流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト最終話
あれから少し時が経った。外で鈴虫が鳴いている。風はだいぶん冷たくなり、外はすっかり秋の雰囲気だ。葉は赤色や黄色に色づき、風に吹かれ飛ばされていく。
今日は満月だ。
栄次はすっかり暗くなった山道を登る。鈴の声を聞いたあの場所まで栄次はただ山を登った。
しばらく登ると横に草原が見えた。あの時よりは狭くなっているがその草原は確かにあった。
最初、鈴の声を聞いた時、この草原の先に今はない鈴の墓がある事に気がついていたがこの草原には入り込まなかった。
栄次はそっと瞬きをすると草原の中に足を踏み入れた。あの時、更夜と戦ったあの生々しい記憶が脳裏に蘇る。だが不思議と今は嫌な気分ではない。
「ここだ。」
栄次は一人つぶやくと今は何もなくなってしまった草原の真ん中に立った。
「ここに鈴の墓が……。」
栄次は木の棒を二本持ってくるとその場に二本とも刺した。まわりの雑草を取り払い、棒に土をかぶせる。
……更夜もここで死んだ。だから俺が二人分の墓を今、ここにたてる。俺が消えるまでずっとこの墓を守っていく。死んでから手を合わせてくれる者がいないと言うのはとても悲しい事だ。俺がいるから安心して眠れ。……鈴、更夜。
栄次はそっと手を合わせた。長い事目をつぶっていた栄次はふうと息を吐くと目を開けた。
立ち上がってもう一度自分の作った墓を見た時、視界の端に白い小さな花が何本か咲いているのを見つけた。名前は知らないがこの花はあの時、更夜が供えていた花であり、鈴のお気に入りの花だった。
「あの時の……花か。野性化してここに咲き始めたのか。」
栄次は切なげに微笑むと二人の墓を後にした。心にいる二人が幸せそうに笑っている事を信じて。
白い花は満月に照らされて幻想的に輝いていた。
アヤは白い花畑の中にいた。目の前には瓦屋根の家。アヤはドキドキする胸を抑えつつ、家に近づく。
家の近くまで来た時、声をかけられた。
「あ、えーっと、アヤだっけ?こないだはお世話になったね。入りなよ。」
アヤがふっと上を向くとなぜか屋根の上に鈴が立っていた。鈴はきれいな着物を着ていた。
「あなた、そんな所にいたら危な……。」
アヤが言い終わる前に鈴が華麗に飛び降りた。そのまま音もなく地面に着地する。
「やだなー。忍にそんな事言う人はじめてだよー。」
鈴はケラケラ笑い、アヤの手をとった。
「ちょっと?」
アヤは戸惑いの表情を見せたが鈴は楽しそうに笑った。
「今ね、宴会やってるからどうぞ。」
「宴会?」
鈴はアヤを引っ張り家の中に入る。家の中は木の廊下が続いており、部屋は襖で仕切られている。その閉まっている襖の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。
鈴は襖の前まで来るとそっと襖を開けた。
「お?アヤも来たのか。」
第一声はプラズマだった。皆で宴会をやっているのかお酒とおつまみが並んでいる。
「すみません……。トケイさん。お酒が少し足りないので追加お願いいたします。」
「あなたは……?」
アヤの目の前に月照明神がいた。ピンクの髪を払いながら酔った顔をトケイに向けている。
「うん。わかった。お野菜の漬け物も持ってこようか?」
「あ、よろしくお願いいたしますぅ。」
トケイは相変わらず無表情だがけっこうこまめに動く男らしい。この宴会の席の接客をやっているようだ。
「あ、トケイ。僕も青リンゴサワーちょうだい。」
「うん。オッケー。」
ふとその横を見ると立花こばるとがトケイと普通に会話をしていた。
「こ……こばると?」
アヤは思わず声を上げた。
「ん?あ!アヤ!となりきなよ。まだ始まったばかりだからさ。」
こばるとに声をかけられ戸惑ったアヤは鈴に目を向ける。鈴は不安げなアヤに笑いかけるとトンと背中を押した。アヤは戸惑いつつ、こばるとの横に座る。長机が置いてあり、その周りを囲むように座布団が置いてある。旅館の宴会席のようだ。
