第19話:『深夜のプール占拠は、環境保全活動という名の反逆』
「おい、新入り。今夜決行だ」
放課後の部室(空き教室を不法占拠したアジト)。 リュウガが重々しく告げた。 ヒカルは緊張した面持ちで頷く。
「ついに……やるんですね。悪の組織らしい活動を」
「ああ。学園の管理体制に風穴を開ける。……ターゲットは『屋外プール』だ」
リュウガが地図を広げた。 彼らの計画はこうだ。 深夜、施錠されたプールに侵入し、誰の許可も得ずにそこを使用する。 それは「規則」への挑戦であり、自由の証明だ。
「フフッ……。夜のプールで泳ぐなんて、背徳的でゾクゾクするわね」
シオンが妖艶に笑う。 ヒカルもゴクリと唾を飲んだ。 (夜の学校への不法侵入……! これぞ不良! これぞ青春!)
深夜2時。 闇に紛れて、三人はプールサイドに立った。 月明かりが水面を照らしている。
「よし、作戦開始だ。……まずは『整地』から始めるぞ」
リュウガが取り出したのは、デッキブラシだった。
「え?」
ヒカルが声を上げる。
「リュウガさん、泳ぐんじゃないんですか?」
「馬鹿野郎。今のプールを見ろ」
リュウガが水面を指差す。そこには落ち葉が浮き、底には藻が生えていた。
「こんな汚れた水は、我々『高潔な反逆者』には相応しくない。まずはここを、我々の美学に見合う『聖域』に作り変える」
リュウガは真剣な眼差しで言った。
「これは掃除ではない。……『テラフォーミング(惑星改造)』だ」
「テラフォーミング……!」
ヒカルは戦慄した。 ただの掃除を、そこまで壮大な思想に昇華させるとは。やはりこの人たちは格が違う。
「分かりました! 俺もやります!」
「いい心掛けだ。シオン、お前は水質検査(塩素投入)を頼む」
「了解よ。……全ての菌を死滅させてあげるわ」
こうして、真夜中のプールで、男たちの熱い「反逆(大掃除)」が始まった。 リュウガが鬼の形相でデッキブラシをかけ、ヒカルが網で落ち葉をすくい、シオンが完璧な比率で塩素を混ぜる。
1時間後。 プールは宝石のように輝いていた。
「美しい……。これが俺たちの『自由』だ」
リュウガが満足げに汗を拭う。 結局、一秒も泳いでいない。だが、彼らの心は達成感で満たされていた。
「おい、そこで何をしている」
突然、懐中電灯の光が彼らを照らした。 見回りに来たエリザベート(対不審者用スタンガン装備)だ。
「ゲッ! 風紀委員(じゃないけど実質ボス)だ!」
ヒカルが慌ててデッキブラシを隠す。 しかし、リュウガは堂々と胸を張った。
「フン……見つかったか。だが遅い。既に我々の『儀式』は完了した」
リュウガはピカピカになったプールを背にして、不敵に笑った。
「見ろ、この輝きを。我々が管理者の支配を脱し、この場所を『理想郷』に変えた証だ」
エリザベートは、チリ一つないプールサイドと、完璧に調整された水質を見て、呆れたように溜息をついた。
「……アンタたち、何しに来たの? ただのボランティア清掃?」
「ボランティア? 笑わせるな。これは支配へのレジスタンスだ。……我々は、汚れた世界を許さない」
リュウガたちは「ふっ、今日のところはこれくらいにしてやろう」と言い残し、風のように去っていった。 残されたのは、業者レベルで綺麗になったプールだけ。
「……あいつら、何なのよ」
エリザベートはスタンガンをしまった。 害はない。むしろ有益だ。 ただ、思考回路が致命的にバグっていることだけは確かだった。
翌日。 水泳部の部員たちが「神様が掃除してくれた!」と歓喜する中、リュウガたちは屋上からそれを眺め、ニヒルに笑っていた。
「ククク……愚かな一般生徒どもめ。我々が整えた水とも知らずに喜んでいるな」 「罪深いわね、私たち」




