かわたれ時…1月光と陽光の姫9
高天原東。
白い雲と青空が風に吹かれ流れていく。金色の建物は太陽の光を反射し、眩しいくらいに輝いていた。その建物の屋上に立つ二つの影。男と幼女の影。
「ワイズ、約束通り刀のあの子を送ったからね。あの芸術神の事は忘れてあげるよ。これで一応皆プラスになるねぇ。」
剣王は冬の冷たい風をその身に受けながら口を開く。ここはワイズの別荘、あの金色のビルの屋上だ。剣王はワイズと話すため、駕籠に乗らずに待っていた。
「輝照姫にはめんどうをかけたけど月の本当を暴くには仕方ない事だNE。あんたが条件をのんでくれて助かったYO。輝照姫には天御柱をつけたから弐に取り込まれる事はおそらくないと思うYO。」
ワイズは腕を組み、街並みを見つめる。
「君もよく考えるねぇ。自分が不利にならない方法をよくもまあ、思いつくものだよ。それがしの要件はあの名もなき神のあの子を月照明神に会わせる。だったんだけど、君は月照明神に会わせてやるから芸術神の件は黙っていろとそれがしに言った。
名もなき神のあの子は弱いし、君が簡単に月照明神にあの子を会わせられるとは思えない。
どうするのかと思っていたら信仰心の足りない太陽に援助してやると言い、輝照姫を月に行かせた。彼女なら強いからそれがしの部下のあの子も守ってやれる。天御柱もつけて体勢を万全にしてくれたしね。
輝照姫が月に行く事によって月照明神が大きく動き出すだろう。それがしには月の事情なんて関係ないんだけどねぇ。」
剣王は険しい顔をしているワイズをちらりと横目で見る。
「月照明神の件で芸術神が関わってくるとしたら私にはかなり関係してくるYO。剣王。約束はかわしたYO。この件……漏らすな。」
ワイズはサングラスの奥で剣王を睨みつけていた。
「はいはい。それがしの要件を守ってくれていたら月の件に関しては黙っててあげるよ。」
剣王はワイズにニコリと微笑むと待機していた駕籠に乗り込んだ。ワイズはそれをただ黙って見ていた。
「白、黒プラス基本色十五パーセントってところね!この雪の塊は色々使えるわ!うふふ。」
ライは近くに溜まっていた雪を触りながら不気味に微笑んでいる。
「おーい。早く行くぞー。」
なんとなくついて行く事になったライにみー君は控えめに声をかけた。
「あら、こちらの草は……。」
「もういいから行くよ……。」
サキはライを引っ張り歩き出した。先程から時間がけっこう経ったがまだトンネルを抜けたばかりだ。
「いやー、ライは芸術に飲み込まれるとめんどくせぇなあ。」
「……へ?誰?」
サキは声が聞こえた方を向いた。声の主はチイちゃんだった。
「お前、いつからキャラ崩壊したんだ?さっき会ったばかりだが。」
みー君も驚いてチイちゃんを見つめていた。
「え?なんでしょうか?みー様。サキ様。」
チイちゃんは特に慌てる素振りもなく当たり前に元の口調に戻った。
「いや、なんでしょうかって……。」
みー君が戸惑っているとチイちゃんはライに話しかけていた。
「おい。ライ。さっさと来い。迷惑かけんじゃねぇぜ。鬱陶しいんだよ。」
「……あー……えっと……なんか態度がだいぶん違うけど……。私達、会うのはじめてだよね?」
ライは怯えた目で乱暴に言葉を発するチイちゃんを見上げる。
「態度がちげぇのは当たり前だろ。あのお二方は破格に神格がちげぇんだよ。オレとお前は同じ神格。お前に対して下手に出る必要はねぇんだよ。わかったか!この芸術バカ。」
チイちゃんの気迫にライは怯えながら何度も頷いている。
「うわあ……。」
「口悪っ……。」
サキとみー君はそれぞれ声を漏らした。
「お、同じ神格でも礼儀ってあるじゃない?あ、あんまり口が悪いとタケミカヅチ神に報告しちゃうよ……。」
ライが何か反撃しようと小さく言葉を発した。
「お前が剣王様に会えると思っているのか?舐めた口きいてんじゃねぇよ。」
サキは少しチイちゃんを落ち着かせようと動き出した。
「あんた、ちょっと口が悪いよ。ライの代わりにあたしがタケミカヅチ神に言いつけるよ。」
「!」
サキの言葉でチイちゃんは顔を真っ青にした。こう見ると子犬のようだ。
「さささ……サキ様!ごめんなさい!許してください!だいぶ調子乗りました……。同神格に会ったのがはじめてで舞い上がってました!どうかお許しを……。」
