かわたれ時…2織姫と彦星の運最終話
色々援助の交渉をして疲れたサキは暁の宮に戻り、自室でゴロゴロしていた。
「よう!」
ゴロゴロしていたら突然みー君が現れた。
「……!?うわあああ!」
サキは突然現れたみー君に驚き、近くに置いてあったツボに頭をぶつけた。
「お、おい。大丈夫か?」
「いたた……。な、なんでいきなりあたしの部屋にいるんだい!」
「いや、前も説明したと思うがこう、風でひゅるっと……。」
怒鳴るサキにみー君は逆に驚いた。
「よくも女の子の部屋になんの声掛けもなく入って来れるね!あんたは!」
「別にお前、いつもゴロゴロしてて何もしてないじゃないか……。」
「今は疲れているんだよ……ほんと。」
サキはみー君を無視して寝ようと思ったが一番大切な事を思い出した。
「そうだ!みー君!」
「ん?」
「あんた、ヒコさん助けてくれたって……。しかもワイズから援助までもらっちゃったよ……。」
「ああ。良かったな。」
みー君は爽やかな笑顔でサキを見つめた。
「もう!そういうクールな所が大好きだよ!みー君!」
サキはガシッとみー君に抱きついた。
「おわっ……!現金なやつだな……お前。」
みー君は少し照れながら嬉しそうなサキを眺めていた。
みー君が仮面をつけていた意味はこういう交渉の時に役立つからだ。表情がわからなければ後で咎められた時、好きなように言い逃れができる。今回大切な場面で仮面をつけていたのはそのためだった。
「あ、みー君はなんで来たんだい?そういえば。」
「切り替え早いな……。ああ、ちょっと運命神の様子を見に行こうと思ってな。松の木に放置したままなんだ。」
「あ……。」
みー君の言葉にサキの顔が青くなった。
「なんでそれを早く言わないんだい!」
「それを今言いに来たんじゃねぇか!」
二人はほぼ同時に叫んだ。
「まったく!早く行くよ!」
「疲れて寝たいんじゃねぇのかよ……。」
サキがさっさと用意をするのでみー君は首を傾げていた。
寝間着から正装に着替えたサキはみー君を連れて運命神の神社に来ていた。
七月八日。午後三時。この日も早生まれのセミが姦しく鳴いていた。そして八月はどうなってしまうのかと心配したくなるくらいに暑い。天気は晴天。
サキ達は日陰を選んで歩き、松の木に寄りかかりぐったりしている運命神の元へ近づいて行った。
「おーい……生きてるか?」
みー君がまったく動かない運命神に恐る恐る声をかけた。
「大丈夫かい……?」
サキも控えめに声を発する。
「う……うう……。」
運命神は呻いていた。
「ちょっと!しっかりしなよ!」
サキが運命神を乱暴に揺すった。
「うう……。」
「ん?」
運命神は泣いていた。呻いていると思った声は嗚咽だった。
「お、おい。どうしたんだ?ま、まさか、放置されて寂しくて泣いてるわけじゃないよな……。」
みー君はバツが悪そうに笑った。
「あの子達が……この神社に来たんだ……。さっき……。」
運命神は涙声でぼそりとつぶやいた。
「あの子達ってヒコさんとシホって女の子かい?」
サキの問いかけに運命神は軽く頷いた。
「あの少年、コウタは擦り傷だらけだったけど擦り傷だけだったんだ……。大きな怪我を奇跡的にしてなかった。一日で退院したんだって……。」
運命神は涙目をサキ達に向けた。
「おわっ!」
顔をこちらに向けたと思った刹那、運命神はみー君の腕をガシッと掴んだ。
「ありがとう……。本当にありがとう!」
運命神が頭を下げてお礼を言うのでサキとみー君はお互いの顔を見合い、微笑んだ。
サキ達が来るちょっと前。
奇跡的に擦り傷で済んだコウタと奇跡的に無傷だったシホは運命神の神社に来た。
いまだ松の木に寄りかかっていた運命神は二人が来た事にとても驚いていた。
「……生きて……。」
運命神は二人を見ながら声にならない声を上げていた。
二人はお金を賽銭箱に入れ、声に出してありがとうとつぶやいていた。そしておみくじを引いて笑い合っていた。
それを運命神は何とも言えない顔で眺めていた。
……幸せそうだ。二人とも大吉が出たか……。
運命神は目を閉じ、二人の笑いあう声だけを聴いていた。
しばらくすると声が途切れた。運命神は二人が帰ったのだと思い目を開けた。
「!」
帰ったと思った二人はなんと運命神の前に立っていた。いや、正確に言えば松の木の前に立っていた。目線はまったく運命神に合っていない。彼らに運命神は見えていない。
