表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役令嬢ですが、周囲が全員「狂人」しかいないので、婚約破棄イベントが世界崩壊の引き金になりました』  作者: 限界まで足掻いた人生
『婚約破棄(ハルマゲドン)編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/23

第6話:『チェーンソーを装備します』

「紅茶? 残念ながら、ここには『エナジードリンク(魔力回復薬)』と『カロリーメイト(固形保存食)』しかありません」


カイル先生は、実験机の上のガラクタをどかしながら言った。 地下図書館の奥。そこは本の海というより、まるでサーバー室だった。空中に無数の数式がホログラムのように浮遊し、青白い光が薄暗い部屋を照らしている。


「文句は言わないわ。……で? 『DLCエリア』ってどういうこと?」


私が尋ねると、彼は空中の数式を指先で弾いた。


「この世界には、採用されなかった没データ――いわゆる『ゴミ箱』が存在します。過激すぎてカットされた魔法、強すぎてバランス崩壊を起こすアイテム、そして……」


彼は部屋の隅にある、巨大な鉄格子のついた檻おりを見た。


「ボツになったモンスターたち。ここはその『掃き溜め』です」


檻の中には、テクスチャが貼り忘れたような「ピンクと黒の格子模様の犬」や、上半身だけのマネキンが蠢いている。 なるほど。ここは世界の裏側バックヤードなのだ。


「さて、エリザベート様。現状整理といきましょう」


カイル先生がホワイトボード(というより、空中に浮かぶ白い板)に殴り書きを始める。


【現在の敵戦力】


アレクセイ(空間消失):元・王子。世界を「無」に帰すラスボス候補。


ガストン(物理破壊):元・騎士。触れるだけで物質崩壊。近接戦闘不可。


マリア(地形変動):元・ヒロイン。歩く震源地。広範囲攻撃持ち。


ダミアン(精神汚染):元・魔術師。闇属性のストーカー。現在、私の閃光弾で目潰し中。


ルルネ(管理者):GM。無敵。干渉不可。


「……詰んでるわね。書き出すと絶望感が増すからやめて」


「ええ。まともに戦えば即死です。ジャンルが『パニックホラー』に移行した今、彼らは**『不死身の殺人鬼キラー』**としての補正を得ています。ナイフで刺しても、崖から落としても、次のシーンでは無傷で立っているでしょう」


「じゃあどうするのよ!」


「簡単なことです」


カイル先生は眼鏡の奥の瞳を光らせ、ニヤリと笑った。


「ホラー映画には、必ず**『お約束フラグ』**がある。それを逆手に取るんです」


彼は机の下から、無造作に一つの木箱を引きずり出した。 厳重な封印が施されたその箱には、赤字で**【バランスブレイカーにつき使用禁止】**と書かれた札が貼られている。


「この世界には、開発段階で作られたものの、『世界観に合わない』という理由で封印された武器があります。……例えば、これ」


彼が箱を開ける。 中に入っていたのは、剣でも杖でもない。 無骨で、重厚で、油の匂いがする――。


「……チェーンソー?」


「正式名称は**『因果切断回転鋸ロジック・チェーンソー』**。かつて『ゾンビパニックイベント』が企画された際に作られた、対・不死者用兵器です」


カイル先生は愛おしそうにその凶悪な刃を撫でた。


「こいつの刃は物理的な物体ではなく、『プログラムコード』を刻みます。再生能力を持つ敵でも、その『再生する』という因果そのものを断ち切ることができる」


「……最高じゃない」


私はドレスの袖をまくり上げ、その重い鉄塊を手に取った。 ずしりとした重み。だが、不思議と手に馴染む。 貴族の令嬢が持っていい重さではないが、今の私は「生存者」だ。


「それに、これもあります」


彼が次に差し出したのは、古びた懐中時計のようなもの。


「『ラグ発生装置クロック・ダウン』。周囲の時間の流れを意図的に遅延させます。FPSゲームで回線落ちした時のように、敵の動きがカクつくはずです」


「あんた、本当になんでただの保健医やってたの?」


「保健室は、サボりの生徒から情報を集めるのに最適なんですよ」


カイル先生自身も、白衣の上から奇妙なガジェットをいくつも装着し始めた。 背中にはランドセルのようなサーバーユニット。腰にはキーボードがついたベルト。 完全にサイバーパンクな見た目だ。


「準備はいいですか? エリザベート様。我々の目標は、校舎最上階の『放送室』です」


「放送室? アレクセイを止めに行くんじゃないの?」


「無理です。今の彼に近づけば消滅します。ですが、放送室から全校放送で**『エンディングテーマ』**を流せば、強制的に世界を『完結』させられる可能性があります」


なるほど。 物語を無理やり終わらせて、スタッフロールへ逃げ込む作戦か。


「いいわ。やりましょう」


私はチェーンソーのスターターロープを握った。 ブルルルルンッ!! けたたましいエンジン音が、静寂な地下図書館に響き渡る。


「私の平穏な老後を邪魔する奴は、全員このノコギリの錆にしてやるわ!」


その時。 ドォォォォン!! 入り口の鉄扉が、外側から激しくへこんだ。


『みぃつけたぁ……。そこにいるんでしょう? エリザベート様ぁ……』


扉の隙間から、黒いヘドロのような液体が染み出してくる。 ダミアンだ。目潰しから回復したらしい。しかも、以前より粘度が上がっている。


「先生、解錠して」


「は? 正気ですか? ここで迎え撃つのは……」


「いいえ。ここは狭すぎる」


私はチェーンソーを構え、獰猛な笑みを浮かべた。


「あいつら全員、引きずり回してやるのよ。――『ホラー映画のヒロインは、悲鳴を上げて逃げるだけじゃない』ってことを教えてあげる!」


カイル先生はため息をつき、操作パネルを叩いた。 「……了解。生存確率0.01%。上出来です」


プシュー……。 扉のロックが外れる。 同時に、黒い闇が雪崩のように部屋へ流れ込んできた。


「愛していますよぉぉぉ! エリザベート様ぁぁぁ!!」


無数の触手を伸ばし、迫り来るダミアンの闇。 私は一歩前に踏み出し、唸りを上げるチェーンソーを横薙ぎに振るった。


「失恋なさい! このストーカー野郎!!」


ギャリギャリギャリギャリギャリッ!!!


因果を断つ刃が、触手ではなく「愛」という名の執着データを削り取る。 悪役令嬢(物理)の反撃が、今始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