かわたれ時…1月光と陽光の姫最終話
月子は宴会で盛り上がっている下のフロアをただ見つめていた。
……やっぱり……もっとちゃんとお礼をした方が良かったかしら?
まあ、サキも馬鹿じゃないしわかるわよね……。
本当はお礼をした方が良かったんだと思うけど。
「ねえ、月ちゃん。」
ぼうっとしていた月子の背に声をかけてきたのはライだった。
「ライ?」
「私、今度は良い意味で月ちゃんの手助けをするね。私はワイズ軍だからできる事はかぎられちゃうけど……。」
ライはせつなげに微笑んでいた。月子はそんなライを勝ち誇った目で見つめながらにやりと笑った。
「ワイズ軍だから……ですって?あんた、何言ってんの?」
「え?」
「あんたはこれから月の仲間よ。」
月子は戸惑っているライの肩を思い切り叩いた。
「で、でも……それは無理なんじゃないかなあ……。」
「私はあんたをワイズから切り離したわ!ワイズとの交渉にも勝ったわ!」
月子は自信満々にガッツポーズを送る。
「月ちゃん!月ちゃん!仮ですわ!仮!まだ勝ててませんよ……。」
となりでこそりと月照明神がつぶやいていた。
「いいじゃない。早い段階でそうなるんだから。」
「ふふふ……。」
ライは月子の心を読み取り楽しそうに微笑んだ。
「あんた、何笑ってんのよ。気持ち悪いわ。」
「あはは!……月ちゃん……。」
「何よ?」
月子は楽しそうなライを不機嫌そうに見つめた。
「ありがと。待ってるからね……。月ちゃんが私をワイズから奪ってくれる日をずっと待っているからね。」
満面の笑顔でいるライに顔を真っ赤にした月子は
「う、うるさいわよ!ポエムみたいに言うのやめなさい。」
とつぶやきそっぽを向いた。
月照明神はそれを眺めながら幸せそうに微笑んだ。
「サキ様……ごめんなさああい……。」
チイちゃんの声がする。サキは知らぬ間に熟睡していたらしい。
「もっとほら、いい感じに……。」
チイちゃんの叫びに近い声にかぶって楽しそうなみー君の声がする。サキはゆっくりと目を開けた。
「ひぃ!」
サキは寝ぼける暇もなく一瞬で現実に引き戻された。サキの喉元にチイちゃんが作り出した剣先が当てられている。
「ほら!女が起きたぞ!セリフ!セリフ!」
みー君は慌てふためいているチイちゃんにぼそぼそと何かを言っている。
「お、お前は女の服を引き裂くのが好きな変態の……」
「はあ?」
サキは戸惑っているチイちゃんに首を傾げた。
「馬鹿野郎!それは俺が言ったお前の設定じゃねぇか。じゃなくて俺が言ったセリフだ!セリフを言えって!」
みー君はまたぼそぼそとチイちゃんに何か言っている。
「は、はい!……ははは!オレはこのナイフで何度も女を裸にしてきた!お前もその例外ではない……。」
チイちゃんはほぼ棒読みで変な言葉をしゃべっている。
「あー、はいはい。びっくりした……。変な起こし方するんじゃないって何度も言ったじゃないかい。」
サキは冷めた目でチイちゃんを追い払った。
「あーあー、これ起きたてでやったらおもしろかったんだがなあ……。ああ、一応ビックリポイントはあのチイちゃんがまさかの……ってとこだったんだが。」
みー君はサキにドッキリをかける予定だったらしい。ビックリポイントまでしゃべってしまい、かなりの興ざめだ。
「サキ様~ごめんなさい~。」
「あんたは悪くないよ。悪いのはそこのゲーマーだよ。」
オドオドしているチイちゃんに言葉を返し、みー君を睨みつけた。
「あー……悪かった。悪かったから睨むな。」
「で?太陽には着いたのかい?」
先程はみー君に任せて痛い目を見たのでサキは恐る恐る尋ねた。
「ん……あ、着いたぜ。」
気がつくと駕籠が浮いていない。地面に置かれているようだ。地面の感覚を触知したサキは帰って来る事ができた事を実感した。
「いぃやったあああ!やっと帰って来れたああ!」
サキがいままでで一番テンションが上がった瞬間だった。さっさと駕籠を降りる。
「たーいよう!ばんざーい!」
オレンジ色の大地に和風のお城。離れていた時間は少しだったが何故だがとても懐かしく思えた。
「お前……今日一番テンション高いな……。」
