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旧作(2009〜2018年完結) 「TOKIの世界書」 世界と宇宙を知る物語  作者: ごぼうかえる
二部「かわたれ時…」運命神と抗う人間の話
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かわたれ時…2織姫と彦星の運14

 シホは強気な態度とは裏腹、精神的に弱い部分の方が多かった。もう母親は家に帰ってこないというのに時間通りに自宅へ帰り、父親を怯えながら待っていた。


 何をされるかわからない恐怖で身体が震えていたが外に助けを求めようとも反撃しようとも思っていなかった。


 はじめから容易に逃げられる状態だったのだがシホの場合、その後、また再び家に戻されたり、父親が追って来たりしてもっとひどい事をされるのが怖かったため、いつも通りを心がけていた。


 「はあ……はあ……。」


 シホは震えながら部屋の隅でうずくまっていた。息は自然と荒くなる。冷や汗で服が濡れはじめ、目は瞬きする事ができない。折れた腕を抱くようにお腹に押し当てる。


 父親は何を投げるわけでもなく、静かにシホに暴力を振るう。故に外に気がつかれにくい。


 「……今日こそ帰ってきたら昔の親父に戻っている……。優しいお父さんに……。」


 シホは叶わぬ願いをこの待ち時間にずっとつぶやいていた。この未来を神社のおみくじで引くことはなかった。これよりも悪い事が書かれていたら狂いそうだったからだ。


 「シホ、いるだろー。ただいまー。」

 「ひっ!」


 父親の声とドアを開ける音が聞こえる。シホは身体を固くした。とっさに遠くへ逃げなければと身体が反応をするのだが頭がついていかずにその場で動けずに固まる。いつもの事だった。


 父親の借金はもう返済し終わっていた。詐欺などでお金を稼いだらしい。詳しい事はよくわからない。


 ときたま、何百万稼いだと電話で誰かと話をしていたのを目撃している。おそらくよからぬ人達だろう。そこら辺の事はシホにはわからない。


 父親の借金がまだあった時は普段から落ち込み、あまり寝てないのか目の下にクマができていた。その時はまだ暴力は振るってこなかったが酒におぼれていたのを覚えている。


 暴力を振るいはじめたのは詐欺で金を貯めはじめた辺りからだ。同じ詐欺仲間とかから奴隷のように働かされて父親も心が疲弊しているのかもしれない。


 もう詐欺なんてやりたくない。あの時は借金の帳消しに必死で詐欺になんて手を染めてしまったんだ。父親は背中でそう言っているような気がした。


 もう抜けられず、逃げられず、どうしようもなくなった心をおそらくシホにぶつけているのだ。


 ……本当は全部わかっていた。


 「シホ!お前はなんて悪い子なんだ。」

 「!?」

 父親がやつれた顔でうずくまっているシホを睨みつける。


 「そんな顔で見ても俺にはわかっているんだ。お仕置きしなきゃなあ。」


 「な……。うち……今日、何にも悪い事してない!が、学校に行って帰ってきただけだ!」


 「学校に行く事がわりぃ事なんだよ!」


 今日も優しいお父さんではなかった。狂った父親だった。シホは震える足でかろうじて立ったが再び膝をついてしまった。父親の手にはバッドが握られている。シホは震えながら父親に必死であやまった。



 深夜零時頃、コウタは小腹がすいたので近くのコンビニでおにぎりを二個買って夜風にあたりながら公園のブランコでおにぎりを頬張っていた。


 特に何も考えず、ぼうっとぶらんこに乗っていたら人影が公園内に入ってくるのが見えた。こんな時間に珍しいなとコウタは気になって人影の方に目を向ける。雰囲気的に女性だった。


 ……女の人がこんな時間に公園なんて来て大丈夫なのかな。


 コウタはやはり気になり、こちらに近づいてくる人影を注意して見ていた。公園の明かりに照らされて顔を見たとたん、コウタは驚いた。


 「と……鳥海!?」


 コウタの声にびくっと肩を震わせたのはシホだった。シホは下着姿という酷い格好で髪はボサボサでフラフラとコウタの方へ歩いて来ていた。シホ本人もこの公園に誰かいる事に驚いていたがコウタだと思い、安心したらしい。


 「お、お前……。」


 コウタは何も言葉を発する事ができなかった。シホの身体を見て震えた。


 シホの身体は血にまみれていた。背中が特にひどい。顔は無傷できれいだったがその他が痛々しいほどに腫れている。


 「……。」

 シホはひどく怯えていた。なぜこんな格好で怯えながら外へ出てきたのか、なぜ身体中に打撲の跡があるのか切り傷があるのか……コウタはすぐにわかった。


 ……父親に暴力を振るわれて……必死で逃げてきたんだ……。


 シホはその場で崩れ落ちた。コウタはすぐにシホの側に寄った。


 「おい!大丈夫か!しっかりしろよ。」

 「……っ……。」


 シホは目に涙を浮かべながら震えていた。コウタは何も救急道具を持っていなかったのでとりあえず自分が来ている上着をシホに着せてやった。


 「……大丈夫だ。怯えるな。俺んちに行こう。」

 「……ころ……殺される……。も、もう……うごけ……な……。はっ……はっ……。」


 シホはまともにしゃべれないくらいに震えていた。とっさにやばいと感じたコウタは携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。これは家に連れて帰って呑気に包帯を巻く程度の傷ではない。


