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『悪役令嬢ですが、周囲が全員「狂人」しかいないので、婚約破棄イベントが世界崩壊の引き金になりました』  作者: 限界まで足掻いた人生
『婚約破棄(ハルマゲドン)編』

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第4話:『ラブコメの皮を被った、邪神の檻』

空が、瞬きをしていた。 見間違いではない。ひび割れた空の裂け目から覗く、無数の巨大な眼球が、ギョロギョロと地上を――いや、私を見下ろしているのだ。


「あーあ。やっちゃいましたね、エリザベート様」


背後から、鈴を転がすような可愛らしい声が聞こえた。 振り返ると、瓦礫の上に一人の少女が浮いていた。 ピンク髪のボブカットに、フリルのついたメイド服。背中には天使のような小さな羽。 一見すると、量産型ファンタジーゲームのナビゲーターキャラだ。


ただし、彼女の顔には目と鼻がなく、口だけが異常に大きく裂けている点を除けば。


「……誰?」 私は警戒し、ポケットの中で『緊急脱出用煙玉』のピンに指をかける。


「初めまして! 新世界システム管理者兼、チュートリアル担当のルルネですぅ☆」


少女(?)は、のっぺらぼうの顔で満面の笑み(という雰囲気)を浮かべた。


「現在、ジャンル変更に伴うパッチを適用中です。物理演算エンジンの更新、SAN値パラメータの実装、そして……**『人類抹殺イベント』**のロードを行っています。少々お待ちくださぁい」


「待たないわよ! 何よそれ!」


「えー、説明不足でしたか? では特別に、チュートリアル・クエスト『絶望を知ろう』を開始します!」


ルルネがパチンと指を鳴らすと、私の目の前に半透明のウィンドウが表示された。そこには、信じられない「設定資料」が映し出されていた。


【機密情報:プロジェクト『箱庭のラブコメ』概要】


「いいですか? この世界はもともと、**『宇宙の廃棄物アウター・ゴッズ』**を安全に保管するための牢獄なんです」


ルルネが楽しそうに解説を始める。


「アレクセイ、ガストン、マリア、ソフィア……彼らは人間じゃありません。別次元から流れ着いた、意思を持つ災害。放っておくと宇宙ごと壊しちゃう『ヤバい奴ら』なんです」


私の背筋が凍る。 狂人だとは思っていたが、まさか人間ですらなかったなんて。


「でも、彼らには共通の弱点がありました。それは『愛』という概念への興味です。だから管理者は、この学園という箱庭を作り、『恋愛シミュレーション』というルールを被せたんです」


ルルネは、泥まみれで気絶しているアレクセイ様を指差した。


「彼ら自身に『自分は恋する高校生だ』と誤認させ、その異常なエネルギーを『胸キュン』や『修羅場』という形に変換して消費させていた……。アレクセイ様の『潔癖症』は、世界の崩壊を防ぐための『秩序維持プログラム』そのものだったんですよ」


「じゃあ、私が彼に泥団子をぶつけたのは……」


「はいっ! 正解です☆」


ルルネが拍手をする。


「貴女が彼の『秩序』を物理的に汚染し、心を折ってしまったことで、システムがクラッシュしました。結果、彼らの認識制限が解除され、**『本来の姿』**に戻りつつあるわけです」


ズズズ……。 ルルネの言葉に合わせて、学園の瓦礫が変貌していく。 ガストンがいた場所からは、筋肉というよりは「赤黒い触手」が膨れ上がり、マリアが埋まっていた穴からは、笑い声と共に「不定形の泥」が溢れ出している。


「嘘……でしょ」


「嘘じゃありません。さあ、ここからはホラーの時間! 生存確率は0.0001%未満! 貴女のような一般人が生き残るには……そうですね」


ルルネの口が、三日月形に大きく裂けた。 彼女の背中から、無数の「鋭利な注射器」のようなものが翼のように展開される。


「バグの原因である貴女を排除し、再起動リセットをかけるしかありませんねぇ!!」


【ENEMY ENCOUNTER: 管理者ルルネ(Lv.∞)】


殺気。 アレクセイ様たちの「無自覚な暴力」とは違う、明確で冷徹な「殺意」が私を突き刺す。


ヒュンッ! ルルネの翼から、一本の注射器が射出された。 音速を超えている。私の動体視力では追えない。


(死ぬ――!?)


カキィィィン!!


私の眉間で、金属音が弾けた。 注射器が弾かれ、私の足元に転がる。 私の額には傷一つない。


「……あれぇ? 物理無効化バリア貫通弾を使ったのに、どうして頭が破裂しないんですかぁ?」


ルルネが首をかしげる。 私も驚いた。今、絶対に死んだと思ったのに。


「あ……」 私は気づいた。私のスキル『生存者バイアス』。 これは単に「運が良い」だけのスキルだと思っていた。 だが、もしこのスキルが、**「この狂った世界の管理者権限システムに干渉できる唯一のバグ」**だとしたら?


