流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト7
「ふぅ……どうも。ちょっと暑いから涼みにきたんだが……。」
ドアが開く音と共に男の声が響く。その後すぐに赤髪、長身の男が顔を出した。
上下紺色の長そで長ズボンを着ており、頬に赤い三角形のようなペイントをしている。
キリッとした紅色の瞳が異色さを出しているが整った顔立ちをしている。
「湯瀬プラズマ!」
「なんだ?お前誰?ひょっとすると現代神……か?」
プラズマは驚きの声を上げた。
「え……?私を覚えてないの?」
彼は時神の中で未来を守る神、未来神湯瀬プラズマだ。何度かアヤは彼に会っているのだが。
アヤとプラズマはお互い固まった。ウサギはニンジンを頬張りながら首を傾げている。
「あら?肆の世界の方ね。いらっしゃいませ。」
「ちょっと、天記神……。肆の世界って何?なんかそこのウサギが未来とかって言ってたけど。」
アヤは動揺した頭を平静に戻そうとしながら質問した。
「現世は三本の線のように歴史が伸びているのよ。今が現代の世界、過去の世界、未来の世界の三つ。時神は時渡りできない仕組みでしょ?
できるとすれば人間と時神の力が混ざり合っている時。つまり、時神になりかけの時か消滅する時か……。」
「嫌な事を思いだすわね……。」
時神の生は人間から始まる。はじめは人間の力と時神の力、両方持てる。
徐々に人間の力がなくなり時神は役割を与えられその時代で生きなければならない。
消滅する時は人間の力が逆に入ってくる。
徐々に時神としての力は失われていき、人間になっていく。
百年を超えた時神ならば完全に人間になった段階で身体の時間が急速に動きはじめ、消滅する。
現在存在している時神よりも強い力を持つ時神が誕生したら、その時神は消えて行く。
アヤの先代時神、立花こばるとはアヤが誕生した段階で劣化を始めた。
まだ生きていたかった彼はアヤを殺そうと試みた。この時アヤはまだ時神になっていなかった。
人間の歴史を作る能力と時神の力、両方持っていた。それと同時にこばるとも人間になりかけている故、両方の力が使えた。
時神の事を何一つ知らないアヤを連れまわし、人間の能力と時神の能力を使って時を渡り、プラズマと栄次にアヤを殺させようとした。
そんな事件が少し前にあった。
「一度、あなた達が過剰に時渡りをしていた時があったみたいだけどそれはあなた達が過去の世界、参や未来の世界、肆に飛んでいたって事なの。」
「過去、現代、未来は一直線だと思っていたわ……。」
アヤの言葉に天記神は微笑んだ。
「三直線だったのよ。本当はね。」
天記神はどこからか紙を出すと近くにあったペンで三本の直線を描いた。
「真ん中が現代、左の線が過去、右が未来。」
天記神は説明しながら三本の線の同じ所に点を打ち、それを線で結ぶ。三本の線に垂直になるように線が引かれた。
「この点は全部平成の時代ね。参の世界では過去の平成、肆の世界では未来の平成。過去に行く時は参の世界を通るし、未来ならば肆の世界に行く。
時間を飛ぶ時には絶対にこの真ん中の線、現代の世界、壱にはいけない。」
天記神が『xyグラフ』のようにx軸に時代、y軸に時間と書いた。
「なあ、それだと違う時代の自分には絶対会わないんじゃないか?」
先程から天記神の後ろで紙を覗きこんでいるプラズマが声をあげた。
「そうね。普通は会わないわ。参の世界は過去の時神しかいないもの。
肆の世界にはあなたしかいない。
でも、現代神が時を渡り、肆の世界であなたを連れてから参を渡ってまた違う時代の肆に戻ってきたら、その時代にいる自分に会ってしまうわよ。」
「なるほど。壱や参を経由して本来いるべき時代じゃない肆に渡ったらその時代にいる俺に会うわけか。」
「ものわかりいいわね。」
天記神がプラズマに笑いかける。
プラズマは何度かこの図書館に足を運んでいたらしい。天記神とも仲がよさそうだ。
「ごめんなさい……。ちんぷんかんぷんだわ……。」
アヤは途中からわけがわからなくなり半ば聞いていなかった。ウサギは横でニンジンを東京スカイツリーに変えている。
「まあ、いいわ。そんな事を知っていてももう意味ないですからね。」
天記神は混乱しているアヤに微笑んだ。
「ま、まあ、その話はいいわ。なんでプラズマと私が会うの?肆と壱は違う世界なんでしょ?」
「ここは弐の世界よ。横軸方向に存在する世界なら人間の図書館を通ってここに来られるわ。
ここは違う世界でも同じ時代なら繋がっている場所だから。」
「じゃあここで未来神や過去神に会う事はおかしなことじゃないわけね。」
