第14話:『聖剣よりも、焼きそばパンの方が競争率は高い』
「ふっ……。昨日は不覚を取ったが、今日こそは俺の『主人公補正』を見せつける時だ」
お昼休みのチャイムが鳴る直前。 転校生の勇者ヒカルは、購買部の前でクラウチングスタートの構えを取っていた。
彼の狙いは、王立学園名物**『幻のゴールデン黒毛和牛焼きそばパン(限定5個)』**。 これを手に入れてヒロインにプレゼントする。それが彼の描いた「好感度アップイベント」のシナリオだ。
「やめときなさい、転校生」
背後から、フルフェイスのヘルメットとプロテクターを装着したエリザベートが声をかけた。
「今日の購買は『火曜日』よ。……**『肉の壁』**が出現する日だわ」
「はっ、肉の壁? 雑魚モンスターの群れか? 俺の『神速』の前では止まったも同然さ!」
キーンコーンカーンコーン……。
チャイムが鳴った。 それは、開戦の合図だった。
「行くぜ! スキル発動――『神速・雷光』!!」
ヒカルの姿が掻き消える。 音速を超えた移動。常人には風圧しか感じられないだろう。 彼はコンマ1秒で購買のカウンターに到達し、パンを華麗に奪取する――はずだった。
「ぬんっ!!」
ドゴォォォォォォォン!!!!!
ヒカルの目の前に、突如として**「茶色い要塞」**が出現した。 いや、要塞ではない。 廊下の幅いっぱいに膨れ上がった、人間の背中だ。
「なっ……!?」
「今日の俺は……カーボローディング(炭水化物摂取)の日だぁぁぁ!!」
ガストンである。 彼は食堂への最短ルートを確保するため、廊下の壁を破壊しながら直進してきたのだ。 その速度、マッハ筋肉。
「ど、どけぇ! 俺の方が速い!」
ヒカルは聖剣の柄に手をかけ、加速する。 物理法則では、質量の軽いヒカルの方が俊敏性は上のはずだ。
しかし、ガストンは止まらない。
「小賢しい蝿が飛んでいるな……。――対空迎撃スキル:『筋肉重戦車・タックル』!!」
ガストンは、ヒカルを見ることなく、ただ「パンが食べたい」という一心で前傾姿勢をとった。 その瞬間、彼の周囲に**「筋肉の衝撃波(ATフィールド)」**が発生する。
「う、嘘だろ!? 俺は霊体化してすり抜けるスキルも持ってるんだぞ!?」
ヒカルは緊急回避行動をとる。 だが、無駄だった。 ガストンの筋肉は、「霊体」だろうが「魔法障壁」だろうが、「俺の進路にあるもの=障害物」と認識して物理的に弾き飛ばすのだ。
「そこだぁぁぁ!!」 「ぎゃあああああああ!!」
ドッゴォォォォォン!!
ガストンの肩が、ヒカルにクリティカルヒットした。 ヒカルの身体はくの字に折れ、ボールのように弾き飛ばされた。
「パン……パン……パン……」
ガストンはヒカルを轢いたことすら気づかず、購買へと突っ込んでいく。
一方、弾き飛ばされた勇者ヒカルは。
「そ、空が……青い……な……」
校舎の天井を突き破り、成層圏までカッ飛ばされていた。 キランッ☆ 青空の彼方で、勇者が星になって輝く。
◆
「……あーあ。言わんこっちゃない」
エリザベートは、天井に開いた大穴を見上げて肩をすくめた。 周囲では、他の生徒たちが慣れた手つきで瓦礫を避けている。
「……お客さん。注文、まだっすか?」
購買のカウンターの中から、ダルそうな声がした。 緑色のエプロンをつけた**田中(清掃員兼、購買バイト)**だ。
彼は、突っ込んできたガストンを、**「レジ打ち用のバーコードリーダー」**一つで制止していた。
「ぬん? パンをよこせ!」
「あー、ガストンさん。食券。食券買ってないっすよね?」
田中はバーコードリーダーの赤い光を、ガストンの目元にピッと当てた。
「うっ……! 目が……!」
「ルール守れないなら出禁っすよ。……あと、さっきの新入りが天井壊した修理費、部費から引いときますね」
「ぬぅぅ……! なぜだ……俺の筋肉が、この細腕の店員に勝てない……!?」
ガストンが膝をつく。 田中は「時給発生してるんで、さっさと決めてもらっていいすか」と無表情でパンを並べ直している。
エリザベートは、その光景を見ながら、静かに持参した「防災用乾パン」を齧った。
「……勇者くん。まずは『バイトリーダー』に勝てるレベルまで上げないと、この学園ではパンの耳すら買えないわよ」
空の彼方から、ヒカルの「覚えてろぉぉぉ~!」という情けない断末魔が聞こえてくる。