「現代神が二人いるとなんだか変な感じするな!」
プラズマがアヤとこばるとを交互に眺めながら笑う。
「確かにねぇ。普段は会わないからね。というか僕はもう時神じゃないけどね。」
こばるとは梅酒を飲みほしながらプラズマに答える。
「えっと……。」
アヤは気まずそうにあたりに目を動かした。
「アヤ、せっかくの宴会だから楽しもう?なんか飲む?メニューあるよ。」
こばるとは紙に書かれたメモ用紙をアヤに渡す。
「ええ……?居酒屋みたいじゃない……。」
「なんか霊を客に居酒屋でもやろうかなって思っているんだってさ。」
こばるとがバタバタと動き回っているトケイを軽く指差すとニコリと笑った。
「へ……へぇ……。」
アヤがあいまいに頷いた時、奥の方の襖が開いた。先程アヤが来た場所ではなく、反対側の襖だ。
「そこの小娘。お前は何を飲むんだ?」
冷たい感じではなく、どこか懐かしさを含む声で話しながら更夜が顔を出した。
「あ、えっと……リンゴジュースで……。」
アヤは更夜を怖いと感じながらもなんとか声を発した。
「酒は飲めんのか?まあ、いい。おい。トケイ。リンゴだ。」
更夜はできるだけ優しく微笑むとトケイにリンゴジュースを注文する。
「はーい。ちょっと待っててね。」
トケイは無表情でアヤにピースを返すと更夜と入れ替わるように奥の襖に引っ込んで行った。
アヤはトケイを見送った後、月照明神に目を向け、すまなそうに話し出した。
「月照明神さん。あの時助けてくれてありがとう。あの時は自分の事ばかり考えていてお礼が言えなかった。」
「別にいいですよ。あなた達が今よりもいい関係になる事をわたくしは望んでいるだけでしたので。お気になさらずに。」
月照明神はアヤにフフッと笑いかけた。
「でも……。」
「いいのですよ。それよりも助言があなたに届いてよかった。今はそれが救いです。」
「……そうね。本当にありがとう。」
アヤは月照明神に心からお礼を言った。
刹那、話の終わりを見計らい、更夜が声を発した。
「ところで鈴を見なかったか?」
更夜の表情が急に険しくなる。声も鋭い。なかなかの気迫を感じた。
「す、鈴さん?えっと……さっき、外に……。」
アヤは軽く怯えながら答えた。
「外か……。気配消すのうまくなったな……。あの女。」
更夜はなんだか不機嫌そうだった。そんな時、また襖が開いた。
「よし、これで皆そろったね。」
襖から楽しそうな鈴と戸惑っている栄次が顔を出した。
「アヤ、プラズマ……これは?」
栄次はオドオドと二人を見つめる。栄次もアヤ同様、いきなりここに出現し、鈴に連れてこられたらしい。
「あ、えっと宴会よ!」
「そうそう!宴会!」
アヤもプラズマもよくわからずにやけくそで声を発する。
「は、はあ……そうか。」
栄次もあいまいな返事を返した。その時、更夜と鈴の目が合った。
「鈴……。」
「げっ……。」
更夜の睨みに鈴はじりじりと後ずさりを始めた。そしてそのまま高速で逃げようとしたところを更夜に捕まった。
「台所を半分くらい爆破してそのまま逃げるとは……。」
「あ、あれは焼き物やろうと思って火薬の量を……。」
更夜は低く鋭く鈴を責める。鈴は青い顔で引きつった笑みを浮かべていた。
「もともと料理に火薬はいらん。お前は何を作るつもりだったのだ。」
「えーん。だって料理なんてした事ないもーん。」
鈴は更夜に責められ、しくしく泣く。
「その嘘泣きはやめろ。少しお仕置きだな。」
「わっ!ちょっと待ってよ!ごめんね。ほんと、ごめんね!」
鈴は慌てて更夜にあやまり始めた。
「その辺にしておけ。更夜。鈴は反省している。」
割って入るように栄次が二人をなだめる。鈴は素早く栄次に抱きつくとしくしくと泣いた。
「栄次、お前は甘い。そいつは嘘泣きだ。」
更夜はぶすっとした顔で鈴を睨みつけた。
「あ、リンゴジュースとお漬物持って来たよ。」
その時、呑気なトケイの声が後ろでした。
「あーありがとうございますぅ!」
