かわたれ時…1月光と陽光の姫16
……あれ?オレ……どうなったんだろ……。
チイちゃんはぼやっとした中、目を開けた。何故だかすごく眠たい。
「もし……。もし……。しっかりしてくださいまし。」
優しそうな女性の声がする。チイちゃんは誰かに揺すられていた。
「ん……?」
チイちゃんは焦点の合わない瞳で揺すっている者を見た。最初に瞳に映ったのはきれいな女性の顔。その次に烏帽子。その次はピンクのストレートロングヘアー。
「もし!起きてくださいまし!」
先程よりも揺すり方が激しくなっている。チイちゃんは徐々に我に返ってきた。
「ほえ!?」
しばらくしてチイちゃんは不思議な声を出し、がばっと起き上った。
「あら、目が覚めました?」
「……んん!?ひ、ひざまくら!ひざまくらぁ!」
チイちゃんはこのきれいな女性にひざまくらをさせていた事に気がついた。状況を思い描き、顔を真っ赤に染めた。
……ひ、ひざまくら……だと!
ついこないだまで刀だった事もあり、女性にあまり触れた事のなかったチイちゃんは異常に興奮していた。
「も、萌える!」
「大丈夫ですよ。あなたは燃えていません。怖い夢を見たのですね。」
「え?えーと……。」
女性は丁寧に答えてくれた。チイちゃんは真っ赤のまま改めて女性を観察した。見た目は白拍子だ。大人な女性という感じで物腰も柔らかい。色々とチイちゃんのドツボだった。
「やっと戻ってきましたね。わたくしの刀……。」
「……ん?」
女性はチイちゃんの頭をそっと撫でた。チイちゃんは戸惑いと気恥かしさで真っ赤になったり戸惑ったりしている。
「あら、わたくしを覚えていないのですか?わたくしは月照明神。あなたの持ち主です。まさかあなたが人型になって戻って来るとは思いませんでしたが……。」
「月照……明神……?」
微笑んでいる月照明神の顔を眺めながらチイちゃんはぼそりとつぶやいた。
「なんであんたなんかが……。」
月子はサキを睨みつけながらつぶやいた。
「……?」
サキは何の事を言っているのかわからず訝しげに月子を見ていた。月子は憎しみに満ちた顔で刀を振りかぶってきた。
「サキ!」
みー君が叫んだと同時にサキは素早く横に避ける。霊的着物を着ているため、体はかなり軽い。月子の斬撃もうまくかわせた。月子は間髪を入れず刀を振るう。
「ちょっと!落ち着きなって!」
サキはなだめるように月子に話しかける。もちろん、斬撃を避けながらだ。
「うるさい!死ね!」
「死ねって……こら!そんな言葉使うなってば。」
月子の斬撃はサキを殺傷するために放たれている。冗談ではなく本気でサキを消そうとしているらしい。
サキは剣で月子の刀を危なげに受ける。悔しいが月子の剣術能力は高い。しっかりと避けたはずだが肩先の着物がバッサリと裂けていた。
「……っち……。」
サキは露わになってしまった右腕を押さえ、苦渋の表情で月子を見つめた。
「あら。右腕をもらうはずだったのに。ざーんねん❤」
「サキ!」
みー君が慌ててサキに向かい走り出したがすぐに月子のカマイタチで動きを止められてしまった。
「あんたはそこにいろ。邪魔。」
月子がしゃべるのとみー君がカマイタチを避けるのが同時だった。
「月子、お前……!」
「邪魔しないで。天之御柱神……。あんたには関係ないから!」
「関係ないだと。誰のせいでこうなってんと思ってんだ。俺はサキの護衛を頼まれた。お前からサキを守れとワイズに言われている。これはおかしいと思うんだが。サキよりも先輩のお前が月を乱し、サキを消し、お前は一体何がしたい?」
月子の叫びにみー君は冷静に答えた。それが怒りに触れたのか月子がさらに感情を爆発させた。
「あんたには関係ない!……サキ、あんたはいいねぇ。こんな守ってくれる者まで現れて太陽を助けてくれる神が沢山いて!太陽を奪いグチャグチャにした欲深い人間の娘だっていうのに!」
「……!」
月子がゆっくりとサキの方を向く。刹那、サキの眉がぴくんと動いた。
「知ってるよぉ。あんたの母親は概念化しているアマテラス大神を無理やりその身に宿して神になろうとした巫女なんでしょ。そんなやつが太陽を統べれるわけないわよねぇ?だいたい……人間だし。」
「お母さんを侮辱するな……。」
先程と明らかにサキの表情が変わった。月子はそんなサキを眺めながら涼しげに話し出す。
「ほんと、消えて正解。太陽をぐちゃぐちゃにしてそのままポイとはどこまでも腐った親だわね。あんたはその女の娘なのになんでそんなに呑気にしていられるの?親も親なら子も子ってことね。」
「あたしを馬鹿にするのはいい……。だけど、お母さんを馬鹿にするのは許さない!」
月子の発言でサキの怒りが爆発した。たとえどんな親でも親を馬鹿にされるのは子供として耐えられない。サキもそうだった。もう冷静にはなっていられなかった。
……お母さんは確かに最低だった。だけどそれをこいつに言われる筋合いはない!
