かわたれ時…3理想と妄想の紅15
真っ暗で何もない場所……。みー君は一人鎖に繋がれ磔にされていた。
……っち。封印も楽じゃねぇな……。サキはちゃんと動いてくれてるのか……。
みー君はぼうっとしながらそんな事を思った。なんというか眠いのだ。
みー君は知っていた。ここで寝てしまったら数千年は寝てしまう事を。
……クソ……ねみぃ……。
みー君は目をこする事もできずただ瞬きを繰り返し、眠気を飛ばす。
「お助け致します。天御柱様。」
ふと男の声がみー君のすぐそばで聞こえた。
「誰だ?誰だか知らねぇが余計なお世話だ。俺は今、虫の居所が悪い。しばらく放っておいてくれ。」
「なるほど。俺のやった事にご立腹ですか。」
しれっと言い放った男の声にみー君の目は見開かれた。
「なんだと?」
「今のあなたを殺し、昔のあなたを蘇らせる……俺はあなたのためにやったのです。今のあなたはあなたらしくない。本来あるべきあなたに戻し、ここから出します。」
「余計なお世話だって言ってんだろうが!誰だが知らねぇがどっかに消えろ。」
みー君は誰にともなく叫んだ。
「この状態でここから出ればあなたは間違いなくあなた自身です。あの書物の昔話の通りにあなたは俺があこがれていたあなたになる。」
「あの井戸周辺に伝わる昔話の事か。」
みー君は鋭い声でつぶやく。
「今のあなたはあなたじゃない。だから一緒に元に戻りましょう。あなたの暗く美しい紅い瞳をもう一度見せてください。」
男は興奮しているのか息が荒い。
「余計なお世話だって言ってんだろうが!誰だか知らねぇが俺をお前のモノサシではかるな。俺はお前に興味もなければあの頃に戻ろうとも思わない。」
みー君はどこかにいるであろうその声の主を睨みつけた。
「まあ、いいです。今のあなたはあなたではない。俺があなたにしますから。今のあなたはあなたではない。俺が憧れているあなたではない。だから俺はあなたの命令は聞かない。」
「てめぇ!ふざけんな!」
みー君は何か嫌な予感がし、周囲を自身の神力で覆った。
「無駄ですよ。……俺を覚えていないなんてやはりあなたはあなたではない。」
ふと男の声が近くに聞こえた。
「お前……なんで俺の力を……。」
「あーあー、酷い有様ですね。憧れているあなたはそんな罪神の証の白い着物なんて着ないですよ。」
近くにいるであろう男はみー君を嘲笑していた。
「!」
みー君が本体を探していると目の前にふと赤い髪が映った。
「俺の知っているあなたはそんな顔で驚いたりしませんよ。」
みー君の目の前に赤い髪の少年が立っていた。目の下に独特な紫色のペイントをしており、鉢巻をつけ、額を出していて右側に緑色の鬼のお面がついている。
「お前誰だ?あいにくだが俺はお前を知らない。」
「まったく、無意識にあの時俺を救ったのですか?酷いですね。ま、とりあえずここから出してあげますよ。あなたと同じ神力なんでこの封印空間に簡単に入れましたし。」
「てめえ……なんで俺の神力を持っているんだ……。」
「思い出しませんか。」
赤い髪の少年は紅い瞳で微笑むとみー君を縛っている鎖に手をかけた。
「ちょっと待て!やめろ!この封印空間から無理にでも出たら俺がダメージを食う。」
「あなたは俺が知っているあなたじゃない。だから命令は聞かない。」
焦るみー君に対し、赤い髪の少年は楽観的に笑っていた。
「クソ!やめろって言ってんだろうが!」
みー君の喝もむなしく、少年はみー君の鎖を乱暴に引きちぎった。
みー君の身体に突如、耐えがたい苦痛が襲う。
「がっは……!」
真っ暗な封印空間は弾け飛ぶように消え、気がつくとどこかはわからないが紅葉が沢山落ちている路上に転がされていた。
