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流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト4

「はあ……。俺ももっとやる事探さないとダメかな。」


 赤髪長身の男が汗を流しながら大通りを歩いている。


大通りでは平日のお昼という事もあってあまり車は通っていない。


近くに遊園地があるが彼が向かっているのは遊園地ではない。


 別に特に行くあてはない。

ただぶらぶらと歩いているだけだ。


 ときたま通り過ぎる風が肩辺りまである赤髪を撫でて行く。


セミが姦しく鳴くほど暑い日なのだが彼は長袖長ズボンで光を吸収しやすい紺色の服を着ていた。


 あまりに暑かったので男は袖を肘あたりまでまくった。


 ……だいたい、未来神って何したらいいかわかんないんだよな。俺は誰基準で未来にいるんだ?


まあ、どうでもいいけどな。


 彼は時神未来神だ。未来を主に守る神である。


名前は湯瀬プラズマと言う。実は平安初期から生きているという大変長寿な神である。


 大通りを通り過ぎ、山道へと入る。


特に意味もなく炎天下の中、山道を登る。

日陰に入ったので少し涼しくなった。


 ……今は平成の時代か……

俺も無駄に長生きしたもんだな。


 プラズマは運がいいのか悪いのか自分よりも力を持った時神が現れず、ずっと存在し続けている。


 山道はきれいに舗装されており、車も通れる道だ。登るのは困難ではなかった。


山と言うよりも丘を登っていると表現した方がいいかもしれない。


その丘のてっぺんまで来ると大きな遊園地が見えた。プラズマは遊園地の観覧車を遠目で眺めるとまた歩き出した。


 ……そういえば何回か夢でこの時代の事が出てきたな。


俺がもっと未来に生きていてこの時代が現代だと思われる時期に俺が何度かこの時代に連れて来られるんだよな。


そんで、侍と女の子に会う。


 ……おそらく侍が過去神で女の子が現代神なんだろうな。


この時代を生きていた時の現代神がけっこう問題児なのか巻き込まれやすいのかわからないが次元がけっこうゆがむって事だな。


これから。


 ……まあ、それも一つの未来だし、本当に来るかどうかもわからない。


 彼にはときたま、ある一つの未来が横切る事がある。未来は枝分かれした木のようにたくさんあり、わからない。


……いや、少なくとも自分は沢山あると思っている。


だからあまり参考にはならないが一応、覚えられたら覚えるようにしている。それが未来神の能力だ。


 プラズマの足は山を下り始めた。


誰も歩いていないので鼻歌を唄いながら歩く。

昨日も夜道をこうやって歩いた。


最近は鼻歌を唄いながら散歩をする事が趣味のようになっていた。


 「……っ?」


 突然、プラズマは足を止めた。脳裏に何かが走り抜ける。


 ……なんだ?


 プラズマは頭の方に意識を集中させた。頭の中で走り抜けた映像を繋ぎ合わせる。


 ぼやけた風景の中で着物姿の男が二人、刀を抜いたまま静止している。


どこなのかはぼやけていてよくわからなかったが桜の花びらが舞っているように見えた。


銀髪眼鏡の若い侍と茶髪の若い侍だ。


二人とも長い髪を後ろでゆわいている。

銀髪の侍は髪が顔の右側半分を覆っており、右目は全く見えない。


 男達は真剣な面持ちでお互いを見つめている。

そしてお互いとも正眼の構えをとっている。


茶色の髪の方は間違いなく、過去神の白金 栄次。残念ながら銀髪の方の侍は誰だかわからない。


やがて一定の距離をとっていた二人が同時に動き出した。刹那、電光石火の剣技が二人から放たれた。


銀髪の侍が突如、栄次の後ろに現れ、逆袈裟をかける。


栄次はそれを捻ってかわすと横に薙ぎ払い、刃を返して斬り上げた。


銀髪の侍は逆袈裟から袈裟へ刀を返す。

お互いの刃は刀のぶつかりを防ごうとわずかな動きですれ違った。


隙ができるのをお互いが一瞬の判断で防いだらしい。


……なんだ。この剣技は……こいつらは化け物か?