「とりあえず、運命神、この松の木の側にいそうな気がするんだよ。」
「俺もそんな気がするんだよな……。」
シホとコウタはそんな会話をしていた。
「ま、いいや。ここにいると仮定して話す。最初にありがとう。最後にごめんなさいだな。」
シホは松の木に向かい頭を下げる。
運命神はシホをじっと見つめていた。こんなに近くにいるのに彼女は運命神が見えていない。もちろん、運命神の声も聞こえない。
「コウタ……助かって良かったな……。シホ。」
運命神はつぶやくがシホは何事もなく話を続ける。
「うち、あんたにひどい事言った。ほんと、罰あたりだ。おまけに殴った。許してくれなんて言わないけど……今、なんて言ったらいいかわからない気分なんだ。だからあやまる。ひたすらあやまる。そんで……うちらの為に頑張ってくれてありがとう……。うち……神様を誤解してた……。本当はとても一生懸命なんだ……。うち……あんたに会いたいよ……。会って直接あやまりたい。」
シホは堪えきれずに泣き出した。シホのきれいな涙が運命神の頬に当たる。
「……。」
運命神はシホを微笑みながら見ていた。
「運命神、俺からも言わせてくれ……。俺を生かしてくれてありがとう……。俺は助かった命で沢山の人を幸せにするよ。やれる事はかぎられてしまうと思うが……。俺、あんたを信じるから。ずっと信じる。」
コウタは泣いているシホを自身に引き寄せながら真剣な顔で松の木を見ていた。
「そうか。……幸せになるといいな……。」
運命神は二人に向かい声を発した。もちろん、この声も届いてはいない。
「じゃあ、俺達、行くから。」
「うちもあんたを信じるよ……。」
二人はきれいな瞳を松の木に向けるとゆっくりと去って行った。
「ああ、それから……。」
コウタが歩きながら声を発した。
「俺のファンらしい女の子の神様に今度、十月にライブをやるからよかったら来てくださいと言っておいてくれると嬉しいです。」
コウタはチラリと松の木を振り向き、満面の笑顔を見せた。
そして最後に
「また……来ます。」
とつぶやいた。
運命神は自分が泣いている事に気がつき、着物の袖で涙をぬぐった。
「僕、こんな事言われたの初めてだ。なんか感動しちゃってさあ……。」
運命神はサキとみー君を交互に見る。
「良かったじゃないか。あの時一瞬でも顔を出して良かったな。ああ、俺の結界のおかげか!」
みー君は運命神から感謝をされて調子に乗っているようだ。
「そんな事どうでもいいけど十月にライブだって?顔出しするのかい!」
「ちょ……どうでもいいってお前……。」
サキはみー君を押しのけ運命神に真剣な顔を向ける。
「え?いや、僕はよく知らないけどさ……。ライブやるからよかったら来てくださいって言ってたが。」
運命神はサキの真剣な顔に戸惑いながら答えた。
「行くって絶対行く!みー君!」
サキは鼻息荒くみー君に勢いよく振り向く。
「な、なんだよ……。なんか嫌な予感しかしないが……。」
「寂しいから一緒に行こう!」
サキの発言にみー君は盛大にため息をついた。
「ああ。なんかそんな気がしたんだ。暇だったらいいぜ。」
「大丈夫。みー君はいつも暇じゃないかい!」
「勝手に俺の予定を決めるんじゃない!俺だって忙しいんだ。」
運命神はサキとみー君の会話についていけずにはにかみながら二人を見ていた。
「ま、とりあえず、なんかおいしい物でも食べに行こうよ。」
サキが急に話題を変えた。
「おいしい物って……お前はコロコロ話題が変わるな……。」
みー君は頭を抱えた。
「じゃあ、あんたも行こうよ。お腹空いてるだろう?……高天原でなんか食べようか。あ、動けなくても鶴で連れて行くからさ。」
運命神に選択肢はなかった。
「わかった。僕も腹が減ってたんだ。いいよ。お付き合いする。」
運命神はしかたないなとつぶやきながら頭をかいた。
「やれやれ。運命の神が一つの運命を強制的に選ばされるとは滑稽だな。」
みー君もどこか楽しそうに運命神に笑いかけた。
「じゃあ、とりあえず暑いから鶴で行こう!つーるー!」
サキは元気よく叫んだ。
みー君と運命神はやたら元気になったサキを呆れた顔で見つめていた。
鶴が持つ駕籠に乗り込んだサキは駕籠についた窓から下を眺めていた。一瞬だけコウタとシホが幸せそうに笑い合って歩いている姿が見えた。
「本当に良かったねぇ……。」
サキもそれを見て幸せそうに微笑んだ。
人間に起こる奇跡とは沢山の神々が関わっているのだった。




