第13話:『転校生はチート勇者ですが、ここが魔境だと知りません』
「ふふっ……。ここが新しい舞台か」
王立学園の校門をくぐる一人の少年がいた。 彼の名前はヒカル。 異世界から転生し、女神から『全属性魔法』『聖剣召喚』『無限の魔力』というテンプレ・チートスキルを授かった、正真正銘の勇者である。
彼は髪をかき上げ、自信満々に笑った。
「女神様には『世界を救え』と言われたが……まあ、まずは学園でハーレムを築くのが定石だよな」
ヒカルの目には、世界が「ゲームのUI」のように見えている。 すれ違う生徒たちの頭上には【LV.3 一般生徒】といったステータスが表示されているのだ。
「俺のレベルは99。この学園で俺に敵う奴はいない。……お?」
ヒカルが中庭に差し掛かった時、彼の「イベント探知スキル」が反応した。 見れば、華やかなドレスを着た令嬢が、可愛らしい少女を地面に押し倒し、馬乗りになっているではないか。
「――確保! マリア、動かないで! あんたが暴れると地殻プレートがズレるのよ!」 「ううぅ……エリザベート様ぁ、痛いよぉ……」
ヒカルの目には、それが**「悪役令嬢による、可哀想なヒロインへのいじめ」**にしか映らなかった。
「ビンゴ! 最初に見せ場が来るとはな!」
ヒカルは地面を蹴った。 音速に近いスピード。普通の人間には目にも止まらない速さで、二人の間に割って入る。
「そこまでだ! 弱い者いじめは感心しないな!」
ヒカルはバッと右手を掲げ、空間から光り輝く**『聖剣エクスカリバー(模造)』**を召喚した。
「この聖剣の輝きに免じて、手を引いてもらおうか!」
キランッ☆ 完璧なポージング。背景に薔薇の花が飛ぶようなエフェクト(幻覚)。 ヒカルは確信していた。これで悪役令嬢は腰を抜かし、ヒロインは自分に惚れると。
しかし。
「……は?」
馬乗りになっていたエリザベートという令嬢は、聖剣を見ても眉一つ動かさなかった。 それどころか、彼女は懐から**「溶接用ゴーグル」**を取り出して装着し、冷めた声で言った。
「……何あんた。眩しいんだけど。光害で訴えるわよ?」
「え?」
さらに、助けたはずの少女マリアが、ヒカルの足元を見て叫んだ。
「ああっ! ダメぇ! そこ踏んじゃダメぇぇ!!」
「ん?」
ヒカルが足元を見ると、そこには小さな**「アリの巣」**があった。
「キャアアアア! アリさんが踏まれたぁぁぁ!」
マリアが悲鳴を上げ、パニックで手足をバタつかせた。 その瞬間。
ズガガガガガガガッ!!
ヒカルの足元の地面が、突如として噴火したように隆起した。 ただの地団駄ではない。マリアの「可哀想!」という感情が、大地への物理干渉力(マグニチュード8相当)に変換されたのだ。
「うおっ!? な、なんだ!?」
ヒカルは慌ててバックステップで回避する。 彼が立っていた場所には、巨大なクレーターができていた。
「おいおい……魔法か!? いきなり上級魔法を無詠唱で!?」
ヒカルは冷や汗を流す。 鑑定スキルを発動し、マリアのステータスを確認しようとした。
【Name: マリア】 【LV: 測定不能(ERROR)】 【Skill: ■■■■(文字化け)】
「は……? エラー?」
「ちょっと! 余計なことしないでよ転校生!」
エリザベートが立ち上がり、スカートから砂埃を払った。 その手には、いつの間にか巨大なチェーンソーが握られている。
「マリアの情緒を不安定にさせないで! 彼女が泣くと、この地域の降水確率が1000%になって洪水が起きるのよ!」
「ちぇ、チェーンソー!? 貴様、騎士道精神はないのか!」
「あるわけないでしょ! ここはサバンナよ!」