サキは月子の刀を乱暴に振り払った。
「サキ?」
みー君はサキの変貌ぶりに戸惑い、そこから近づく事ができなかった。
……お母さんはあたしなんて見向きもしてくれなかったけど!でも……それでも……
サキは感情を制御できなくなっていた。まわりに不必要な炎が噴き出す。
「やめろ!サキ、落ち着け!」
みー君の言葉は最早サキには届かなかった。
……それでも!あたしはあの人の娘だった!
サキは月子に剣を振るう。容赦のない一撃を月子はかろうじて受けた。
「何よ。いきなり感情的になっちゃって。」
「ふざけんな!あんたに何がわかるっていうんだい!あんたがお母さんの何を知っているっていうんだい!何もわかっていないくせに偉そうに言うな!」
サキはまた乱暴に刀を弾くと剣を振りかぶった。
「そんな最低な人間の事なんて知りたいとも思わないわ!その娘であるあんたをなんでどいつもこいつもかばうのか私には全然わかんない!」
月子も刀を振るう。刀を振るっている内に月子からツクヨミ神の力が溢れ出した。
また、サキからもアマテラス大神の力が噴き出した。
お互いが凄まじいエネルギーをおびながら武器を振るい合っていた。サキも月子も体中斬りきざまれながら怒りの感情のみでぶつかっていた。
「やめろ……。」
みー君が危機を感じ二人に向かい走り出す。ウサギは震えながら近くの柱に隠れていた。
「おい!止まれ!やめろ!」
膨大なエネルギーを持っている二人がぶつかり合ったら何が起こるかわからない。それにみー君は女性同士が殺し合うのを見たくなかった。
「やめろ!」
斬撃が飛び交う中、みー君は二人の間に立った。
「やめろって言ってんだろうが!」
みー君の神力が一瞬、時を止めた。
「み、みー君!」
サキが驚いて剣を引いた。赤い液体が大量に宙を舞う。みー君は色々と遅かった。
みー君は二人を止めようと神力を放ったが間に合わず、二人の斬撃をその身に受ける事になってしまった。サキはみー君の背中を深く斬り、月子はみー君の胸から腹を思い切りえぐった。
「がっ……。」
みー君は口から血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
それを見た月子は楽しそうに笑っていた。
「あら……斬っちゃった。好都合だわ。ふふ……。」
「そ、そんな……みー君……。」
月子は絶望的な顔をしているサキを一瞥するとみー君を破壊されたエスカレーター部分から突き落とした。
刹那、落ちゆくみー君の遥か下に宇宙空間が出現した。きれいな星々がサキには悪魔にしか見えなかった。まるでブラックホールのようにみー君はその星空に吸い込まれていく。
「みー君!みー君!」
サキは必死で手を伸ばしたがみー君に手は届かなかった。
「ふふ……。弐の世界で永遠に眠りなさい。」
月子はクスクスと笑いながら落ちていくみー君を冷たく見つめた。
「……お前ら……落ち着けよ。せっかくのきれいな身体……傷になるぞ……。」
みー君は最後にそうつぶやき、宇宙空間に飲まれ、跡形もなく消えた。
「みー君……そんな……。みー君……あたしがみー君を……斬った?」
うなだれ震えているサキは立っている事ができずその場に座り込んだ。まだ手に肉を断ち切った感触が残っている。サキの頭は真っ白になった。
「さて、じゃあ、これで二人きりだわね。サキ。」
月子が平然とサキの頭を足で踏みつぶした。
「あんた……みー君に何をしたんだい……?」
「何をしたって弐の世界へ連れてっただけよ?もう戻ってこないと思うけど。」
「みー君をあたしが……。みー君……。」
サキは耳を塞ぎ、震えながら涙を流していた。
……おかしくなってたあたしを止めようとしてくれてたのに……あたしは彼を……。
サキは震える手で剣を握ったが握りきれず剣はそのまま地面に落ちた。手についた血を見て震えはいよいよひどくなった。
……もう何も考えられない……怖い……。
「ふふ。無様ね。サキ。もうあんたを守ってくれる者はいない。あんたは助けてくれる者の影でふんぞり返っていただけなんだから奪っちゃえば私はあんたを容赦なく蹴落とせる!」
月子は戦意喪失しているサキの顔を蹴り飛ばす。
「っぐ……。」
サキは顔を押さえ立ち上がろうとするが身体の震えがおさまらず立ち上がる事ができない。
「満身創痍ね。ふふふふ!あははは!」
月子は狂気的に笑いながら絶望しきっているサキを蹴り続けた。




