かわたれ時…4人形と異形の剣22
「……。」
サキは青い顔で剣王を見つめた。となりでイクサメも沈んだ顔をしていた。
「サキ、お前の聞きたかった事を質問しろ。怖がるな。」
みー君の耳打ちでサキが怯えながら声を発した。
「あ、あたしはそこの三姉妹にあんたが何か迷いを持って罪神を処刑しようとしたと聞いた。三姉妹は罪状に納得がいかず、あたしの所に来てイクサメを助けてほしいと頼みに来たんだ。あんたの迷いってのは何だい?」
サキは不利になっている状況だとわかっていたため、声に自信がなかった。
「迷い?そんなものないねえ。そこの三姉妹が勝手に言ってた事だろう?」
剣王はまったく顔色を変えずに言葉を返してきた。
「三姉妹はあんたが罪神の処刑に失敗するはずがないって言っているんだ。あたしもそう思ったから今回は彼女達に加担した。何か理由があるんじゃないかと思ってさ。」
「ふむ。ではまず何故、それがしにその件を報告して来なかった?もう一度、罪の確認をそれがしにさせれば良かった事だろう?何故、罪神を隔離し、それがしに気がつかれんようにこそこそやっていたんだ?それがしはそれが聞きたいねぇ。」
剣王の瞳が鋭くサキに突き刺さる。剣王を信用していなかったとは言えない。
「そ、それは……。」
サキは言葉に詰まった。本当はここからきぅやりぅの証言を持ち出すつもりだったのだ。何故、罪も確定していないのに斬ったのか、イクサメに対し、乱雑に扱ったのは何故か。
だがその質問も剣王の言葉に遮られてしまった。アクションを起こすなと言ったのはみー君だったがその後のサキの行動により事態が複雑化してしまった。サキとみー君が剣王の城に入り込んだ事で剣王は太陽にイクサメがいる事を突き止めてしまった。
ここは自分の判断を悔やむしかなかった。
「それがしの弱みを握り、つけこもうとしたのかな?」
「違う!」
サキはそこははっきりと否定した。
「ふん?」
「あんたの事なんてどうでも良かった。」
サキは腹をくくって話しはじめた。
「ほお。」
剣王も聞く体勢になった。
「あたしが気にしたのは厄を与えられた少年。あたしの力でなんとか助けられないかって思ってたんだよ。でも三姉妹は少年の居場所を知らなかった。あたしはイクサメを助けて少年の居場所を知りたかっただけだ!あんたにあのままイクサメを渡していたら少年の居場所がわからないままだろう?」
サキは多少の嘘をついた。
「ふむ。」
「それで、あんたに見つからないように動いた。あんたの城に乗り込んだのはみー君だけじゃなくてあたしもいたんだ!」
「おい!馬鹿!何言ってやがるんだ!蒸し返すんじゃねぇ!」
となりでみー君がサキを驚きの表情で見つめ、叫んだ。
「やっぱり隣にいたのは輝照姫だったか。ま、君の気持ちはわかったよ。君は少年を助けたかっただけなんだねぇ?
それがしが罪神を探している間に君は最優先事項の事をやってくれたわけだ。それがしに黙ってやった事は気に入らないが人間を助けてくれたって点では感謝しようかねぇ。
君は後で会議の時に軽い罪が飛ぶけどそれで良い事にするよ。それがしはそれ以上深く追求しない事にする。
太陽の神は厄に敏感で人間に一縷の光りをもたらす神、考えなしに突発的に動いたのは罪になるけど仕事を全うしただけなんだから堂々としていればいいよ。それがしは罪神を逃がしてしまったわけだからそれがしも悪かったしねぇ。」
剣王はニコリと笑った。サキの罪は剣王と相談せずに独断で動いた事だけですんだ。
サキはどことなくホッとしたが同時にイクサメの事が頭をよぎった。
……あたしはいいけどイクサメはどうなるんだい?
