かわたれ時…3理想と妄想の紅23
「う……。」
サキは暁の宮の自身の部屋で寝かされていた。体の手当はしっかりできている。
ゆっくりと布団から身体を起こし、あたりを見回した。サキは知らぬ間に意識を失っていたようだ。ここが暁の宮だとわかると安心したのかまた布団に倒れ込んだ。倒れ込んだ時、傷口に触れ、あまりの激痛に身体を起こした。
「いっつ……。」
サキは腹を抱え込みながら痛みに耐える。
―おお、目が覚めたか。―
すぐ近くで声がした。サキは涙目になりながら自身の枕元に目を向ける。マヌケにもサツマイモ色をしたハムスターがもしゃもしゃとひまわりの種をほお袋に入れていた。
「金……。あんたがあたしをここまで連れて来てくれたのかい?」
―天御柱神に頼まれてな。―
「そうかい。すまないねぇ。」
サキは状況があまり把握できていなかった。
「そういえば今、外の天気はどうなっているんだい?」
―む?晴れのようだが……。―
サキの質問に金はもぐもぐ言いながら答えた。
「ああ、でもここは陸の世界か……。じゃあ向こうはどうなっているかわかんないねぇ。あの子達は大丈夫だったのかね……。」
サキはほぼ独り言のようにつぶやいた。
―青の方から通信が来ているぞ……。―
「青?あの子は何をやっているんだい?」
―天御柱神と天記神と共に行動しているぞ。―
金はふんふんと鼻を動かしながらサキを見る。
「そうかい。で?青はいまなんて言っているんだい?」
サキの質問に金が息を吐いて答えた。
―伝言。サキ、大丈夫か。今、冷林達と会議をした。一応、少女達の奇跡は保障された。それで守ってほしい事がある。他の権力者から何か聞かれる事があるかもしれないから言っておく。お前はワイズと共に俺を助け出す算段を考え、ネズミどもを借り、俺を助け出す間で怪我をした事になっている。そう言う風に話を合せてほしい。―
金は聞いた言葉そのままを話している。これはおそらくみー君の言葉だろうとサキは判断した。
「みー君……。もう一度ちゃんと会いたいよ……。」
サキは追い詰められたみー君の顔が脳裏に焼き付いていた。
サキはふらりと立ち上がると金をそっと手に乗せた。
―む……。まだひまわりの種が……。―
金は慌てて手から飛び降りようとしたがサキがもう片方の手で落ちるのを防止した。
「これ以上食べたら身体に悪いよ。いいかい?これからみー君に会いに行くよ。」
サキはヨロヨロと襖を開ける。
―その身体で行くのか?ここは陸だぞ……。―
金が慌てて止めた刹那、太陽神達がサキの前を塞いだ。
「ダメです!まだ動いてはいけません!」
「お体に障ります!」
「ああ、どくんだよ!あたしはみー君に会わないといけないんだ。」
サキは太陽神達をどかしながら進む。
「ダメです!いけません!」
「あんた達に迷惑をかけた事は承知しているけど……あたしは行かないと……。」
サキはあまりに皆が必死に止めるので覇気がだんだんとなくなっていった。
「なら、私が一緒に行くよ。」
「ん?」
この腰が低い神々の中にひときわ元気な少女の声が響く。少女は太陽神の中を潜るように避け、サキの目の前に現れた。
「ライ!?あんた、なんでここに?」
サキの声と共に太陽神達が騒ぎ出した。
「芸術神がなぜここに?」
「サキ様の知り合いか……。」
次々に言葉を発する太陽神達をよそにライは言葉を紡ぐ。
「弐の世界にいたんだけど、たまたまサキを見つけてふと見たら門が開いていたからこっそり入っちゃった。」
「ああ、そう……。なんで太陽なんかに来たんだい?」
サキは呆れた目をライに向けた。
「うん、みー君にさっき会ったんだけどなんかお姉ちゃんを探しているみたいで……。」
「語括神マイ……だっけ?」
「うん。なんだか気になるからサキの所に来たんだけどサキ、何にも知らなそうだね。」
ライは困った顔をサキに向けた。
「そうだねぇ……。あたしはマイについては何も知らない。」
サキもうーんと唸った。
「サキが知らないんだったらやっぱり直接みー君に聞くしかないかなーと思って。」
「じゃあ一緒に連れてっておくれ。」
サキは目を輝かせた。ライは上辺だけの弐の世界を出せる。弐の世界を開いてもらってから金を連れて弐の世界にあり壱に繋がる天記神の図書館を探す。そこから壱の世界に戻ればいい。
そこまで考えたがやはり太陽神に止められた。
「ダメです!」
太陽神達がまた騒ぎ出したのでサキは強行に出ることにした。ライに目を向け、弐の世界を出すように指示を出した。ライは頷くと筆を動かし絵を描く。一つのドアが出来上がり、ライとサキはそのドアを開け、中へ飛び込んだ。
「サキ様アアアア!」
「我々もお供します!ですからお戻りくださァい!」
「サキ様!行かないでください!」
「ああ、えっと……ごめんよ!すぐに戻るから!」
太陽神達が騒ぐ中、サキはほぼ力づくでドアを閉めた。いつの間にか手に持っていたハムスターが人型になっており、困惑した顔で立っていた。
「金、頼むよ。」
サキはライに肩を抱かれながらただ佇む金に叫んだ。
「む……。わ、わかった。」
金はサキに押される形で先を歩き始めた。
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「ん……。」
月明かり照らす病院の一室でセレナは目を覚ました。
「セレナ!」
目が覚めたとたん、母親の顔が映った。
「おかーさん……。」
セレナはなんだか怖い夢を見ていたような気がして目に涙を浮かべた。
「良かった……。セレナ……。」
母はセレナに覆いかぶさり、泣いていた。肩が震えている。
「お母さん……。ごめんね……。」
セレナは自然に母にあやまっていた。こんなに泣いている母を見るのは初めてだった。自分がどれだけ母に迷惑をかけたかセレナは幼いながらも感じていた。
「ごめん……。ごめんね。」
セレナはあやまるしかできなかった。母はセレナをもう手放すまいとしているようにきつくセレナを抱きしめる。
ふとセレナが横を向くと棚に置いてある造花が目に入った。母の他に迷惑をかけた人がいたようだ。真奈美には会えたが周りの人を悲しませるのはよくない。セレナはそう思った。
……もうあの井戸には落ちない……。
そう心に決めた。
「さっきまでここ停電してたのよ……。灯りがついた直後にセレナが起きてね。」
「停電……。」
セレナは夢の中の会話を思い出した。あの時も停電がどうとか言っていたはずだ。
……夢じゃなかったのかな……。
セレナには夢だったのか現実なのかいまだによくわかっていなかった。意識がぼうっとしており、いままでここに寝ていたのがウソのようだ。
「おかーさん、私ね、変な夢を見たみたい……。女の神様に奇跡を信じなさいって言われた。日本の神様なんだって。」
セレナは涙で濡れる母の顔を見つめながらポツンとつぶやいた。
「そう……。奇跡ね……。」
母はそんなに深く考えてはいなかった。セレナは考えるのをそこでやめ、窓から映る月を静かに眺めていた。
……真奈美……。
そしてただ真奈美の事を想った。