みー君は少し残念そうにサキを見ていた。
「へえ……ここが太陽ですか。ん?あれは猿達では……?」
チイちゃんが城から出てくる茶色の団体を指差した。それを見た瞬間、サキの顔から笑顔が消えた。
「サキ様!サキ様―!」
サキのまわりに太陽神、使いの猿達が集まってきた。
「なんだいなんだい?」
戸惑うサキに太陽神達は次々に言葉を発する。
「心配しましたよー!急に消えてしまったと聞いたもので!」
「今、サキ様を探しに行っている太陽神達、猿がほとんどでございます!」
「ああ……えっと、色々すまないねぇ……。あたしは大丈夫だからと探しに行っている奴らに言っといておくれ。」
サキは自分を真剣に探してくれたことに感動し、笑顔で太陽神達に手を振った。
「サキ様!お怪我をなされています!」
「いますぐ治療を……!」
「一体誰に……許すまじ行為……。」
「我が太陽の姫が傷をつけられた!」
太陽神達は続いてサキが負っている怪我について熱く話しはじめた。
「あー、もういい。もういいから。」
「なんというか……暑苦しいな……。太陽の奴らは……。」
なだめるサキを眺めながらみー君はため息をついた。
「サキ様あ!ご無事でござるか!すぐに手当を!敵につきましては現在調査中でござる!」
ひときわ大きな声で近づいてきたのはサルだ。サルは必死な面持ちで頭を垂れている。
「えっとねぇ……敵はいないよ。心配かけたね。」
サキはサルに笑顔を向けた。サルはほっとした顔でサキを見上げた。
「あ、後、業務の方がまだ半分以上残っておる故……」
サルが追加で言葉を発した刹那、サキが大げさに痛がりはじめた。
「いだだだ……。けっこう傷の方は重いんだよ……。今日は休むよ……。」
「サキ様ぁ!」
サル達はサキを心配し、さらに近寄ってきた。
それを見ながらみー君はさらにため息をついた。
「ったく……サキもやり手だな……。」
「サキ様……カッコいいです。」
「お前、あれカッコいいか?視力検査してこいよ。」
目を輝かせているチイちゃんをみー君は呆れた顔で見つめた。
「あ、みー君、チイちゃん、助けてくれてありがとう。おかげで無事太陽に帰って来れたよ。剣王とワイズによろしく。」
サキは真面目な顔でみー君とチイちゃんを交互に見た。
「言っておくがな、俺、はじめはワイズに頼まれてお前の手助けをしていたが知らん内に好きでお前を助けてたぜ。だから、もう別にワイズ軍とかじゃなくてだな、俺は勝手にお前を助けてた。」
「そういえばオレもサキ様とみー様に認めてもらいたくて頑張っていたので途中から剣王様関係なくなってました。」
みー君とチイちゃんはいたずらっぽく笑った。
「そうかい。みー君にはとても助けられたしチイちゃんはかっこよかったよ。」
サキもにこりと笑った。チイちゃんはあまりの嬉しさに肩を震わせながらガッツポーズをとっている。
「そりゃあ良かった。じゃ、俺は行くぜ。たまに遊びに来るんでその時はよろしくな。」
みー君は勝手に遊びに来る宣言をすると一つのゲームソフトと小型ゲーム機をサキに向けて投げた。
「……?なんだい?これ。」
サキはうまくキャッチしゲームソフトのパッケージに目を落とした。パッケージにはやたらと美化された男がこちらを見て微笑んでいる。
「ああ、それ日本の神様と恋愛ができる恋愛シュミレーションゲームだ。まあ、乙女ゲームだな。
俺はクリアしたからお前にやるよ。俺がサブいぼ立ててやったそれ、お前なら単純に楽しめるだろう。乙女だからな。
あ、ちなみにそん中に俺いるんだぜ?自分自身を攻略して意味わからん事になったがな。はっはっは!」
みー君は楽しそうに笑うと呆然と立つサキに手を振り、鶴が待つ駕籠へと歩いて行ってしまった。
「みー君……これをやっていたのかい……。」
サキは真っ青な顔で遠ざかるみー君を見ていた。
「さ、サキ様、オレも剣王の所に帰ります。こ、今度一緒に写真撮らせてください……。宝物にしますんで……。」
「あんたは何言ってんだい?そんなもの宝物にするんじゃないよ。」
サキの言葉をまったく聞かず、チイちゃんはやたら楽しそうにみー君の後を追い、歩き出した。