プラズマは久しく見ていない剣技にいささか驚いていた。

剣術自体に驚く前に栄次も銀髪の侍も人間が到達するレベルを超えている。

瞬発力も動体視力も異常だ。


 お互いの突きをかわし、刀がぶつからないように避け、ただ相手を斬る事だけ考え、動く。


 ……栄次は一体、なんでこんな事になったんだ?これは未来に起こるかもしれない事なんだろう。


 その時、未来が走り去るように消えていった。


 ……おっと、ここまでか?


 プラズマはもとに戻りつつある世界の中で複雑な表情のまま固まっていた。またセミが姦しく鳴きはじめた。それを耳に入れながらふと思った。


 ……そういえば、桜が舞ってたな。春か?来年の春かなんかに栄次がなんかあるのか?ん?


 ……なんかそれも違う気がするが……。なんだかだいぶん近い未来な気がする。


 プラズマは山を下りながらあれこれ考えを巡らせたが答えは出なかった。いつ頃の事を予知したかよくわからないのであまり考えないようにした。



 「いんやー、話せば長いのでありますが。」

 ウサギは歯を見せて笑った。


ここはアヤの部屋。

時計がいっぱいあるこの部屋は机とベッドしかない。


ベッドはピンクのかわいらしい花柄の生地で統一されている。

床はフローリングでその上から花柄のカーペットをひいている。ウサギはそのカーペットの上に正座しており、アヤはベッドの上に座っていた。


 「弐の世界を御存知か?」

 「弐の世界?」


 ウサギはいきなりそう問いかけた。

カーペットの上に新聞紙をひいて紅茶とクッキーを置いている。ウサギはそれを頬張りながら美味美味とほっこり顔をしながらアヤを見上げた。


 「生物の妄想、死霊が住む世界でごじゃる。」


 「まあ、聞いた事は……あるわね。イソタケル神あたりから聞いたわ。確か、天記神あまのしるしのかみが弐の世界にも関わっているとか……。」


 アヤは紅茶を飲みながらウサギを見据える。

紅茶はもちろんアイスだ。熱いのは飲む気にならなかった。


 「おお。お偉い神様と知り合いとな?うーん。美味美味。」

 「美味って何よ……。私、イソタケル神食べないわよ……。」


 「いんや。この菓子の事でごじゃる。」

 「ああ、お菓子ね……。」

 「歯ごたえ良くてウサギには最高のおやつ……うむ。美味美味。」

 ウサギは幸せそうな顔をしながらクッキーをもぐもぐと食べている。


 「で、話を続けない?」


 「おお、そうであるな。ええっと、天記神を知っておるなら話は早い!我らの情報バンク、図書館の神、天記神。ラビダージャン!」


 ウサギは頬張っていたクッキーをちらしながら叫ぶ。アヤは新聞紙をひいといてよかったと心から思った。


 「それで?栄次がどう絡むの?」


 「栄次が黄花門に入ってしまった。故にちょいと時神様に来ていただきたく思って。と、言うわけでごじゃる。」


 「ちょ、ちょっと待って。全然わからないわ。話早すぎるわよ!」

 アヤは慌てて声を発した。

この説明ではまったく理解できない。ウサギはかなり話をすっ飛ばしたようだ。


 「うー……ちょいと飛ばし過ぎたか。ええっと、弐の世界は御存知か?」

 「それ、さっき話したじゃない……。」

 ウサギはオドオドしながら言葉を話す。アヤは呆れてため息をついた。


 「そ、そうか。えっと……動物にはない力、考える能力が人間にはある。


その人間の脳は弐の世界により繋がっている。


その人間の脳、つまり心は眠っている時、意識を失っている時に弐の世界に帰る。弐の世界は心の集合体。


死霊は心だけなので弐の世界に住む。」


 「つまりは心の集合体が存在するための世界ってわけね。」


 「うむ。弐の世界は心ひとつひとつがそれぞれの世界を作っている。死霊もその夢の中で生き、その人間を守る守護霊となる。


弐の世界は非常に曖昧で不確定要素が強い世界。

故、壱の世界に住む我々が易々と入れる場所ではない。ウサギンヌ!」