私は震える足に力を込め、ルルネを睨みつけた。


「……へえ。チュートリアル、ありがとう」


私はポケットから、次のアイテムを取り出す。 それは武器ではない。ただの「手鏡」だ。


「アンタが管理者なら、システムには従うのよね?」


「は? 何を……」


私は手鏡を掲げ、ルルネに見せつけた。


「アレクセイ様の設定がまだ残っているなら……今のアンタは『校則違反』よ」


手鏡に映ったルルネの姿。 のっぺらぼうの顔。背中の注射器。 それは明らかに、「学園ラブコメ」における生徒の容姿規定ドレスコードに違反している。


世界が、ガガガッ……とノイズを走らせた。 残存していた「学園の設定」が、私の指摘に反応する。


『警告。風紀委員権限発動。対象ルルネの、不適切な装飾品(注射器)を検知』


「なっ……!? 旧システムの残滓を利用した!? バカな、管理者は私……」


「没収よ、先生!」


私は手鏡を突きつけ、旧システムの「校則」を逆用してルルネの武装解除を試みた。 世界がノイズを走らせる。 『警告。風紀委員権限発動。対象ルルネの、不適切な装飾品(注射器)を検知』 システム音声が響き、ルルネの背中の翼が光の粒子となって分解されていく――はずだった。


「――なんてね」


ルルネが、にたりと笑った。 口の裂け目がさらに広がり、耳の裏まで達する。


『エラー。管理者権限により、風紀委員プロトコルを凍結。当該事象を「演出」として承認します』


ピタリ、と分解が止まった。 消えかけた注射器の翼が、瞬時に再構成される。 それどころか、先ほど私が投げつけた手鏡が、空中でパリンと粉々に砕け散った。


「残念でしたぁ。貴女、ゲームの中で『運営』をBANできるとでも思いました?」


ルルネは翼を広げ、優雅に宙を舞う。 私の反撃は完璧だったはずだ。タイミングも、ロジックも。 なのに、傷一つついていない。


「いいですか、エリザベート様。これはチュートリアルなので、特別に教えてあげます」


彼女はわざとらしく自分の胸(HPバーがあるべき場所)を指差した。


「私には**『HPヒットポイント』という概念が設定されていません**。貴女がどんな魔法を使おうと、核兵器を持ち出そうと、私へのダメージは『Null(無)』なんです。だって私は、この物語を回すための舞台装置なんですから」


「無敵……ってこと?」


「惜しい! 『無敵』なんて生易しいものじゃありません」


ルルネは空の裂け目――無数の巨大な眼球が覗く「あちら側」――をチラリと見上げ、意味深に笑った。


「『観測』が続く限り、私は絶対です。……ふふ、この意味、貴女のようなキャラクターに理解できる日は来ないでしょうけど」


(観測……? 空の目と、こいつの不死身性に何の関係が?)


私の『生存者バイアス』が、冷たい警告を発する。 ――戦うな。 ――思考するな。 ――ただ、逃げろ。 これは「強敵」ではない。「現象」だ。台風に向かって剣を振るうようなものだ。


「さて、バグ利用のペナルティとして……右足、頂きますね?」


ルルネが指先を軽く弾く。 それだけで、私の右太ももの防弾ドレスが、肉ごとごっそりと「抉り取られそう」になった。


「ッ――!!」


激痛……が走る前に、私は持っていた『瞬間硬化スライム』の瓶を太ももに叩きつけ、物理的に肉をガードした。 衝撃で吹き飛ばされ、瓦礫の上を転がる。


「あら、反応がいい。……まあいいでしょう」


ルルネは追撃の手を止めた。 彼女は興味を失ったように、あるいは「これ以上は尺の無駄」と判断したように、欠伸をする。


「今日のところは『見逃し』てあげます。だって、貴女がすぐに死んじゃったら、パニックホラー(この番組)の視聴率が稼げないでしょう?」


彼女は空中に浮かぶウィンドウを操作し、私に背を向けた。


「頑張って逃げ回ってくださいね、主人公(仮)。次に会う時までに、精々レベルを上げておいてください。……まあ、レベル99になっても私には指一本触れられませんけど」


彼女の姿がノイズと共に掻き消える。 後に残されたのは、絶望的な静寂と、遠くで暴れ回る元・婚約者(邪神)たちの咆哮だけ。


「……はぁ、はぁ……」


私は震える手で、太もものスライムを引き剥がす。 勝てない。 今の言葉がハッタリでないことは、私の生存本能が一番理解している。 あいつは「強い」んじゃない。「ルールそのもの」だ。


でも……。 私は消える寸前、ルルネが空を見上げたあの一瞬の視線を忘れない。


『観測が続く限り』。


(すぐには無理でも、いつか必ずその「カラクリ」、暴いてやる)


私は泥だらけの顔を拭い、立ち上がった。 まずは生き延びる。話はそれからだ。


「待ってなさいよ、運営。いつかその余裕面、絶対修正パッチ当ててやるから……!」


私は足を引きずりながら、地下図書館への入り口を目指して歩き出した。 世界崩壊のカウントダウンは、まだ止まっていない。


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