チイちゃんとみー君を乗せた駕籠は鶴達により舞い上がった。
……彼らは……いい神だったね……。あたしはけっこう今回救われたよ。
徐々に遠ざかる駕籠にどこかせつなさを覚えながらサキはため息をついた。
「サキ様!早くこちらへ!」
「サキ様!」
「え?あ……わ、わかったよ。今行くから!」
やたら暑苦しい太陽神達に引っ張られサキは感傷に浸る事もできず城の中へ連れこまれて行った。
「はあ……天御柱神様……イケメン……。こんな事言われたらあたしおかしくなってしまうよ。」
あの事件からしばらく経った。サキは暁の宮でみー君からもらったゲームにガッツリとハマっていた。最近は部屋から出ない引きこもりと化している。
まあ、仕事場がここなので別におかしくはない。……と思っている。
いつの間にか外はだいぶん暖かくなっていた。今頃、現世は桜が咲いている頃かもしれない。
「なんだ?俺が好きなのか?お前は。」
「ひぃ!」
サキはいきなり部屋に現れたみー君に心臓が飛び出るほど驚いた。
「びっくりさせるんじゃないよ!どうやって入ってきたんだい!」
「ああ、俺は元々風だからこうひょいっとな。」
顔を真っ赤にして叫んでいるサキにみー君はニヤニヤしながら答えた。
「勝手に部屋に入ってくるんじゃないよ!警備はどうなっているんだい!警備は!……後、あたしが好きなのはみー君の方じゃなくてこっちの天御柱神様の方だからね。」
サキはゲーム画面で微笑む優男を指差す。
「そうかよ。なんかドップリハマっているじゃないか。ジャパニーズゴッティ!通称ジャパゴ!」
「う、うるさいねぇ……。せっかく借りたからやっているだけだよ。」
真っ赤になっているサキにみー君はいたずらっ子のように笑った。
「へへー、全ルート一周しただけかと思いきや、同じルート五周もしてるとはなあ。意外にも乙女ってか?」
「だからうっさいよ!いいじゃないかい!」
「悪かった。ちょっとかわいいとこもあんだなあと思ってな。……あ、そういえばジャパゴのイベント、ジャパゴ祭ってのが東京であるらしいぞ。俺はゲーム関係しか興味ないが行ってみたらどうだ?」
「なんだって?」
サキはみー君の言葉に目を輝かせた。
「お前の好きなみー君のグッズもあるらしいぜ。」
「だからあたしが好きなのはみー君じゃないよ!こっちの天御柱神様の方だよ!大体あんたと全然性格違うじゃないかい。まあ、とりあえずあたし、そういうイベントに行った事ないから一人で行くのは嫌なんだよねぇ……。みー君……一緒に行かないかい?」
サキはもじもじと身体を動かしている。
「まあ、別にいいが……俺は人には見えんぞ。」
「いいよ。ついて来てくれるだけでいいからさ。」
「じゃあ、俺はオタク見物でもしているか。」
みー君とサキはお互い笑い合ってジャパゴ祭の日程などを調べ始めた。
「で、みー君はなんで太陽に来たんだい?」
「なんでって……。ワイズのおかげで少し信仰心が増えただろう?俺はその確認と……今後ともよろしくって意味で東から派遣されてきた。」
みー君はスマホでジャパゴ祭について調べながらサキに答えた。
「太陽を支配するつもりかい?そうはいかないよ。」
「ははは!心配するな。俺はワイズ云々ではなくてだな、ただ、遊びに来たって感じだ。」
不安な表情のサキを吹き飛ばすようにみー君が楽観的に笑った。
「あんた!ワイズに良いように使われているだけじゃないかい!」
「かもな!……でもお前の所に来れて俺は今楽しいぜ!あ、ジャパゴ祭、七月七日だってよ。七夕だな!」
楽しそうに笑うみー君を見ていたらなんだかどうでもよくなってきた。必死にいままで西や東に隙を見せないように頑張っていたが利用されてもいいじゃないかと思えてきた。
隙を見せてしまって利用されたとしてもその事実を使い相手を利用すればいいのだ。
月姫の事件でサキに心強い仲間ができた。みー君とは今後長く付き合っていく事となるだろう。
これを期にサキは東、西、北、月、竜宮と深くかかわらなければならなくなる。
太陽の復興はまだまだ遠い……。




