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『悪役令嬢ですが、周囲が全員「狂人」しかいないので、婚約破棄イベントが世界崩壊の引き金になりました』  作者: 限界まで足掻いた人生
『勇者転入(ハードモード)編』

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第18話:『勇者の正体は元ヤングケアラー、そして「自由の結社」への勧誘』

「はぁ……はぁ……。もう嫌だ……。こんな魔境、脱走してやる……」


放課後の校舎裏。 ボロボロになった勇者ヒカルは、塀をよじ登ろうとしていた。 物理、精神、重力、三半規管。全てにおいて敗北した彼のプライドは粉々だ。


「俺は……俺はただ、チヤホヤされたかっただけなのに……」


彼が涙目で塀に手をかけた、その時。


「待てよ。……そんなに急いで、**『真理』**から目を背けるつもりか?」


低く、よく通る声がした。 振り返ると、そこには夕日を背にポーズを決める、奇抜な集団が立っていた。


改造制服(マント付き)を着た巨漢、リュウガ。 扇子を仰ぐ紫髪の女、シオン。 彼らは学園で「不良グループ」として恐れられている転生者たちだ。


「ひっ! カ、カツアゲか!? 俺はもう金もパンもないぞ!」


ヒカルが怯える。 しかし、リュウガは心外だと言わんばかりに眉を下げた。


「カツアゲ? 失敬な。我々は**『高度な富の再分配』**について議論しに来ただけだ」


「と、富の再分配……?」


「そうだ。パンを持つ者が持たざる者に分け与える。それこそが宇宙の摂理だろう?」


要するに「パンをよこせ」と言っているのだが、彼らの表情は慈愛に満ちた聖職者のそれだった。 彼らは自分たちを「カツアゲ犯」だなどと微塵も思っていない。**「平等な世界を作る活動家」**だと本気で信じているのだ。


シオンが優雅に歩み寄り、ヒカルの顔を覗き込んだ。


「貴方、随分と魂が磨り減っているわね。……前世で、**『完璧』**を演じすぎていたでしょう?」


その言葉に、ヒカルの心臓がドクンと跳ねた。


「な……なんで、それを……」


「分かるわ。私たちも**『選ばれし覚醒者(転生者)』**だもの」


シオンはヒカルの手を取り、母親のような(あるいは教祖のような)優しい目で語りかけた。


「貴方、母子家庭で幼い兄弟の面倒を見ていたわ音。……自分の時間を犠牲にして、家事をして、笑顔を作って。『いい子』の仮面を貼り付けて生きてきた」


ヒカルの手が震え出した。 図星だった。 前世の彼は、病弱な母を支えるため、青春の全てを捨てた。 放課後の寄り道も、ゲームの話も、悪ふざけも知らない。 「母さんを困らせちゃいけない」という呪縛が、彼を「完璧な優等生」に縛り付けていたのだ。


「……俺は……俺はただ……! みんなみたいに、バカやりたかっただけなんだ……! 遅刻ギリギリで走ったり、授業中に早弁したりしたかっただけなんだよぉぉぉ!!」


ヒカルが泣き崩れる。 勇者としてイキっていたのは、遅れてきた反抗期。 取り戻せなかった「子供の時間」への渇望だった。


それを見たリュウガは、深く頷き、ヒカルの肩に手を置いた。


「泣くな、同志よ。……お前は間違っていない。間違っているのは、お前を縛り付けた**『常識』という名の鎖**だ」


リュウガは空を指差した。


「見ろ。俺たちは、その鎖を断ち切った。 授業をサボるのは怠惰ではない。**『自習という名のフィールドワーク』だ。 制服を着崩すのは乱れではない。『既成概念へのアンチテーゼ』だ。 校舎裏でカップ麺を啜るのは、『青空の下での晩餐会』**だ」


彼らの瞳はキラキラと輝いている。 彼らは本気だった。 自分たちは「不良」ではない。 窮屈な管理社会に風穴を開ける、**『自由の探求者リバタリアン』**なのだと。


「ヒカル。お前も来い。俺たちの**『高潔なる騎士団ただのサボりグループ』**へ」


リュウガが手を差し伸べる。


「勇者などという、他人に押し付けられた役割は捨てろ。 ここにあるのは、**『自分のために生きる』**という正義だけだ」


「自分の……ために……」


ヒカルは涙を拭った。 彼らの言葉は、屁理屈だ。客観的に見ればただの不良の言い訳だ。 でも、その屁理屈こそが、一番ヒカルが欲しかった「許し」だった。


「……ああ。俺、入るよ。その……騎士団に」


「歓迎しよう。今日から君も、世界の歪みを正す**『改革者ヤンキー』**だ」


三人が夕日に向かって、熱い握手を交わした瞬間。


「おーい。そこの改革者の諸君」


ズルズル……という音と共に、ジャージ姿の清掃員・田中が現れた。 彼はダルそうに、三人が捨てたカップ麺の容器をトングで拾い上げた。


「世界の歪みを正す前に、分別を正してくんない? スープ残したまま捨てると、ゴミ袋の中で汁が漏れて**『大惨事カオス』**になるんだけど」


リュウガとシオンの顔色がサッと変わった。 彼らは直立不動になり、田中に向かって深々と最敬礼をした。


「おっ、お疲れ様です! 田中賢者マスター!!」


ヒカルが驚く。 「えっ? なんで清掃員の人にそんなに敬ってるの?」


リュウガが小声で囁いた、真剣な眼差しで。


「バカッ、あのお方をただの清掃員と思うな。あのお方は、**『汚れ(カルマ)を祓う儀式』**を50年も続けている、真の求道者だ。……俺たちの高潔な思想も、あのお方の『無の境地(虚無)』には敵わん」


(いや、ただ仕事で掃除してるだけだと思うけど……)


ヒカルはそう思いつつも、田中の中に「母のような強さ(生活力)」を感じ取り、自然と頭を下げた。


「す、すいませんでした! すぐ汁を捨てます!」


「うむ。……あと、そこの新入り。明日から新聞配達のバイトの枠が空いたんだが、やる気はあるか?」


田中がヒカルを見た。


「え?」


「お前、いい目をしてるよ。**『苦労を知ってる奴の目』**だ。……勇者より、向いてると思うぞ」


ヒカルは、自分の手が汚れているのを見た。 土で汚れた手。でも、それは聖剣を握っていた時よりも、ずっと軽く感じた。


「……はい。やらせてください」

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