流れ時…最終話リグレット・エンド・ゴースト3
「はあ~。」
学生服に身を包んだ少女、アヤは茶色の短髪をなびかせながらため息をついた。
「夏休み明けの学校ってこう新鮮な気分ではあるけれどこれから毎日続くと思うとあれよねー。」
今は学校の帰り道だ。始業式だったので帰宅は早い。お昼前の雰囲気の中、アヤは大通りを歩く。
……なんか友達つくって部活!
ってやってみたいけど……私は永遠にこの歳から変わらないし……。
同窓会とか呼ばれたら大変よね……。
アヤは時神だ。日本の時間を監視する神である。
生は人間からはじまり、徐々に神へと移行し、人と共に生きる事を強いられる。
故にアヤは人間が多く集まる学校へ通っている。
この日本には八百万の神がいると言われている。
時神だけでも過去、現代、未来の三人の神がいる。
アヤはこのうちの現代神だ。
……しかし、暑いわね……今年は猛暑だわ。
セミはまだ姦しく鳴いており通り過ぎる人も汗だくで歩いている。
……とりあえず家に帰ってシャワーして……
アヤはマンションの四階の一部屋を借りていた。
今は一人暮らしをしている。マンションの中へ入ると日陰になったからか少し涼しく感じた。
そのまま、エレベーターで四階へ行く。
四階につき、アヤはエレベーターを降りると目の前のドアへ向かった。
アヤの部屋はエレベーターから一番近いドアにある。素早くカギを出すとドアを開けた。
窓を閉め切っていたせいかモワッと生暖かい風がアヤを包む。
「あっつ……。窓開けましょう。窓窓!」
アヤは狭い自室の窓を全部開けた。
風はあまり入って来なかったが開けないよりはマシだった。
廊下にも部屋にもさまざまな時計が置かれている。
アヤの趣味だ。
アヤは時計を集める事が大好きだった。
自分の集めた時計達を満足そうに眺めるとアヤはそのまま、浴室に向かった。
歩きながら制服をハンガーにかけてブラウスとショーツ姿になる。
……どうせ誰もいないんだからどんな格好で歩いててもいいわよね。
浴室に入り、脱衣所でブラウスとブラジャーとショーツを素早く脱ぎ、洗濯カゴへほうった。
浴室のドアを閉め、シャワーを出す。
……今日は下着、対にしなかったわね……。どんどんガサツになっていくわ……私。
アヤは頭からシャワーを浴びながらぼうっとした頭で色々と考えた。
……あ、そういえば今日、セールの日でお刺身が……
……ああ……もっと涼しくなってから行こうかしら……。お刺身腐っちゃうわよね……。
そんな事を考えながらシャンプーで頭を洗う。
……トリートメントまだあったかしら?そろそろ買いにいかないと……
……まあ、それもお刺身買う時でいいわ……。
なくなりつつあるトリートメントを髪につけよく頭を洗う。
……トリートメントは良く流さないと逆に髪に悪いって美容師さんが言ってたわね。
シャワーで良く流したアヤはボディソープをアカスリにつけ、体をこする。
……はあ、気持ちいい。汗でベタベタした身体をスッキリさせるにはやっぱりシャワーよね。
「ふう。」
一通りシャワーを浴びたアヤは浴室から外へ出た。涼しくはないがさっぱりした。
……あ、しまった。着替え置くの忘れていたわ……。タンスがある部屋は窓全開にしちゃってるし……しかたないわね……タオルを巻いて……
タオルを手に取ろうとした時、視界に白い物体が映った。白い物体は洗濯カゴの中でもぞもぞと動いていた。
「……な……何……?」
アヤはギョッとして手を止め、固まった。
『ラビダージャン!これがパンツというものかっ!』
白い物体が凛々しい女性声でしゃべりかけてきた。同時に洗濯カゴからヌッと顔が覗いた。
「きゃあああ!」
アヤは思わず叫んでいた。
