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『悪役令嬢ですが、周囲が全員「狂人」しかいないので、婚約破棄イベントが世界崩壊の引き金になりました』  作者: 限界まで足掻いた人生
『婚約破棄(ハルマゲドン)編』

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第2話:『婚約破棄は、世界地図の書き換えと共に』

カシャン、と硬質な音がした。 シャンパングラスが触れ合う音ではない。私のドレスの下で、ミスリル製の鎖帷子と軍用セラミックプレートが擦れ合った音だ。


「……重い」


王立学園の大講堂。卒業パーティーの会場は、着飾った貴族の子息令嬢たちで溢れかえっていた。 煌びやかなシャンデリア、生演奏のワルツ、談笑する人々。 その中で私、エリザベート・フォン・ローゼンバーグだけが、ドレスの下に総重量15キロの防具を仕込み、冷や汗を流しながら直立不動で立っていた。


(出口の確保は完璧。非常口の鍵は事前にピッキングで解錠済み。万が一のために、窓ガラスを溶かす酸の小瓶も太もものホルダーにある)


私は会場を見渡す。 ――いる。


会場の中央、ひときわ異様なオーラを放つ集団が。


私の婚約者、アレクセイ様は、今日も今日とて定規で測ったような直立姿勢でワイングラスを傾けている。 その足元には、なぜか床にめり込んでいるマリア。どうやら入場時に転んで、床材を粉砕しながらめり込んだらしい。誰も彼女を引き上げられない(触れると二次災害が起きるから)。 壁際ではガストンが、礼服の袖をパツパツに張り詰めさせながら、石造りの柱を「指圧」している。柱に亀裂が入っているのが見える。


「……始まってしまうわね」


私の呟きと同時に、音楽が止まった。 指揮者がタクトを振るのを止めたのではない。生徒会長のソフィア様が、「フルートの音程が半音の100分の1ズレていて不快だ」と呟き、指揮者のタクトだけを遠距離から切断したのだ。


静まり返る会場。 その静寂を切り裂くように、アレクセイ様が私の前に進み出た。


「エリザベート・フォン・ローゼンバーグ」


よく通る美声。しかし、その瞳には一切の感情がない。あるのは、設計図を見る建築家のような、無機質な観察眼だけ。


「前へ」


私は深呼吸をし、重い身体を引きずって彼の前に立つ。 距離は5メートル。これ以上近づけば、彼の間合い(削除範囲)だ。


「単刀直入に言おう」


アレクセイ様が右手を掲げた。会場中の視線が私たちに集まる。 断罪か。身分差か。それともマリアへのいじめの捏造か。 どんな理屈で来る? 私は身構えた。


「――君との婚約を破棄する」


予想通りの言葉。しかし、続く言葉は私の想像の斜め上を光速で突き抜けていった。


「君という存在は、この世界の『座標』を狂わせる。君が呼吸をするたび、空気の流動が大気の完全なる対称性を乱し、私の計算した美しい世界が崩れていくのだ。……耐え難いノイズだ」


「は?」


周囲の貴族たちがポカンとしている。私もだ。 浮気とか真実の愛とかではない。「お前の呼吸が左右対称の邪魔」と言われたのだ。


「よって、私は決断した。君を排除するのではない」


アレクセイ様は、恍惚とした表情で天井を仰いだ。


「君がノイズになるというのなら、君以外の全てを消し去り、再構築すればいい」


ズゥン……と、空間が唸りを上げた。 彼の手のひらに、黒い球体が生まれる。


「世界初期化プロトコル、起動。――固有結界・展開:『白紙の楽園ホワイト・パラダイス』」


「ちょっ、待ちなさいバカ!」


私が叫ぶより早く、アレクセイ様が腕を横に薙いだ。 ヒュンッ!! 水平方向に放たれた不可視の斬撃が、会場の壁、窓、そして遠くに見える王都の時計塔までを、一直線に「切断」した。


ズズズズズ……! 講堂の天井部分が、重力に従ってゆっくりとズレ落ちていく。


「きゃあああああ!」 「天井が! 天井が落ちてくるぞ!」


パニックになる会場。だが、地獄はここからだ。


「あわわわ! 王子様が暴走しちゃった! 止めなきゃ!」


床に埋まっていたマリアが、慌てて飛び出した。 「えいっ!」 彼女は瓦礫につまずき、盛大にすっ転んだ。


ドッゴォォォォォォォン!!


マリアの膝が床に激突した瞬間、直下型地震が発生した。 ただの地震ではない。衝撃波が波紋のように広がり、逃げ惑う生徒たちを吹き飛ばし、学園の敷地そのものを地殻変動レベルで隆起させる。


「ぬんっ! 皆、落ち着け! 俺が支える!」


ガストンが叫び、落下してくる数トンはある巨大なシャンデリアを片手で受け止めた。 「ふんぬぅぅぅ!!」 バキィッ! 彼が力を込めた瞬間、シャンデリアは粉砕……されず、なぜか**「シャンデリアだったもの(プラズマエネルギー体)」**へと物質変化を起こし、高熱を放ちながら爆発した。


「なぜだぁぁぁ! 物理法則が俺の筋肉についてこなぁぁい!」


「あんたが法則をねじ切ってるのよ!!」


私は悲鳴を上げながら、必死に走った。 頭上から瓦礫が降ってくる。 (スキル発動:『生存者バイアス』!) 私の1センチ右に巨大な柱が突き刺さる。 (次!) 私の1センチ左を、ソフィア様が放った「音速の斬撃」が通り抜ける。 (次!) 足元の床が抜け、マグマが見えたが、たまたま崩れてきた扉が橋になって助かる。


「エリザベート様ぁぁぁ! 今こそ二人きりの愛の逃避行へ!」


影からダミアンの手が伸びて、私の足首を掴もうとする。


「寄るな変態! 塩酸浴びせるわよ!」 私は太ももの小瓶を取り出し、影に向かって叩きつけた。 「ジュッ……あああっ、痺れる! 貴女からの刺激的なプレゼント! 最高です!」


ダメだ、話が通じない!


講堂はすでに半壊していた。いや、学園そのものが崩壊し始めていた。 アレクセイ様は崩れゆく瓦礫の塔の頂点に立ち、更地になっていく王都を見下ろして笑っている。


「素晴らしい……! 不要な凹凸が消え、世界が平らになっていく! これこそが美だ!」


「ふざけんじゃないわよ! 私の平穏な老後を返しなさい!」


私は防弾ドレスの裾をまくり上げ、燃え盛る瓦礫の中を駆け抜ける。 目指すは出口ではない。この狂った状況を止められる唯一の場所――アレクセイの元だ。


「死にたくないから、私が全員止めてやるわよ……ッ!」

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