母は太陽の光に抱かれながらベッドの上に横たわっているだけだった。
……あたしはあの人も太陽の光で守ってあげないといけないんだ。もうあの禁忌を起こさせないためにあたしが正しい道にお母さんを導かなくちゃいけないんだ。あたしはあの人の娘で……太陽神の頭なんだから……わかっているよ……。わかってるんだ。
……でも、じゃあ、あたしの気持ちは……? この気持ちはどこにぶつけたらいいんだい?
……あの人を許してあげたい気持ちと許せない気持ちがあたしの中でまわっているんだ……。
「許せなくても助けてあげな。あんたは色んな人を幸せにする神だ。……あんた自身が壊れそうな時は色々な人達から優しくしてもらえばいいと思うよ。あたしの分も頑張ってくれんでしょ。あんたがそんなんじゃ、あたし、あんたの中にいらんないんだけど。」
ふとサキの頭に声が響いた。それは自分自身の声だったが今のサキとは別人だ。
……もう一人のあたし……。
「それにあんたには沢山仲間がいるじゃん。特にあんたの側をいつもちょろちょろしているあのイケメンさんとかさ。あんたはどれだけ感じているかわからないけどあの男、けっこうあんたの事を心配しているし、自分もやばいのにあんたを助けるし……ああいう奴を大事にして……お母さんお母さん言うのをやめな。あんたは酷い事をした母親でも平然と守れるような女になりなよ。それが素敵でかっこいいじゃないかい。」
……サキ!
もう一人のサキの声はここで途切れ、風に流れて消えて行った。
……サキ……もう一人のあたし……。あんたはなんでそんなに強いんだい……?
「あたしは……あんたなんだってば……。あんたは強いんだよ……。」
最後にもう一度サキの声がふと聞こえた。
……あたしは強い……か。
サキが心の中でそうつぶやいた刹那、空間が歪んだ。
「戻って来たか。」
気がつくと竜宮の制御室にいた。声を発したのは天津のようだ。
「天津。じゃあ、俺達は戻って来たのか。」
みー君は釈然としない顔で唸っていた。
「みー君。」
ふと隣にいたサキがみー君の着物を引っ張っていた。
「……どうした?」
みー君は優しい声で問うとサキに目を向ける。
「みー君……色々ごめん。本当にごめん。それと……ありがと。みー君に神殺しの罪を負わせてしまっておいて言えないけど……あの感情であの厄神を殺さなくて良かった……。」
サキはそうつぶやくと叩いてしまったみー君の左頬をそっと撫でた。
「ああ。今は無理に元気出さなくてもいいぞ。」
みー君はそうつぶやき、サキの頭をポンポンと叩いた。
「あたしのせいでみー君が……。」
「ああ、大丈夫だ。今は痛くない。」
みー君はサキにそっけなく言った。サキは苦痛の表情でみー君を見上げていた。
「良かった……。うまくいった。」
天津の横に立っていたアヤがサキに抱きついてきた。
「アヤ?」
「特別に竜宮に入れてもらったのよ。あなた達を壱に呼び寄せるために。栄次には元の世界に戻ってもらったけどね。もう一度天津彦根神が竜宮を開いて私が時間の鎖を使ってあなた達を導いたの。うまくいくかはわからなかったんだけど。サキ……戻ってきて良かった。怪我しているじゃない……。すぐに手当をしないと……。」
「……アヤ……。」
サキはアヤのぬくもりと優しさを感じた。
……あたしは人にこういう優しさを与えられていたのかい?
「ねえ、アヤ……あたしがいままでやった事ってアマテラス大神に動かされていただけなのかな?」
サキは涙を堪えながらアヤに小さい声で問う。
「……私は……あなたの優しさがあなたを動かしたんだと思っているわよ。あなたは強い。それに優しい。だからあなたはこれからもずっと自分の判断を信じて進めばいいと思うわ。迷った時は相談。いつでも助けになってあげるわよ。」
「……ありがとう……アヤ。」
サキはアヤにすがるように泣いた。
しばらくして天津が耐えきれなくなり声を発した。
「話が終わったのならワイズと剣王と冷林にしっかり説明をしなければな。」
「そうだねぇ。」
サキはアヤから離れると一言言葉を発した。サキは少し落ち着いたようだ。瞳に光が戻り始めている。
「うむ。ワシも行くのじゃ。」
いままで事の成り行きを見ていたヒメはみー君を仰ぎ頷いた。
「俺もマイを連れてかないといけないから一緒に行くぜ。」
みー君はすぐ横に立っているマイを一瞥した。マイは何も話さず無表情のままみー君を見上げているだけだった。
「……ん?お前……笛は?」
みー君はマイが大事に持っていた笛が無い事に気がついた。
「笛か。あれは参から壱に行く過程で捨ててきた。あの笛は大事なものだ。あなた達、上司に持っていかれるのが嫌なんで、それなら捨ててしまおうと考えた。」
マイは含み笑いを漏らしながらみー君を見ていた。
「ふん。どこまでも俺達が嫌いなんだな。お前。」
みー君の言葉にマイは反応を示さなかった。
「じゃ、そろそろ行くかの。」
ヒメは天津にぺこりと頭を下げると制御室から出て行った。
「あ、待てよ。」
その後をみー君が追う。
「サキ……、母親との事……なんて言ったらいいかわからないけど私はあなたに味方するからね。」
「……うん。アヤ……ありがとう。嬉しいよ。」
アヤが不安そうにサキを見るのでサキはアヤにそっと笑いかけた。アヤやみー君の優しさにサキの心は救われていた。
それと同時にもう一度ちゃんと母親と向き合おうと思った。もうサキの母親はサキの事を覚えていないが、それでも心は通じ合えるのではないかとサキは思い始めた。
……もうお母さんにはこだわらないつもりだけど、いつか通じ合える時がくるはず。
……傷つくかもしれない。でもあたしはあの人の娘だから、あたしはあの人が迷っていたら道を照らしてあげなければいけない。
サキは一度目を閉じ、そしてゆっくりと目を開いた。
「サキ、行くぞ。」
遠くでみー君の声がする。
「天津、二回も禁忌を起こさせてしまってすまないね。」
「ああ。今回は構わん。他の権力者達が色々と尽力してくれた。私の罪は軽い。……次の会議で会おう。」
天津はサキの事を深くは聞いてこなかった。サキは大きく頷くと制御室を後にした。




