かわたれ時…1月光と陽光の姫19
「あんた、色々と馬鹿だねえ。」
「……馬鹿ですって?私が?」
月子はよろよろと立ち上がるサキに高圧的な態度をとった。
「あんたは馬鹿だよ。まわりがまったく見えていない。あんた、自分のカラに籠ったまま出てこないつもりかい?……あんたの姉さんはあんたが気に入らなかったから消したんだろ?そうやって気に入らないものをちゃんと見もせずに捨てるからあんたには誰もついてこないんだ。」
サキはまっすぐ月子を見据えた。月子の瞳に少し動揺が見えた。
……姉さんを消した理由は図星のようだね。
「色々持っているあなたに言われたくないわよ!後から王になったのに私に偉そうに言うんじゃないわ!」
「確かにあんたよりは後だけど色々持っているってのは間違いだよ。あたしは太陽をまったく動かせていない。でも、あんたとは違って必要なものはちゃんと拾って落とさないようにしっかりと抱えている。」
サキが言った言葉に月子の表情がピクリと動いた。その表情をみてサキはふと思った。
……そうか。月子は……今までやってきたことを心の奥底で悔やんでいるんだね。
「私は一人でも平気。私は私の思うように生きる!」
「……あんた、悔やんでるんだね。」
月子のからっぽな言葉をサキは軽く流し、直球に言葉を発した。
「……っ!悔やむ?なんで?私は悔やんでなんか……。」
「気に入らない者がいたら消す……って考えは人間だったら大変な事だよ。やってしまった事は消えない。あんた、最低だよ。」
サキの言葉で月子はしまい続けていた心を露わにした。
「だって、しょうがないじゃない!私はそうしないと認められないの!私なんかじゃどんなに努力しても勝てないもの!」
月子は叫ぶように声を発した。
「ねぇ、あんたを認めていた奴ってさ、少なからずいたんじゃないかい?あんたはそれを捨ててしまって……」
サキが最後まで言う前に月子が言葉をかぶせてきた。
「仲間なんていないわ!皆馬鹿にするの!姉を消した段階で皆から慕われると思ってた!でも状況は逆にばかり行って……気がついたら戻れなくなってた。私はこういう存在の仕方しかもうできないんだ!だからあなたも消す!」
月子は自身にそう叫ぶとサキから大きく離れ、刀を振りかぶった。カマイタチがサキのすぐ横を走り抜ける。
「……やるしか……ないのかね。……ウサギ、ちょっと退いてな。」
サキは戸惑っているウサギを後ろに追いやり、剣を構え直した。
「おいおい。どこまで歩くんだ?」
みー君とライは子供が描く絵のような花畑をひたすら歩いていた。
「えーとね、もうちょっとだよ。ここはね、私が作った弐の世界なんだよ。サキの心と月子の心を渡る渡り廊下のようなものかな?
二人は共通してお花が好きみたいだからうまく心をつなげられたんだよ。これを渡って私はサキの心に入ったんだ。中に入るのは結構大変だったけど。
まあ、私とサキは会ってまだ経ってないから心を開いてくれないのはしょうがないけどね。」
ライは花畑の花を触りながら歩く。
「心を妄想でつなげられるのか。心底弐って怖いな。で?その話だと月子も心を開いてくれなきゃ入れないって事だよな?」
みー君は面倒くさそうな顔で花を眺めながら歩いている。
「それは大丈夫だよ。月子は私と長い付き合いだから……。」
「ん……?おい。」
みー君は前を歩くライの肩が震えている事に気がついた。
「うん。長い付き合いだからね……大丈夫……。」
「お前、泣いているのか?どうした?」
ライは泣いているようだ。みー君は優しくライに話しかけた。ライは押さえていた感情があふれだしたように声を上げて泣きだした。
「だから、どうした?今の会話でそんなに泣けるところがあったのか?」
「……。月子の心に入れた時、私の事、どう思っているのかわかったの……。私は月子と友達だと思っていたけど……月子は……使えるコマだって……。」
ライは堪えられずにその場にうずくまった。
「使えるコマか……そりゃひどいな。」
みー君はうずくまるライに相槌を打った。実際ライと月子の関係がどうだったのか過去の事はわからないがみー君は話を聞いてあげる事にした。
「私はいつも月子の影に隠れて……月子に守られていた。それもだいぶん前の事だけど。私が困っている時はいつでも助けてくれた。だから、私も月子を助けようと思ったの。月子が笑顔になると私も嬉しいから……。でも、私は騙されていたんだね。」
ライの震える肩をみー君がポンと叩いた。
「まあ、よくわからないが……俺は全部が全部お前を騙そうとしていたわけじゃねぇと思うぞ。確かに姉さんを消そうとしてお前を使ったのかもしれないが……困っている時に助けたっていうのは全部が全部お前を騙そうと動いたわけじゃないと俺は思う。お前を助けたいって少しは思っていたんじゃないか?」
みー君はライを慰めるようにささやいた。
「……。みー君……みー君は優しいんだね。……ありがとう。そう思えたらいいね。少し……元気でた……。」
ライは涙をふくと無理に微笑んだ。ライの顔には心の痛みがはっきりと浮かんでいた。