アヤは冷や汗をかきながら天記神を見つめる。本来、時神は常世で会ってはいけないものだ。
時間のバランスが崩れるなど色々言われている。
「そういう事。同じ時代の時神だったら大丈夫よ。あなた、この平成の時神でしょ?」
天記神がプラズマを見上げる。
「そうなんじゃないか?この平成を未来だととらえている世界だろ?まあ、俺自身もそこらへん、よくわかんないんだけどね。」
「そうか。だから私の事を知らなかったのね。私が会ったあなたはもっと未来のあなたって事。」
アヤは椅子に座るプラズマを見つめた。プラズマはウサギの横の椅子へ座った。
「そこらへんはどうでもいいんだが、そこでニンジン食っている生き物はなんだ?」
「らびだーじゃん!」
ウサギは元気よくプラズマに東京スカイツリーを見せた。
ニンジンでできているとは思えないほどに精密にかじられている。
「なんかうまそうな外見してるな。君。」
「ひゃ!?」
プラズマの発言でウサギは顔を青くして縮こまった。
「冗談だ。で、何?この生き物。」
プラズマは青ざめているウサギから目を離すとアヤに話しかけた。
「ウサギよ。月神の使いらしいわ。」
「はあ、ウサギか。」
プラズマはまたウサギに目を向ける。
ウサギは東京スカイツリーの先端をもぐもぐと食べながらプラズマを青い顔で見つめている。
「あ、あげないであります!これは自分の……っ。ひい……。」
ウサギはプラズマが少し動いただけで声を上げた。だがニンジンは離さない。
「ウサギそのものだな……。」
「ウサギちゃん、怖かったらこっちいらっしゃい。」
天記神においでと手招きされ、ウサギは素早い動きで天記神の横に座る。もちろん、ニンジンは持ったままだ。
「で、現代神はここで何しているんだ?なんか調べものか?」
「アヤでいいわ。あなたも栄次の事で来たんじゃないの?」
アヤに問われ、プラズマは首を傾げた。
「栄次?過去神か?」
「そうよ。なんか、彼、心と死霊の世界、弐の世界に入り込んでしまったみたいなの。」
「弐の世界……。」
プラズマは先程見た未来を思い出した。
「そういえば、栄次ともう一人銀髪の男がな、桜が舞っている場所で刀を交えていた未来が通ったぞ。」
「え……。」
アヤはプラズマを戸惑った顔で見つめた後、天記神を仰ぐ。
「桜……弐の世界であるならば黄花門……だわね。」
天記神はふうとため息をついた。
「黄花門?」
アヤとプラズマは同時に声を出した。
「どこにあるかはわからないわ。ただ、霊が通る門……だったかしら?
いや、そうとも言えないわね。弐の世界は不確定要素がありすぎるから……。
言い伝えだと霊が通る門。まあ、その言い伝えも人間が考えたんだと思うけど。」
天記神が頭を抱えた。
「つまり、あるかどうかもわからないし、どこにあるかもわからない。あったとしてもなんだかわからないって事ね。」
「そういう事。」
天記神はため息をついた。
「あ、そういえば。」
突然ウサギが話に入ってきた。
「ん?どうしたの?ウサギちゃん?」
天記神がウサギの頭を撫でながら尋ねる。
「えーと、実は月神の御姫様、月子さんにはお姉様がいるのでごじゃるがずっと意識が戻っていないであります!もしや、弐の世界から出られないのかと……。」
「なんでそんな大事な事を思いだしたように語れるのよ……。あなた。」
アヤは呆れた目をウサギに向けた。
「月神か……。そういえばなんでウサギがチョロチョロと動いているんだ?」
プラズマはアヤに説明を求めた。
「月神は弐の世界と表面上で関わっているらしいわよ。それで栄次が弐に入り込んでしまったと知ってまず、私の所に来たらしいわ。」
「なるほどな。じゃあ、君はあれなんだ。問題を起こす方じゃなくて巻き込まれる方か!」
プラズマはアヤに対し大きく頷いた。
「そんな納得のされ方は嫌だわ……。
で、一度月に来るように言われたんだけど、今は月が出ていなくてウサギが月に帰れないからしかたなくここにいるの。」
「しかたなくって……アヤちゃん。」
向かいの席ではにかむ天記神が映る。
「ああ、えっと、弐についてお話を聞きに来たの。」
慌ててアヤは言葉を付け加えた。
「そうなのか……。よし、俺も付き合う。栄次の件は少し心配だ。現代神だけに任せておくのも悪いしな。」
プラズマは余っていたガトーショコラを口に入れる。
「うう……そこの男も来るでごじゃるか……。えっと……どちらにしても月にはまだ帰れないのでしばらくここにいるであります!ウサギンヌ!」
ウサギはニンジンをすべて食べ終わり、おかわりをおねだりした。天記神はニコニコと笑いながら奥の部屋へ消えて行った。
「向こうの部屋には台所でもついているのかしら?」
アヤは一息つくと紅茶を口に含んだ。