会話が通じない。 ヒカルは焦った。なんだこの女たちは。 こうなれば、力尽くで分からせるしかない。
「くっ……仕方ない! 俺の本気を見せてやる!」
ヒカルは聖剣に魔力を込めた。 『聖なる光よ、悪を断て! ――ホーリー・スラッシュ!』
光の斬撃がエリザベートに向かって放たれる。 岩をも両断する必殺の一撃。
パシッ。
「ん?」
その斬撃は、横から伸びてきた**「素手」**によって掴まれた。 掴まれた光の刃は、ガラス細工のようにパリンと握りつぶされた。
「ぬん。……眩しいな、新入り」
そこに立っていたのは、制服がはち切れんばかりの筋肉の巨塔、ガストンだった。 彼はヒカルの聖剣を指差し、呆れたように首を振った。
「その剣……重心が2ミリずれているぞ。そんなナマクラでは、俺の大胸筋の産毛も剃れん」
「ば、馬鹿な!? 聖剣だぞ!? 物理無効の加護がついているんだぞ!?」
「物理無効? ……ああ、**『筋肉未満』**の攻撃を無効化するということか?」
ガストンが分かったような顔で頷く。 違う。そうじゃない。
「騒がしいですね……」
さらに、校舎の屋上からソフィアの声が降ってくる。 彼女は指先一つ動かさず、ヒカルの周囲の空気を操作した。
「――『音響遮断』」
フッ。 ヒカルの世界から「音」が消えた。 自分の声も、剣の音も聞こえない。完全なる無音地獄。
「うわぁぁぁ!? 声が!? 耳が!?」
パニックになり、デタラメに剣を振り回すヒカル。 その剣先が、運悪く中庭の花壇に突き刺さった。
「あ」
全員が動きを止めた。 花壇の世話をしていた、「リサイクル推進委員長」アレクセイが、ゆっくりと立ち上がる。
「……君、今、花を踏んだね?」
アレクセイの目が、虚無の闇に染まる。 彼の手には、肥料用のスコップが握られていた。
「生命への冒涜……そして、資源への侮辱……。許しがたい。君を『有機肥料』として再利用してあげよう」
「ひっ……!」
ヒカルの『危機察知スキル』が、警報音どころか**「即死確定アラート」**を鳴らし始めた。 レベル99の勇者である自分が、なぜかこの園芸部員みたいな男に「捕食される」というビジョンが見えたのだ。
「ま、待て! 俺は勇者だ! 女神に選ばれた……」
「女神? ……ああ、あの管理者のことか?」
エリザベートが憐れむような目でヒカルを見た。
「悪いこと言わないから、その設定は止めておきなさい。……ここの連中、神様とか一番嫌いだから」
アレクセイ(元ラスボス)がスコップを構え、ガストン(物理神)が拳を鳴らし、マリア(災害)が泣き出し、ソフィア(処刑人)が音を消す。 四面楚歌。完全詰み。
「う、うわぁぁぁぁ!! 異世界怖いぃぃぃ!!」
ヒカルは聖剣を放り投げ、脱兎のごとく逃げ出した。 だが、逃げた先には――。
「あ、すいません。そこワックス掛けたんで」
ツルッ。 ドテェッ!!
緑ジャージの清掃員、田中がモップをかけていた床で、ヒカルは盛大に滑って転んだ。
「ぐえっ!?」
「あーあ。足跡ついちゃったよ……。またやり直しか」
田中はダルそうにため息をつき、倒れている勇者ヒカルを見下ろした。
「新入生っすか? ……廊下は走らない方がいいっすよ。人生滑るんで」
ヒカルは、床に這いつくばりながら悟った。 ここは、俺が知っている「なろう系異世界」じゃない。 レベルとかスキルとか、そんな生易しいルールが通用しない、**「修羅の国」**だ。
「……ママぁ……」
勇者ヒカル、転入初日にして、登校拒否を決意。
「……はぁ。また面倒なのが増えたわね」
エリザベートは、放置された聖剣(模造)を拾い上げ、アレクセイに渡した。
「これ、燃えないゴミ?」 「いや、溶かせばスプーンくらいにはなるだろう。資源ごみだ」




