かわたれ時…2織姫と彦星の運6
「ねえ、コウタ、花火大会行きたい?」
シホは恐る恐るコウタに尋ねる。
「行きたくはないが行かなければいけないような気がする。」
コウタの返答を聞き、シホは目を伏せた。
「ダメか。」
二人は沈んだ顔で日光が照りつける道路を歩く。歩道の横では車がひっきりなしに通っている。車道も狭く歩道も狭い。東京で車を運転するのはけっこう大変なのかもしれない。入りくんでいる道が多く、土地勘がないと近道もできなさそうだ。
「地味子呼ぼう。」
シホはすぐさま地味子を呼んだ。
「……だから地味じゃないって言ってるのに……。で?……何?」
地味子はけん玉をやりながらシホとコウタの前に現れた。
「もう一回やる!」
シホは地味子の前に指を突き出した。地味子は驚きながら目をパチパチさせた。
「もう一回って……もう……あきらめたら……?」
「あきらめない!あきらめたくない!」
シホは困った顔の地味子を睨みつけた。
「……シホ……もういいよ。俺の為にありがとう。」
コウタは切なさを含んだ瞳でシホにそっと微笑んだ。コウタはもう諦めていた。
「よくない!せっかく何度も試せるんだ!大吉が出るまで頑張ろう!」
シホは必死の表情でコウタに掴みかかる。
「……神様ももう無理だって言ってたじゃないか。」
「馬鹿コウタ!あきらめんじゃねぇ!」
コウタとシホは精神共に限界がきていた。こうやって何度も繰り返していればコウタが死ぬ事はない。時間も進まない。
そうやって繰り返している間に運よく大吉が出るかもしれない。何度も繰り返しているが故に時間を大切にしなくなっていた。今は何の考えもなしにただ、演劇を進め、ダメだったらはじめからやり直しているだけだ。
「……シホ、もう無理なの……。もうあのゲーム大会に出ても無意味。……決勝で戦う相手がいない……。演劇はそこで終わる……。そうしたらもう、選択肢なんてなく、花火大会よ……。」
地味子の発言にシホは気がついた。
「じゃあ、あの子には気がつかれたって事か?でも、気がつかれたってだけでなんで演劇がそこで終わるんだよ!」
「君達が……あの大会の決勝で彼女と戦うのは運命に組み込まれているから……。彼女がいなくなっちゃったら……その内容部分を飛ばすしかないでしょ……?きっと……あのゲーム大会の部分が飛ぶよ。……断言してあげる……。」
地味子が静かに語った。まだまだ早いだろうセミの鳴き声が姦しく聞こえる。シホが固唾を飲み込む音が聞こえた。
「じゃあ……あきらめろって言うのか?」
「そう……。……なんか色々ごめんね……。」
地味子は必死なシホに同情すると背を向け歩き出した。
「ざけんじゃねぇ!待てよ!待て!」
シホは咄嗟に地味子の肩を掴んだ。
「……無理だって言ってるのに……。」
「他に……他に何か……」
「……まだ花火大会まで時間があるんだし……運命の神が祭られている神社にでも行ってみたら?」
あまりにシホが必死なので地味子は困った挙句、運命神に振る事にした。
「なんかそれで変わんのか?」
「……わからない……けど……。今、運命神は……君達の地元にいるみたいよ……。」
地味子は汗をかきながらシホ達に助言にならない助言をした。
……私も困っているのに……竜宮に気がつかれたみたいだし……。
地味子はけん玉でとめけんをやると逃げるようにシホとコウタから去って行った。
「じゃあ、ここまでだよい!」
鶴はそう言うとサキ達を降ろして飛んで行ってしまった。サキは夏の日差しをもろに浴びながらあたりを見回した。目の前には海が広がっていた。砂浜では神か人間かわからないが楽しそうに遊んでいる。バカンス中のようだ。
「日差し暑すぎだね……。みー君。七月のはじめとは思えないよ。」
サキはとなりでグダグダしているみー君に話しかける。
「あちい……。」
