かわたれ時…3理想と妄想の紅4
みー君は部屋に案内されて間もなく部屋を出た。
……残念ながら俺にはゆっくりしている暇はない。危なくなったら身を隠せる場所だけあればいい。
風になったまま、みー君は窓から外へ飛び出した。太陽の城、暁の宮を背にみー君は太陽から離れ、地上に向かう。途中厚い雲の中を進んだ。雷がゴロゴロと鳴っている。地上は大雨に違いない。しばらくして雲から出たらやはり大雨だった。風もある程度はあるが台風ほどではない。
「野分き……ではないか。もう九月も終わるしな……。」
みー君はそんな独り言をもらしながら地面に降り立つ。雨はかなり強い。みー君は水が滴る髪を払いのけ、歩き出す。時刻はまだ昼過ぎ。ここはある程度発展している町。観光地だ。戦国大名の城跡が有名な観光スポットらしい。少し行けば山だらけであるがこの城を見て、山に登山に出かける観光客もいるとの事だ。
「まあ、城はどうでもいいんだが……あれだ……。」
みー君は城跡の近くにある古井戸を遠くに眺めた。長靴を履いた幼い少女が雨合羽を着て寒そうに松葉つえをつきながら歩いている。向かっている場所はみー君が眺めている古井戸だ。石垣の近くにある古井戸は雨で地面が濡れているため滑りやすい。今も土の地面はグチャグチャで泥に近く、少し気を抜けば転ぶだろう。
「ん……。あの子、危ないな……。なんでまたこの土砂降りの日に一人で古井戸に近づこうとしているんだ?しかも足怪我してるじゃないか。松葉つえでこんな日に危ないな。」
みー君は風で少し脅かしてやろうと思った。脅かせば怖がってこの井戸には近づかないだろうと踏んだ。みー君は少女に向かい、小さな向かい風を起こした。
手をあげて少量の風を送ってやった時、みー君の顔が固まった。
「……!」
少女が風に足をとられ、井戸に真っ逆さまに落下した。
「おい!今の風は明らかに井戸とは逆側に吹かせたんだぞ!何で追い風になった!」
みー君は顔を青くし、慌てて井戸に向かい走る。冷や汗と雨でびしょ濡れの顔をぬぐいもせず、みー君は井戸の中を落ちてしまいそうな勢いで覗いた。
古井戸は雨水がたまっており、かなり深い。少女の姿は暗くて見えない。
「畜生!あの娘、自分から井戸に飛び込みやがったのか!俺の風が追い風になっちまったのも原因だ!」
みー君は焦った。みー君は実体がないため、霊的な物以外は触れない。何か霊的物体が媒介している時のみ物に触れられる。それに物理的に無理な現象は起こせない。井戸から人間の子供を風で助けるのは無理があった。
みー君はあたりを見回し、人を探した。
「クソ!このどしゃぶりの中、歩いている奴がいねぇ……。あの子の親は近くにいないのか!」
親らしい人を探したがいない。近くの木に赤いランドセルが置いてあった。その少女はこの木の下でランドセルを降ろし、井戸へと向かったらしい。
「っち……学校の帰りか。このままじゃ死んじまう……。」
みー君はただ焦っていた。この古井戸にいままで何人かの人が大雨の日に風に当てられて落ちている。その何人かの人は冷林が助けていた。神が起こした不当な風でその何人かは井戸に落ちていた。事故でも自己でもなければ神の不始末であるから元の状態に世界を戻さないといけない。
風に当てられて井戸に落ちる。おかしいと思った神達がこの井戸を調査した。風の痕跡が残っており、そこに香る神力がみー君のものだった。
神々はみー君が厄を人為的に起こし、厄を不当に起こそうとしていると判断、みー君の逮捕を決めた。
みー君にはまったく身に覚えのない事だった。だが自身の神力が残ってしまっている以上、みー君は何も言えない。それが納得できなかったみー君はわざわざここまで足を運び、調査をしにきていたのだ。
みー君が青い顔で助ける術を探しているとふわりと風が舞った。みー君はビクッと肩を震わせ後ろを振り向いた。
「……!」
みー君のすぐ後ろに冷林が浮いていた。冷林は人型クッキーのような体つきで顔に渦巻きのペイントをしている。目も口も何もない。
「冷林……。っち。」
みー君がつぶやいた時、一人の女性が真っ青な顔で井戸を覗き込み、泣きながら電話をしている。おそらく救急車とかを呼んでいるのだろう。
「セレナ!セレナ―!なんで?どうしてよ!なんで井戸なんかに……。」
母親と思われる女性は近くに無残に放置された松葉つえを抱えながら井戸に向かって叫び続けていた。
その声を横で聞きながらみー君は冷林を見ていた。
「……俺じゃない。俺は今、助けようとしただけだ……。ここの井戸にありえない風で人間が何人か落ちている事は知っているがそれは俺じゃない。」
みー君の言葉に冷林は何も返してこない。
冷林は何も語らずにみー君を霊的光で拘束した。
「ちょっと待て!俺じゃない!いままでの件も全部違う!クソ!違うって言ってんだろうが!俺はこの井戸を調査しにきただけだ!俺じゃないと証明するために!」
みー君が霊的光から出ようとしたが出る事はできなかった。
―ザンネンダ……オマエノヨウナ……カミガ……コンナコトヲ……―
みー君の頭の中にワープロの文字のようなものが浮かぶ。冷林は声を持たない。だが文字を相手の頭に打ちこんで会話をする事はできる。
「……。」
―トリアエズ……カイギニカケル……マチガイナク……マンジョウイッチデ……オマエハ……サバカレルダロウ……―
みー君は何も言えなかった。今の件はみー君が突き落としたと言えばそうなる。追い風を起こしてしまった以上、言い逃れはできない。他の件もみー君の神力が残っていたとあればみー君がまっさきに疑われる。この少女の件でみー君自体、言い逃れが不可能となった。
「クソ!」
……誰だ?俺をハメた奴は……俺の神力をどうやって手に入れた?ふざけんじゃねぇ!ひでぇ濡れ衣だ。
みー君は拳をギュッと握りしめた。
気がつくと遠くで雨の音に紛れ、救急車やら何やらのサイレンの音が聞こえてきていた。