 「それが弐の世界なのね。死霊も心の中で生きる……心の世界ってわけね。そこまでわかったわ。ああ、クッキー私食べないからゆっくり食べていいわよ。」


 クッキーを掴むウサギの手が徐々に早くなっている。


アヤにとられまいと必死に食べているようにも映る。

アヤに突っ込まれ、ウサギは急にほっとした顔をしてゆっくりクッキーを食べ始めた。物事をすぐに信じてしまう性格らしい。因幡の白兎に似ているか……。


 「ちなみに参の世界が過去で肆の世界が未来。伍はわからぬ。陸は虚像の世界。」


 「陸の世界は知っているわ。

こことまったく同じ世界だけど昼夜が逆転しているのよね?


で、あなた達、月神と太陽神が交互に二つの世界を守っている。

太陽がこちらにある時はこちらを太陽神が守り、陸の世界は月神が守る。


で、あなた達は一体しかいなくて今、ここにあなたがいるって事は向こうにはあなたはいない。


……ちょっと待って!あなた、月と共に動いているのよね?

という事は今、夜になっている陸にいるはずじゃない?なんで真っ昼間のここにいるのよ!」


 アヤはふと気がつき、叫んだ。


 「ん……。現世に降り立ったはいいが……迷ってしまって、月に帰れなくなっちゃったでごじゃる……。本当は夜にここに着く予定だったのだ。じゃが……もう月は向こうに行ってしまい自分は取り残されて……。」


 ウサギが今にも泣きそうな顔でこちらを見るのでアヤは少し困ってしまった。


 この状況からするとこのウサギはとてもドジな兎のようだ。

そして群れから離れた事により、いよいよどうしたらいいかわからなくなり、洗濯カゴをあさっていたと思われる。


兎は臆病な生き物だ。それは人型になっても変わらないらしい。


 「まいったわね……。あ、ところでなんであなたはそんなに弐の世界に詳しいの?普通の神は知らない事なんでしょう?」

 アヤは話題を変えて気を紛らわさせてあげようとした。


 「うむ。それは月神様が弐の世界の表面も守っておられるからでごじゃる!

中までは関わっておらぬが表面だけ。


生身の人間が肉体を持ったまま、弐の世界に入ってしまわぬよう監視しているだけでごじゃる。


だいたいの人間は夜、弐の世界へと心が動く。だから自分らは夜と共に行動しているのでごじゃる。肉体が弐に入らぬように監視しながらな。」


 「でも、太陽が昇っている時に寝る人もいるじゃない?」


 「それはそれで別の監視役がいる。まあ、だいたい、肉体のまま弐に入り込もうとするのは子供が多いのでごじゃる。子供は夜寝る。だから昼はそんなに監視を強めてはいない。らびだーじゃん!」


 「なるほどね。で、その不確定な場所になぜか栄次が入っちゃったわけね?」

 アヤは先程のウサギの話とつなぎ合わせ、予想を口にした。


 「おお!話が早い!それで時神様に手伝ってほしく思い……あ、一度、月に来ていただきたいのでごじゃるが……月が……。」


 また思い出してしまったらしいウサギが悲しそうな顔をする。

アヤは慌てて話題を変えた。


 「つ、月に行ってもいいわ。だけど、まだ時間が早いようだから……えっと、天記神の所へ寄ってもいいかしら?」


 「……?」

 ウサギは不思議そうな顔をこちらに向けた。


 「ほら、ちょっと弐の世界について知っておきたいじゃない?」

 「おお!」


 アヤの言葉の真意がやっとわかったらしいウサギは感動しながら大きく頷いた。

 アヤは心の奥底からため息を吐いた。


 ……また……巻き込まれてしまった……。

て、いうか……自分がやる気満々でこの件を処理しようとしている事が悲しいわ。


こんなペットみたいなウサギ、放っておけないじゃない……。


 ウサギがクッキーを頬張る音と姦しいセミの鳴き声を聞きながらアヤは頭を抱え、アイスティーを飲み干した。


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