「っぐ……あぐ……。あああ!がふっ……ごほ……。」
みー君は痛みに喘ぎ口から大量の血を吐きだした。
「早く……早く、元のあなたに……。」
少年は興奮気味に笑いながら苦しんでいるみー君を見下ろしていた。
「て……てめぇ……。」
みー君は腹を押さえながら滲む視界で少年を見上げていた。みー君の白い着物は血で赤く染まっている。
みー君は風なので物理的に傷をつける事はできないが封印は神力などの霊的なものだ。神力を押さえつける形で封印をするので突然押さえつけていたものが外れると神力が逆流し、体の内部から破壊活動をはじめる。
「早く戻ってください。俺はあなたを助けたいだけなんです。」
みー君はこちらを見下ろす少年をキッと睨みつけた。
みー君の青いきれいな瞳はルビーのような真っ赤な瞳へと変貌していた。封印の時に使われた神力が抜け、みー君の奥深くに眠っていた神力を呼び覚ます。
「っち……。戻ってきやがった……。人間の祈りで封印したはずの力が……。」
みー君の瞳は元に戻る気配はなく、紅いままだ。みー君を縛る鎖は完全に崩れ落ち、白い着物もみー君が着ている元々の青い着物に戻った。みー君はゆっくり起きあがる。口元に残った血を乱暴にぬぐうと鋭い瞳で少年を睨んだ。
「おお!その冷たい瞳……。間違いなくあなただ!待っておりました!」
少年はみー君に頭を下げた。
みー君は少年の頭を乱暴に掴むとそのまま地面に叩きつけた。
「俺の前に立つな。」
みー君は冷徹な瞳で少年を見下ろすと歩き出した。
「も、申し訳ありません。」
少年は頭から血を流しながらみー君に土下座をした。みー君は禍々しい神力を身体に纏ったまま歩く。足がついた場所から旋風が巻き起こった。
「元に戻られた!成功した……。」
少年は泣きながら喜んでいた。
「ん?ここは壱じゃねぇのか。おい。そこのお前。答えろ。」
みー君は感情のない声で少年に声をかける。
「は、はい!ここは弐の世界の……」
少年が頭を上げて話そうとした刹那、みー君は少年の頭を踏みつけた。
「そのまま言え。」
「はい。申し訳ありません。ここは弐の世界でございます。封印の空間が弐の世界であったため、そのまま弐にお連れ致しました。」
少年の声は震えていた。恐怖からではなく喜びだ。地面を見つめる目は爛々と輝き、口元にわずかに笑みを残している。
「そうか。」
みー君は踏みつけていた頭から足を離した。みー君は別神のようだが雰囲気はみー君そのものだ。
「俺はサキに会わなければならないのだが、どこにいるかわかるか?」
「サキ……とは?太陽の姫君でございますか?」
少年は地面に頭をつけた状態のままみー君と会話をしている。
「そうだ。」
「太陽の姫君に会ってはなりません。あなた様とは真逆の存在でございます。ですから……」
みー君は話している少年の顔を思い切り蹴りとばした。少年は鼻から血を流し、のけ反ったがまた頭を地面につけた。
「お前は俺の問いだけ答えればいい。」
「申し訳ございません……。この世界、この道をまっすぐ行った所に……。」
「……。」
みー君は少年には何も言わずに背を向け、紅葉が落ちる道を歩き出した。
……太陽の姫に会いたいとは……まだ天御柱様ではないのか?
少年は鼻血をぬぐうと歩き去るみー君を見つめた。
……そうか。太陽の姫がいるからいけないんだ。俺が消してやれば……。
……いや、待てよ。今の天御柱様だったら太陽の姫と接触する事は太陽の姫を弱らせる事にも繋がる。太陽の姫はまだ発展途中だ。俺が消すまでもなく、天御柱様があれを消してくれる……。
少年はふふっと笑うとこっそりとみー君の後をついて歩いて行った。