そしてさらに呑気な月照明神の声が重なる。
それを聞いていた更夜はもうどうでもよくなってしまったらしく、頭を抱えてため息をついていた。
「あれ?どうしたの?」
「別になんでもない。」
「そう?」
トケイはリンゴジュースをアヤの前に置き、漬物を月照明神に渡すと不思議そうな顔をしながら奥の襖へと引っ込んで行った。
「いいか。鈴、後で料理を教えてやるから覚えなさい。」
「……はーい。」
更夜の言葉に鈴はバツが悪そうに返事をした。更夜はフンと唸ると栄次に目を向けた。
「お前は?何飲む?」
「何って……。」
栄次が困っているとこばるとがスッとメニューが書いてあるメモを差し出した。
「あ、なんか居酒屋始めるらしくて予行練習しているんだってさ。」
こばるとはトケイの持って来た青リンゴサワーをグビグビ飲みながら微笑む。
「居酒屋……。そうか……。じゃあ……日本酒……。冷で。」
「お前、なかなか渋いな。」
更夜はフムフムと頷くと奥に引っ込んだ。
「あー、どうなる事かと思ったけど助かったよ。栄次。更夜のお仕置きは刺激的だからね。」
「し……刺激……。」
鈴がさらりと言った言葉に栄次の眉がピクンと動いていた。
「刺激……。」
プラズマが何かいやらしい事を考えたのか頬を赤くしながらゴクリと唾を飲む。
「刺激……。」
こばるとは恥ずかしそうにアヤの影に隠れていた。
「エッチですわねぇ。」
一人空気が読めなかったのか月照明神だけ楽しそうに平然と言葉を発する。
「ん?エッチって何?」
鈴にはそこら辺の日本語が理解できなかったらしい。首を傾げていた。
「エッチは変態の……。」
こばるとが声を発したのでアヤはすばやくこばるとの口を塞ぎ、慌てて答えた。
「博多のHよ。」
「どういう意味だかわからないよ。」
鈴はさらに戸惑った。
「わからなくていいわ。酔っぱらいの気まぐれな言葉よ。」
「ふーん。そうなんだ。」
鈴はアヤの言葉に不思議そうに頷いた。
「ところでここは夢なのかなんなんだ?」
途中で話をきり、栄次がぼそりとつぶやいた。
「まあ、いいよ。とりあえず、朝まで楽しんでね。」
鈴は栄次に向かいウインクを投げると手を振り、奥へ消えて行った。鈴と入れ替わるように今度はトケイがひょっこり顔を出す。
「はい。日本酒だよー。」
トケイはいまだ立っている栄次を席に座らせ、徳利と猪口を机に並べた。
「おつまみもあるよ。鈴が今、焼き物の特訓中みたいだけど。」
トケイは表情の変化はないがどこか楽しそうだ。弐の世界の時神達は非常に行動力があるらしい。
「じゃあ、栄次、とりあえず飲もう!」
プラズマと月照明神の近くに座った栄次はさっそく二人に絡まれていた。
「ああ……なんてたくましいトノガタ……。わたくしの好みですわ。」
「そ、そうか。それは良かったな……。」
栄次は戸惑いながら猪口に口をつける。
こばるととアヤは呆れた目を向けたがやがて楽しそうに話しはじめた。
やっと宴会が開始された。
そして襖の奥。
更夜とトケイと鈴が様子をうかがっていた。
「やけに楽しそうだな。」
「ね。楽しそう。やっぱこれが一番いいよね。」
更夜の言葉に鈴はニコニコしながら答える。
「僕達ももっと楽しもうね……。」
トケイも幸せそうに言葉を紡ぐ。
「よし、じゃあ、後で俺達も混ざるか。」
「さんせーい!」
「やったー!」
弐の時神三人はお互い手を叩き合い、楽しそうに笑っていた。
これは夢なのか弐の世界で起きている現実なのかアヤにはわからなかった。
だが幸せを感じた。真実の究明をしなくても別にいい。心とはフワフワしていて本当がない。もともと真実なんてないのかもしれない。だからこれはこれでいい。
そしてこれから続く神としての生活。なるべく楽しく過ごそうと心に決めるアヤだった。
……これから先、どうなるかわからない。それでも私は楽しく生きよう。
……今こうしてこばるとが……トケイが……皆が笑っていられるように。
……私は精一杯、楽しく生きる……。
そう決めた。