みー君はヒイヒイ言いながら着物の袖をまくった。
「で、ここはどこなんだい?」
サキはみー君に汗を拭きながら尋ねる。
「ん?ああ、ここは高天原南にある竜宮所有の海だ。神々がよく遊びにくる所だ。」
「やっぱりここにいるのは皆神かい……。」
サキは汗をぬぐいながらため息をついた。
「ああ、それと……竜宮はこの海の中だぜ。」
「ええ!海の中って……どうやって行くんだい?」
サキはあっさり言うみー君に慌てて言葉を返した。
みー君が何かを言おうとした時、
「あの……。」
と、どこからか女の子のひかえめな声が聞こえた。
「ん?」
サキは声が聞こえた方を向いた。海をバックに舞妓さんのような女性が緑色の盾のようなものを持ち、佇んでいた。
「何かの神かい?」
「いや、あれは亀だな。」
「亀?」
サキの独り言にみー君が答えてくれた。女性は涼しげにこちらに向かい歩いてきた。
「どうぞ。こちらへ。」
女性は海の方へ手を向けた。
「あんた、カメかい?」
サキは慌てて女性に声をかける。女性は微笑んで答えてくれた。
「ええ。龍神の使いカメでございます。天津様がお呼びでございます。カメがご案内致します。」
カメは丁寧にお辞儀をした。
「そ、そうかい?じゃあ、頼むよ。」
サキはビクビクしながらカメについて海に向かう。
……まさか息止めながら行くんじゃないだろうね……。
「お前、なにビビってんだ?ははーん、息が続くか心配してやがるな?」
みー君はサキに向かいニヤリと笑った。
「な、なんだい?みー君は余裕なのかい?」
「あのなあ……。竜宮はけっこう深い所にあるんだ。水系の神でもないかぎり、誰も息なんか続かない。誰もレジャー施設の竜宮で遊べねぇだろ。そしたら。」
みー君はそこで言葉をきり、カメに目を向ける。
「カメが連れて行ってくれる。」
「観光の場合はツアーコンダクターの龍神がゆっくりと竜宮の門まで運んでくれますが今回は天津様直々の呼び出しでございますので裏門を開いております。」
カメは丁寧な言葉遣いで微笑んだ。
「裏門か……。遊園地の裏側を覗くようだぜ。」
みー君はぼやきながらカメの甲羅に手をかける。サキもみー君に習いなんとなく手を乗せた。
「はい!じゃあ、出発します!」
カメはノリノリで突然海に飛び込んだ。サキは突然の事に声を発する暇もなかった。
気がつくと海の中を高速で進んでいた。不思議と呼吸ができる。海中はかなり深く、サキ達はもうすでに太陽の光りが届かない薄暗い中にいた。ウミガメ達が頭を垂れ、直線の道をつくっている。
「あー……いきなりびっくりした……。」
サキは今更ながらカメの行動に対し、口を開いた。
「思い切りが大切だと思いまして……。サキ様は竜宮初めてでございましょう?」
カメがクスクス笑いながらサキに話しかける。
「初めてだけどどういう風に行くのかとか言ってくれないとさ……。」
「説明が面倒くさかったものですから……。」
「黒っ!」
クスクス笑うカメにサキは顔を青くして叫んだ。
「カメ、竜宮で遊んでいいのか?」
みー君は竜宮のアトラクションを楽しみに来たらしい。こっそりカメに確認をとっていた。
「え……?えー……どうでしょうかねぇ?こちらは連れてくるようにとの指示しか伺っておりませんので……。」
「あー、そうなのか。」
カメの反応を見、みー君は色々と諦めた。
しばらくすると鳥居がうっすらと見えてきた。鳥居から先の空間はこの海の空間とはまったく別のようだ。
「ここは正規ルートではなく、従業員用なので面白みはまったくないです。」
カメがわざわざいらない情報をサキ達に語った。
「はあ……。」
サキとみー君はてきとうに返事をした。
「じゃあ、鳥居をくぐります。えー……カメです。」
カメは鳥居の前でお辞儀すると自己紹介をした。刹那、鳥居が光りだし、サキ達を包み込んだ。