『ぎゃああああ!』
なぜか白い物体も悲鳴をあげた。
「……って……え?何?兎?」
アヤは白い物体をもう一度視界に入れた。
白い物体は兎だった。赤目の白兎。
ドワーフくらいの小さい兎だった。その兎はこちらを怯えた目で見つめていた。
「因幡の白兎?」
『はわわ……違う、違う。自分、月神の使いの兎でごじゃる。あー、びっくりした。』
「月神の兎?なんでそんなのがうちの洗濯カゴにいるのよ……。それから私のショーツをいじらないで!」
アヤはドキドキする胸を抑えつつ、そっとタオルをとり、体に巻く。
『ふむ。実は自分、用があって時神様の元へ参った。で、トリートメントとはなんであるかっ?お刺身は鮮度が大事とな。』
「何なのよ。まったく頭おかしくなりそうだわ。……って、それ、さっき私が考えていた事じゃない!」
『筒抜けでごじゃる!』
アヤは表情のない兎に戸惑い、頭が混乱してきた。
「筒抜けって……。」
なんだか恥ずかしくなりアヤは頬を赤く染めた。
『感情読み取りのメカを使えばっ!自分が開発したでごじゃる。』
アヤが怯えているので少し調子に乗ったらしい兎はくるっと一回転した。白い光が兎を包む。
「うむ。実は自分、こういうものでして。」
「どういう者かさらにわからなくなったわ。」
兎は人型になった。
目は真ん丸で真っ赤。兎の耳のように立っているのは髪の毛で美しい白髪をしている。
一体どうやってこの髪をピンと立たせているのかは不明だ。
紫色の着物を着ており、袖はない。
着物も短く、太ももあたりまでしか布がない。
どうやらメスの子兎のようだ。
身長はアヤの半分くらいしかない。
兎は鋭い前歯を前に出して微笑んだ。
「やれやれ。人型になって説明をしようと試みたが失敗したようだ。ウサギンヌ!」
この兎はなかなか頭がぶっ飛んでいるようだ。人間よりのアヤはまったくついていけなかった。
「だから、全然わからないわ。」
「あ、自分、月の兎でウサギって呼ぶでごじゃる。」
「月の兎なのはわかったわ……。
それから神の世界に常識が無い事も知っているわ。そこを踏まえて聞くけど、あなた、私の家で何をしているの?」
「何って……あれぇ?自分、何していたのでありますかっ!」
ウサギは急にオロオロとし始めた。アヤを困った顔で見上げる。
……私が困っているのよ!あなたじゃないわ!
……それとこのウサギに日本語を教えた神は誰なのよ……。めちゃくちゃじゃない……。
アヤは色々ツッコミを入れたかったが心の底へ押し込み、とりあえず服を着ようと冷静に思った。
「ウサギ、話は後で聞くからとりあえず、タンスのある部屋を探して窓を閉めて来て。」
「わかったでごじゃる!いざっ!参らん!」
真面目に話しているのかわからないがウサギは素直に言う事を聞いてくれた。
アヤはタオルを巻いたまま脱衣所から外に出る。
「閉めた?」
「ばっちしでごじゃる。」
遠くでウサギの声が聞こえたのでアヤは着がえに向かった。
タンスの置いてある部屋は自室とは違う。自室の隣の部屋を着替える部屋にしている。
アヤはタンスのある部屋へ入って行った。
「ちょ……何よこれ……。」
アヤは言葉を失った。
「ちょっと窓を改造してみたのでごじゃる!らっびだーじゃん!」
「……。」
着がえ部屋の窓は謎のボタンがいっぱいついている雨戸みたいなものに変形していた。
ここは普通の曇りガラスの窓だったはずだ。
「あの短時間で一体何があったの……?それより、この雨戸みたいなのは何!」
アヤは動揺して巻いていたタオルをとろうとした格好のまま叫んだ。
「実はこの窓、素晴らしい機能を備えていて、こう、ボタンを押すと……一部外を見られます。
