第20話:『売れ残りパンの買い占めは、経済封鎖という名のSDGs』
フッフッフ……。 昼休みの終わり際、校舎裏のアジト(ただの階段の踊り場)に、不敵な笑い声が響いた。
「おい、ヒカル。経済の基本を知っているか?」
リュウガが、飲み干したコーヒー牛乳のパックを握りつぶしながら問う。 ヒカルは真剣な表情で答えた。
「いえ……。前世では毎日特売チラシを見ていただけなので、マクロ経済はちょっと」
「教えてやろう。それは『独占』だ」
リュウガは重々しく告げた。
「市場にある物資を我々が全て買い占める。そうすれば、愚かな一般生徒どもは飢えに苦しみ、我々にひれ伏すしかなくなる……。これぞ、資本主義の残酷さを教える『兵糧攻め』よ」
シオンが扇子で口元を隠し、艶然と微笑む。
「悪い人ね、リュウガ。学園の食糧庫を掌握するなんて」
「へへっ……! やりましょう! 俺、一度『ここからここまで全部ください』って言ってみたかったんです!」
ヒカルの目が輝く。 買い占め。それは金持ちの特権であり、悪の所業。 彼らのターゲットは、購買部に残されたパンたちだ。
時刻は13時15分。 昼休み終了間際。 三人は肩で風を切りながら、購買部へと乗り込んだ。
「いらっしゃーい。……またお前らか」
カウンターの中では、清掃員兼店番の田中が、気だるげに頬杖をついていた。 棚には、昼の戦争(ガストン等の襲来)を生き残った、いくつかのパンが寂しげに並んでいる。
リュウガは財布を取り出し、カウンターにバンと叩きつけた。
「田中。……ビジネスの時間だ」
リュウガは棚に残っているパンを指差した。
「ここにあるパンを、全てよこせ」
「あ?」
田中が眉をひそめる。 リュウガは勝利を確信した笑みを浮かべた。
「聞こえなかったか? 『買い占め』だと言っているんだ。……これから小腹を空かせた生徒が来ても、もう商品はない。彼らは絶望するだろうな」
ヒカルも横から口を挟む。
「そうです! 俺たちが流通を止めたんです! 悪の資金力(リュウガさんの奢り)を見せつけてやりますよ!」
彼らが買い占めたのは、以下のラインナップだった。
・納豆ホイップサンド(売れ残り) ・激辛デスソース・メロンパン(罰ゲーム用・売れ残り) ・パクチー増量コッペパン(誰も買わない・売れ残り)
人気商品はとっくに売り切れており、棚に残っていたのは「開発部が血迷った在庫処分品」だけだったのだ。 だが、彼らは気づいていない。 「棚を空にする」という行為こそが、最大の悪だと信じているからだ。
田中は、一瞬きょとんとしてから、無表情でレジを打ち始めた。
「……へい、毎度あり。合計1500円な」
「ククク……。安いもんだ。この程度の対価で、学園の平和が買えるとはな」
リュウガは支払いを済ませ、両手いっぱいに不人気パンを抱えた。
「行くぞ。……これらを我々のアジトで処分(完食)する」
三人が去ろうとした背中に、田中が声をかけた。
「あー、お前ら」
「ん? 命乞いか? もう遅いぞ」
「いや、助かったよ」
田中は珍しく、少しだけ口角を上げた。
「それ、賞味期限が今日の14時までだったんだわ。廃棄すると始末書書かなきゃなんねーから、マジでありがとな」
ピタリ。 三人の足が止まった。
「……何?」
「フードロス削減にご協力感謝しますー。また来てねー」
田中はパタンと小窓を閉め、「廃棄ゼロ達成」のチェックシートに記入を始めた。
廊下に取り残された悪の組織(グレ隊)。 彼らの手には、大量の「納豆ホイップサンド」と「激辛メロンパン」が握られている。
「…………」
沈黙。 ヒカルが震える声で尋ねた。
「リュウガさん……。俺たち、もしかして……ただの『いいお客さん』じゃ……」
「馬鹿野郎!!」
リュウガが一喝した。
「違う! これは田中の奴が勘違いしているだけだ! いいか、俺たちがこれを食うことで、本来廃棄されるはずだった『ゴミ』がエネルギーに変わる。……つまり、俺たちは『腐敗のサイクル』すら支配したということだ!」
ものすごい屁理屈だった。 だが、引くに引けない。
「さあ、食うぞ! これが『悪の味(パクチー味)』だ!」
屋上。 三人は涙目でパンを齧っていた。
「ぐっ……! 納豆と生クリームが……口の中で喧嘩してる……!」 「か、辛い……! 舌が痺れて感覚がないわ……!」 「うっぷ……。量が多い……。でも残したら農家さんに悪いから絶対に残せない……」
通りがかった生徒たちは、ゲテモノパンを完食して苦悶の表情を浮かべる彼らを見て、ヒソヒソと噂した。
「おい見ろよ、あいつら……購買の在庫処分品を全部引き受けてくれたらしいぜ」 「マジかよ。廃棄が出ないように体を張ってるのか……」 「なんて高潔な自己犠牲なんだ……」