「うわっとと……。」
サキとみー君は同時に声を上げた。いままで水中にいたはずだが知らない間になぜか地面に立っている。地面というか床だ。顔を上げ、あたりを見回すと部屋の中だった。部屋は質素な事務室のような感じで整理整頓がしっかりできており、物がなくパッと見て殺風景だ。
部屋の真ん中にある事務椅子に座っている男がカメに目を向けた。
「……来たか。カメ、下がっていい。」
「はい。天津様。」
カメは男の言葉に素直に従い、サキ達を置いて近くのドアから外へ出ていってしまった。
「ここがあんたの部屋かい?……ま、いいけど……天津彦根神があたしらに何のようだい?」
サキはこの場所に不適当な格好の男に問いかけた。男、天津彦根神は袖なしの着物を着ており、頭には龍についているツノが生えている。そのツノからまっすぐに伸びる髪は緑色で腰くらいまであった。体の所々にうろこが見えるが見た目は整った顔立ちの青年だ。
「招いたのには理由がある。……貴方達は今日の朝の時点で何かおかしいと思ったはずだ。それの件に関して話をするべく呼んだ。」
天津彦根神、竜宮のオーナーは足を組み、やや困惑した顔でサキ達を見た。
「おかしい?うーん……。なんか同じ事を何度もやっているようなそんな気が朝からしたね。」
サキは腕を組みながら朝からの事を思いだす。
「そうだ。実際に貴方達は同じ事を何度もやっている。」
「あたしらは何にもやっていないよ!時間を巻き戻したりできないし……。」
何かを疑われていると思ったサキは素早くオーナーに反論した。
「いや、貴方達を疑っているわけではない。……貴方達が首謀者と関わっている可能性が高いため、話を聞こうと思ったのだ。」
オーナーは事務椅子から立ち上がり、サキ達をまっすぐ見つめた。
「確かに時間の巻き戻しは異常だがなんで管轄の時神が出てこなくてお前が出てくるんだ?」
みー君はお面で顔を隠した。感情を知られたくないのかプライベートじゃない時はお面をかぶってお仕事モードなのかサキにはわからなかったが声も低くサキと一緒にいる時とは雰囲気が全く違った。
「今回、時神には関係がない。竜宮の問題なのだ。」
オーナーは目を閉じ、一呼吸おくと話しはじめた。
「誰かが勝手に竜宮を使って時間の巻き戻しを行っている。いや、正確には巻き戻しはされていない。肆の世界、未来と参の世界である過去の行き来が竜宮を使って行われている。私も状況がよくつかめていない。」
「ふむ……。」
「ああ、竜宮は確か、参の世界と密接な関係で今やおとぎ話の建物だから心の世界である弐にも少し関わっているってこないだ勉強したよ。」
サキはまだ太陽神の頭になってまもない。今は勉強期間中だ。
「その通りだ。だが、そんなに簡単に操れるものではない。竜宮にいる者がそれをやれば私はすぐに気がつく。竜宮を使い、巻き戻すのは犯罪行為だ。龍神ならばその場で死罪だ。」
オーナーは深刻な顔を二人に向けた。
「話を聞くだけならもういいか?俺達は何にも知らない。それはお前らの問題だろう。」
みー君はそっけなく言い放った。
「その通りだ。だが貴方達を解放する事はできない。何かの術を浴びている可能性もあるし、利用されている可能性もあるからだ。」
オーナーは鋭い目でサキ達を睨みつける。
「うっ……。」
サキは言葉を詰まらせ、青い顔で唾をごくんと飲んだ。
「そのため、申し訳ないがしばらくこの竜宮で過ごしてもらう。貴方達は客神だ。この竜宮でゆっくり遊んで行ってくれ。他の者達にも最高級の対応をお願いしている。だから安心してくれ。本当に申し訳ない。」
オーナーはサキ達に深く頭を下げた。
「天津、あんた、ずいぶん余裕なさそうだねぇ。」
「……問題はない。」
オーナーはサキに素っ気なく答えたが内心は焦っている風だった。