「おい……。」
みー君が心配して声をかけたがライはそのまま立ち上がると何も言わずに歩き出した。
これ以上、月子と自分の心に触れないでほしいとライの背中が言っていた。みー君は余計な事をしたかと頭を抱えたが黙ってライについて行く事にした。
……こいつは芸術神だからおそらく人間の心と同じものを持っていて色んな事に敏感で傷つきやすい……だろうな。
みー君は揺れるライの肩を見つめながらそんな事を思った。
しばらく歩くと一つのドアにたどり着いた。ライはみー君と一言もかわすことなく、当たり前のようにドアノブを握った。
「おい。そんないきなりでいいのかよ。そのドアから先は月子の心なんだろ?」
「……。」
ライはみー君の問いかけに答えず勢いよくドアを開けた。
「えっと……月照明神様、ここはどこなのでしょうか?」
微笑んでいる月照明神にチイちゃんは恐る恐る話しかけた。
「ここ?ここは妹の心の中ですわ。妹の弐の世界の核心部分ですわね。」
月照明神はあたりを見回しながら答える。あたりは真っ暗で何もない。
「弐の世界の核心?」
「妹は月の宮全体を自身の心にしてしまい、弐の世界を作ってしまったようですが彼女の真髄はこの世界だけです。崩壊している心と正常を保とうとしている心の両方を彼女は持っています。ここは正常を保とうとしている心です。」
チイちゃんは頷いていたが実際はわかっていなかった。それを見た月照明神がクスクスと笑い声を漏らした。
「無理に頷かなくてもいいのですよ。理解しなくても別にどうってことない話です。とりあえずここは弐の世界だという事ですわね。」
「そ、それだけわかればけっこうです!す、すみません……。」
チイちゃんは知ったかぶりをした事をあやまった。
「それで質問なのですが……あなたはなぜ人型になれたのでしょうか?」
月照明神はチイちゃんに優しく微笑みながら質問をした。
「え……えっと……よくわかりません!気がついたら剣王の所におりました!」
チイちゃんは月照明神から目を離しながらまくし立てるように口を動かした。
「剣王の……?そうでしたか。ちゃんとメッセージが届きましたね……。」
「……?」
月照明神はほっと息を漏らしたがチイちゃんは首をひねった。
「ああ、剣王があなたに頼んだ事はわたくしに会いにくる事……でした?」
「え?いえ……残念ですが……オレはサキ様について修行するようにと言われ、ついてきただけです。」
「そうでしたか。剣王はあなたが混乱しないようにそう言ったのですよ。本当はあなたをわたくしに会わせるためサキにつかせたというのが正解です。」
月照明神はチイちゃんの頭を再び撫でる。
「うわあ!頭を……っ!えっと!オレわかりません!馬鹿ですみません!」
チイちゃんは真っ赤になりながら震える声で叫んだ。
「なるほどな。チイはあんたの刀であんたがこちらに落ちた時、刀だったチイを外に放り出し剣王にSOSを出したって事か。その答えとして人型となったチイを剣王があんたの元へとよこした。で、あんたはチイが戻ってきた事により助けがきたと確信する事ができた。」
何もない所からいきなりみー君とライが現れた。
「みー様!」
チイちゃんは救いを求めるようにみー君を見つめた後、その横にいるライに顔を曇らせた。ライは下を向いたままでこちらを向かない。
「あら、なんだか鋭い方ですわね。まあ、半分カケ状態でしたけど。ええっと、天御柱神……でしたかしら?」
「そうだ。久しいな。月照明神。」
月照明神は相変わらず笑顔でみー君を見据えている。みー君も月照明神に向かい微笑んだ。
「あなたは……共犯者を捕まえにいらしたのですか?」
月照明神の言葉でみー君の後ろにいたライの肩がビクッと動いた。
「共犯者?何のことだ?俺はワイズに頼まれてサキの護衛をしているのだが。」
「そういう事……ワイズはこの事を消滅させたいのですね。ではわたくしは何も言いません。今のは忘れてください。」
「ん?まあ、いいが。」
みー君は別に気にするそぶりもなく会話をきった。
「で……オレはなんだかまったくわからないのですが……ちょっと色々説明を求めたいです。なんでみー様がここにいるのかとか……オレがどうなっちゃったのかとか……。」
チイちゃんは唸りながら頭を抱えていた。
「お前、勘が色々悪いなあ……。」
みー君は面倒くさそうにチイちゃんを見た。
「まあまあ……わたくしが今から説明してさしあげますから大丈夫ですわよ。」
月照明神はチイちゃんをギュッと抱きしめる。
「ほええええ!」
チイちゃんは謎の声を上げながら顔を真っ赤にし鼻血を出していた。ちょうどチイちゃんの顔が月照明神の胸の位置にあるためか……チイちゃんはどこかパラダイスにでも行ってしまったかのような顔をしている。
「たく……このスケベエ野郎。」
みー君は呆れた顔を向けていたがどこかうらやましそうな顔をしていた。
「まったく男って皆こうなの?」
みー君とチイちゃんを交互に見たライはふてくされたようにぼそりとつぶやいた。