こういう事もできますっ。このボタンを押すと時神様の部分だけ形どられて外へ見えます。」
ウサギはどこから出したのか謎のリモコンを持っており、それについているボタンを押しまくっている。
「だから、なんで窓がこんな事になっているのよ!」
アヤは自分の身体部分だけ形どられて外へ丸見えなのに気がつき、顔を真っ赤にして叫んだ。
「いやー、いい形の窓だったんで触って見たくなってしまって。少し改造おば。」
ウサギは楽しそうに笑っていた。
アヤは今ウサギとは正反対の顔だ。
「私はただ、窓を閉めてって言ったのよ!誰が改造しろって言ったのよ!しかもいらない機能作って!」
「まあ、結果閉まっていれば『おうけっ』かと。」
「おうけって何よ。オーケーでしょ。どうでもいいからちゃんともとに戻して。何の能力を持っているか知らないけど!」
「ういっす。おうけっ!親方!」
ウサギはビシッと敬礼すると見た事もないような器具を沢山取り出し、目に映らない速さで窓を元に戻した。
「一体、あなたに常識と日本語を教えた神って誰なのよ……。ひどすぎるわ。
生前はただの兎でしょ?死んでから霊体を持って神に仕える兎になったのよね?
だったら知識も仕えている神から吸収したはずだし……。」
アヤは呆れた目でウサギを見た。
「月子さんから教わった。日本語は独学を交えておじゃるがウサギンヌ!」
ウサギは前歯をカチカチ鳴らしながら楽しそうにアヤを見上げた。
「月子さんって誰よ……?」
「おお!そうでござった。月子さんからの用事でありました。
ああ、月子さんは月照明神という名前の神様で月に住んでおられる。
皆に『月子さんと呼べ』と月子さんはおっしゃっているんで、自分も月子さんと呼んでいるのであります。」
「月にも変わった神様がいるのね……。」
アヤは心の中で会いたくないなと思ってしまった。
そういえば以前、太陽へ任意ではないが行った時、月の兎の事について聞いた。
確か、太陽神の使い、猿をからかう為だけに月から太陽へ渡るためのワープ装置をつくってしまったとか。
それをつくったのは少女の兎で……
……まさか……
「あなた!?」
「ん?」
ウサギはいきなりの事で頭を捻った。
「太陽と月にワープ装置をつくったっていう兎って……。」
「ああ!うん。物作りは自分の趣味である。ラッビダージャン!
まあ、ワープ装置が見つかってしまった後は月子さんと同胞達に耳がもげるくらいお仕置きされたが……。」
ウサギはあまり思い出したくない事を思いだしてしまったようだ。顔に怯えと恐怖が浮かんでいた。
プルプルと文字通り子兎のように震えている。
「でもめげないのね……。で、その月子さんって神様が私に何の用なの?」
「うむ。実は……白金 栄次の事で……。」
「栄次!」
アヤは思わず声を上げた。
白金栄次は時神だ。
過去を主に守る神、過去神である。
まさか過去神が関わって来るとは予想していなかった。
「あ、とりあえず着替え!」
アヤは慌ててタンスからピンクのベストと青のシマのTシャツ、紺色のかぼちゃズボンを手に取る。
下着各種も一緒に取り、先に取った洋服の方を床に置く。
「おお。ニンゲンの服!ラビダージャン!」
「今更だけど、ラビダージャンとかウサギンヌとか何?」
「ああ、月子さんからキャラは大事だと言われて自分、模索した結果、これで固定されたというわけでごじゃる。」
ウサギは真面目な顔で頷いた。
「あ、そう。」
アヤはますます月子さんに会いたくなくなった。
その後、ウサギはまじまじとアヤの着がえを見つめ始めた。
いくらウサギが少女でも見られているのはとても恥ずかしかった。
顔を赤くしながらアヤは服を着た。