 同時にシホは過呼吸を起こしていた。コウタはコンビニのビニール袋をシホの口に押し付け、背中をさする。


 ……ひどいな……。本気で娘を撲殺する気だったのか。ひどい。理由はどうあれ、許せない。


 コウタは救急車が来るまでシホを軽く抱き寄せながら背中をさすっていた。



 しばらく時間が経って、シホの父親は警察に捕まった。詐欺罪もそうだが覚せい剤などの所持もしていたらしく、色々な罪で刑期を増やしていた。


 シホは病院のベッドでぼうっと外を眺めていた。あんなに暴力を振るわれたのになんだか父親がかわいそうでならなかった。昔の良い思い出ばかり蘇ってくる。シホは耐えきれずに泣いた。


 ……あの優しいお父さんに……もう戻ってはくれない……。お父さんの運命はもう変わってしまった。


 シホの頭はそれでいっぱいだった。


 「鳥海!」

 窓の外を眺めていたらコウタの声がしたのでシホは振り向いた。


 「コウタ。」

 「大丈夫か?なんか怖いか?」


 「え?大丈夫。大丈夫。面倒かけた。ごめん。コウタ。」

 コウタはシホが泣いていた事に動揺しているようだ。シホはなるべく優しくコウタに笑いかけた。


 「鳥海、お前これからどうするんだ?あの家に住むのか?」


 「……あの家には住みたくない。幸い、親せきから援助をもらえるし、安い賃貸で一人暮らしでもしようかなって思ってる。もちろん、これから高校なわけだしバイトもするし。」


 シホはもうほとんど治った身体で大きく伸びをする。


 「お前は強いな。」


 「……コウタがいてくれたからだ……。あんたがいなかったら死んでたよ。……ほんと、はじめ誰だかわからなかった。声も全然違うし……体型も全然……。うちと同じ身長だったのに……。あんたはうちが無駄な日々を過ごしている間に男の人になってた……。」


 シホは小声で恥ずかしそうにつぶやいた。それを聞いたコウタも一瞬止まり、頬を赤くした。


 しばらく沈黙が流れた後、

 「ねえ……。」

 ほぼ同時に二人は声を発した。


 「え?う、うちはいいから先にコウタどうぞ。」

 「お前、何か言いかけただろ。お前からでいいよ。」

 またしばらく沈黙が流れた後、しかたなくシホが声を発した。


 「あ、あのさ……別にあんたが何とも思ってないんだったらいいんだけど……えーと……その……うち、あんたの事気になって気になって寝られないっていうかー……。その……えーと。」


 シホはコウタから目をそらして頬を赤らめながら左右の指をいじっている。


 「で……まあ、つまりは……すっ……すっ……。」

 シホは顔を真っ赤にしながら机の上を指差した。コウタが机を覗くと一枚の紙に『コウタ、好き、付き合ってください』と書いてあった。


 シホはまともにコウタの顔を見る事ができなかった。真っ赤になったまま自分のかけ布団を凝視している。


 コウタも思考がいったん停止していた。またも音のない静寂が二人を包み込む。コウタも自分の頬が紅潮している事に気がついた。心臓の高まる音だけが耳にすんなり入ってくる。


 「あ……いや……別にあの……なんでもない!」

 シホがこの沈黙に耐えきれず叫んだ。このまま話が終わってしまう事を恐れたコウタが慌てて声を上げた。


 「おっ!……俺も……鳥海の事、好きだよ。」

 コウタはびっくりするほど情けない声でつぶやいてしまった。


 「……。」

 また二人に沈黙が流れた。お互いに目を合わせず真っ赤になっている所を眺めながら隣りのベッドのおばあさんが微笑んでいた。


 そして

 「若いっていいわねぇ。」

 とつぶやいていたような気がした。

 


 あの時はコウタに沢山助けられた。だから今度はうちがコウタを助ける。コウタと一緒にいたい。コウタが大好きだ。だからうちは……。


 物思いにふけっていたシホは空を見上げるのを止め、コウタを切なげに見つめた。


 「大丈夫か?シホ。」

 「大丈夫だよ。うちは。ちょっと思い出しただけ。」


 「そうか。」


 コウタは「自分がいるから大丈夫」と声をかけたかったができなかった。自分はもう死ぬ存在。シホと一緒にはいられない。かける言葉が見つからず、目に涙を浮かべながらシホを抱きしめた。


 「コウタ……。ありがとう。」

 シホはコウタの優しさを受け止め、素直にお礼を言った。


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