かわたれ時…2織姫と彦星の運1
七月七日。
海に近いこの村は毎年七夕の日に花火大会がある。けっこう有名な花火のようで村以外からも人が来るため何にもないこの村がこの日だけとても賑やかになる。
今も海岸には花火を見に来た人達が所狭しと座っていた。今は午後八時半過ぎ。花火がはじまって少し経ったあたりか。
人々はぽかんと口を開けたまま、そのきれいな花火を眺めていた。
「きれいな花火だ……。」
座っていた女の一人がぼそりと口を開いた。女は十六、七あたりで短い髪を左右で三つ編みにしている。上は袖が白いレース生地のシャツ、下はオレンジ色のスカートと別々な服に見えるが実はワンピースだ。
「うん。きれいだね。シホ。」
シホはとなりで一緒に花火を見ていた男をそっと見つめる。男も十六、七あたりで癖っ毛なのか髪がツンツンととがっている。灰色のパーカーを着ており、暑いのか腕をまくっている。下はカーゴパンツに近い半ズボン。
「コウタ……。」
シホは隣りに座っている男、コウタをさみしそうに見つめた。
「シホ、いいんだ。俺は楽しかったよ。」
花火が上がる音が響く。コウタの切なげな表情が花火に照らされてはっきりと浮かぶ。
「本当に……いいんだよな……。これで……いいのか。ほんと、ふざけんじゃねーよ……。」
シホは拳を握りしめながら息を漏らす。コウタの顔がシホの発言で曇る。
「シホ、『ふざけんじゃねぇよ』は使うなって言ったよな。……俺、そういうの好きじゃないんだ。」
「あ……ごめん。」
コウタが怖い顔をしたのでシホは素直にあやまった。
「俺がいなくなったらお前、また汚い言葉使うのかな。最近の女の子ってそういう子多いよな。」
「あ……あんたがいなくなってもちゃんと言葉使いはなおす……よ。」
「ならいいよ。……あ……手、握ってもいいか?」
コウタがそっとシホに手を伸ばしてきた。
「……何言ってんの?良いに決まってんだろ。付き合ってんだから。」
シホは強引にコウタの手を握る。コウタの手は震えていた。
「ごめん。俺、なんか情けなくて……。」
「……いいよ別に……だって怖いだろ。誰だって。後……何分?あんたといられる時間……。」
シホは唇を強く噛みしめながら必死に涙を堪えていた。
「……。」
花火が連打で上がっている。もしかしたらそろそろ花火大会の終わりが近づいているのかもしれない。時間が過ぎるのは残酷で早い。
「シホ……。」
コウタはシホの名前を呼ぶとそっとシホを抱きしめた。コウタの体温を感じたその時、シホの抑えていた感情が溢れ出した。
「……イヤ……。いやだぁ……。やっぱりいやだぁ……!」
シホは駄々っ子のようにコウタにすがり泣いた。
「シホ……しょうがないんだ。これは……俺の運命なんだから。」
「なんで?なんであんたなんだよ!この花火大会で皆あり得る事なのに!」
シホの瞳に切なげに笑うコウタが映る。
「幸せな顔をしている人が多い中でそんな顔をするなよ。」
コウタはシホを強く抱きしめる。
「……。」
シホは潤む瞳でコウタの顔をじっと見つめていた。
「お前と会えて俺、楽しかった。いままでで一番幸せだった。」
「……うん。うちも……楽しかった。」
花火はクライマックスをむかえていた。いままで打ちあがった花火が連続で打ち上げられる。暗かった夜空が一瞬で明るくなった。
「……じゃあ、混まない内に今から帰ろうか。」
「……うん……。」
コウタはシホの涙をぬぐってやるとシホを離し、立ち上がった。シホもコウタに習い立ち上がった。
「シホ、手を繋いで帰ろう?」
「……うん。」
コウタはシホの手を握るとまだ座り込んでいる人々を避けながら歩き出した。
「今日はなんだか特別な花火だったなあ。」
コウタが人々を避けながら嬉しそうにつぶやいた。
「そう?いつもと同じだったじゃん。毎年、連打で締めるんだからさ。」
「そうだったっけ?」
二人は人ごみから離れ街灯のない海岸の道路を歩く。二人からは心情とは真逆の言葉ばかり発せられている。
九時……十分……。
道路の曲がり角に差し掛かった時、トラックがかなりのスピードを出して曲がり角を曲がってきた。
……もしかしたら……まだ……!
シホは咄嗟にコウタの手を引く。しかし、シホは地面にあった小石に運悪く躓きコウタの手を離してしまった。コウタはバランスを崩し道路に投げ出された。
「シホ……やっぱダメみたいだ。」
「……うん。そうみたい……。」
「シホ、楽しかったよ。じゃあ……さよなら。」
コウタは笑顔でシホに手を振った。刹那、トラックが角を曲がりきれずに横転した。
トラックはコウタを巻き込んで近くのガードレールにぶつかり止まった。
「わかってた……わかってたよ……。だけど……。だけどさ……っ!」
シホはその場に座り込み泣いた。運よくシホには何の被害もなかった。
……彼は七月七日の午後九時十一分に死んだ。
これでよかったのだ。