サキがそう思った刹那、剣王が平次郎を呼んだ。
「平次郎殿、弐の世界を出してくれ。早急にイクサメを罰しなければならないからねぇ。今回は大丈夫。ちゃんと殺すからさ。」
剣王はすっとイクサメに冷たい目を送った。イクサメは覚悟を決めた顔をして剣王を見据えた。
サキは震えていた。自分が今言った言葉は自分の弁護だけだ。サキはイクサメを自分の弁護のためだけの道具として使ってしまった。
……違う……この回答は間違ってた!これじゃあイクサメが助からない!あたしはイクサメも救ってあげるって約束したんだ!
サキは咄嗟にみー君を仰いだ。
「あきらめろ。もう無理だ。」
みー君の返答はそっけなかった。その冷たい返答がサキの心を締め付けた。
……何か……何か言わないと!
サキが悩んでいる間に平次郎が弐の世界を出現させた。あたりは荒野に変わり、冷たい風が吹き荒れる。
「じゃあ、戦女導神、仕切り直しだ。天御柱と輝照姫にはこの場で見ていてもらおう。」
剣王が冷たく光る刀をそっと抜いた。瞳は鋭く、剣気と神力があたりを震わせる。剣王は本気でイクサメを見据えていた。イクサメも顔を引き締め、武神として恥じぬよう潔く刀を抜く。
サキは今にも泣きそうな顔でイクサメの小さな背中を見つめていた。
「サキ、何も言うんじゃないぞ。絶対に言うな。耐えろ。黙って見てろ。」
みー君の言葉を半ば聞き流していたサキは耐えきれずに叫んでしまった。
「け、剣王!やめておくれ!あたしはイクサメを救ってあげるって約束してしまったんだ!」
サキは命一杯の声で叫んだ。剣王がサキの声に反応し、顔をしかめた。イクサメは驚愕の表情でサキを見つめた。
「サキ!」
みー君は手を振り上げていた。だがみー君が振り上げた手はサキの頬の寸前で止まった。
サキが大粒の涙をこぼし顔を手で覆った。
「助けるってあたしが言ったんだよ……。あたしが……。」
「ばかやろう……。」
みー君はサキの頬寸前で止まった手でサキの肩を思い切り掴んだ。
「みー君……。」
「一瞬、本気で殴ってやろうかと思ったぜ。サキ。お前、何を言ったかわかってんのか!」
みー君の鋭い声でサキは肩をすくめた。
「あーあー、やっぱりそういう事だったのねぇ。この罪神を君は助けようとしていたわけだ。それでそれがしに隠れてこそこそと……。さっきの言葉は全部嘘なんだねぇ?」
剣王との戦いはサキの一言で負けが確定した。きぅとりぅとじぅもサキに頼り切ってしまった事もあり、反論をしようとしたがKとの契約の事も考え、うつむく事しかできなかった。平次郎は黙って事の成り行きを見ていた。
「太陽も満足な状態じゃないのに罪を重くしてどうする……。」
剣王はただ泣いているサキを冷たく見下ろしていた。
「剣王……。」
泣き崩れるサキの前にイクサメが割り込んできた。サキをかばうように立ち、まっすぐに剣王を見上げる。
「なんだ?」
剣王はいつもの雰囲気ではなく鋭くイクサメを睨みつける。
「私が助けてくれと言ったのだ。他神に助けを求めるなど武神にあるまじき行為、私は武神のクズだ。」
イクサメはキリッとした瞳で剣王を仰いでいた。
「お前の意見は求めていない。」
「お願いだ……。輝照姫様に罪はない!」
「……。」
イクサメは剣王にすがるように抱きついた。
「彼女はトモヤを助けてくれたんだ!トモヤを救ってくれたんだ。私が壊してしまったトモヤを……。」
イクサメは涙を流しながら剣王にすがる。
「離れろ。」
「私はもう助かろうなんて思ってない!だから!」
「わかったから離れろ。」
剣王はイクサメの肩に優しく手を置くとそっと離した。
「剣王!」
イクサメの叫びを半ば無視した剣王は何故かサキの前に座り込んだ。
「……なあ。」
剣王はサキにそっと話しかけた。サキは涙で濡れた顔を剣王に向けた。