「よわっ!」
さっきとはうって変わってチイちゃんは濡れた子犬のようにサキを見つめていた。
……ふう。見栄を張りたいけど張れない、そんな気持ちが表に出たのかね。何と言うか素直な男だよ。
サキが頷いている横でみー君が呆れた声を上げた。
「ほんと、鬱陶しい男だな。お前がめんどくさいぜ。」
「で、結局これからどうやって月に行くんだい?」
サキはとりあえず全員の顔を見回した。
「あの……鶴を使えばよろしいのでは?」
委縮しきっているチイちゃんが恐る恐る声を発する。
「ああ、それはいい考えだな。霊的鶴ならば霊的月にも入れる。生きている鶴だったらマジな宇宙旅行になってしまうし、人間が見ている月はただの砂だ。だいたい生きている鶴が宇宙に行けるわけがないがな。ははは。」
みー君はまた楽しそうに笑っていた。
「普通、霊的月に行くなら月神か、使いの兎が門を開いてくれなきゃ入れないよ。太陽だって太陽神か使いの猿じゃないと門を開けないし。現世だと特に条件があるし。それを丸無視して鶴で行けるのかい?」
「んん……あー……どうなんだろうな?そう言われたら無理かもな。」
サキの質問にみー君は顔を曇らせた。
「あ、あの。私の能力を使えば行けると思うわ。」
ライが話すか迷っている表情でサキ達の会話に割りこんできた。
「あんたの能力ってなんだい?」
サキは少し期待のこもった目でライを見つめた。
「ええと、私が作り出す弐の世界で条件を満たせば月に行けると思う。私は演出家でも小説家でもないからただ、単純なお話って言うか絵になっちゃうんだけど……。」
「ちょっと全然わからねぇですよ。」
少し言葉に気をつけたチイちゃんがライに向かいボソボソと話す。
「ああ、ごめんね。チイちゃん。ちゃんと説明するね。」
「ち……チイちゃん……!?あんたには言われたくねぇんですけど……。」
ライの言葉にチイちゃんの眉がピクンと動いていた。ライはそれに気がつかずに説明を続ける。
「まず、私が月のお話を絵にする。この場合、竹取物語がメインでいいと思う。ただし、私は小説家じゃないからストーリーのない絵になると思う。
それで描いた月は人間の心とか妄想心とか心霊が住む世界、弐の世界にいく。この月はアイディアとか妄想と一緒だからね。
私が作り出す弐の世界へ……私の世界へ送られる。その月はもともと物語をベースでできている月だから現実世界にある本当の月ではない。
それは月神が住んでいる霊的月も同様。あの霊的月も人間が作り出したもの。人間の想像力。つまり霊的月同士でリンクする。」
「なるほどな。わかりやすい。」
ライの説明でみー君は目を輝かせていた。なんだか冒険しているみたいで楽しいのだろう。
「まあ、あたし達神も人間が作り出した想像の塊だしねぇ。霊的月同士で入るのが一番簡単かもね。」
サキは険しい顔をしながらライに目を向けた。
「でもこれ、月子に凄い怒られるかも……。月子、今誰も月に招こうとしないし。」
「大丈夫だよ。ここで月に行かないと月の謎は解けないよ。さあ、やっておくれ。」
目を伏せているライの肩をサキはポンと叩いた。
「うん。わかった。やってみるね。」
ライは少し迷いながら手からスケッチブックを出現させた。そのまま絵筆を取り出し、サラサラと絵を描いていく。竹取物語をイメージした竹と月があっと言う間にできあがった。色彩は水彩のように淡く月だけが輝きを放ち描かれていた。
「ほお……。けっこうすげぇですね。」
チイちゃんがスケッチブックを覗き込む。
「ありがとう。チイちゃん。」
「チイちゃんはやめてくれねぇですか。」
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「うっ……。」
ライの言葉でチイちゃんは詰まった。実際名がないのだからしかたがない。
「もう誰が呼んでもチイちゃんでいいじゃないかい。チイ・チャンとかでさ。」
「なんか海外の人っぽくなったな。」
サキの発言にみー君は呆れた顔を向けた。
そんなのんきに会話している時、ライの持っていた絵が光り出した。
「じゃあ、準備できたから私の絵の世界へご案内するね。」
ライはそう言うと隅っこに慣れた手つきで自身のサインを書いた。刹那、光がサキ達を包み、サキ達はスケッチブックに吸い込まれて行った。




