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『悪役令嬢ですが、周囲が全員「狂人」しかいないので、婚約破棄イベントが世界崩壊の引き金になりました』  作者: 限界まで足掻いた人生
『婚約破棄(ハルマゲドン)編』

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第11話:『清掃終了につき撤収済み』

「行くわよ二人とも! BGMのボリューム上げて!」 「了解。最大出力で流します!」 「……私の歌を、世界に刻む」


私たち「世界救済・即席バンド」は、崩壊した時計塔の螺旋階段を駆け上がっていた。 私の手には、唸りを上げる『因果切断回転鋸ロジック・チェーンソー』。 カイル先生は、全身にガジェットを纏い、ハッキング用のコードを火花のように散らしている。 ソフィア様は、瓦礫を浮遊させ、それを足場にして優雅に、かつ激しくマイクパフォーマンスを行っている。


「アレクセイ! 覚悟しなさい! その歪んだ美学、私のチェーンソーでロックに粉砕してやるわぁぁぁ!!」


私たちは勢いよく、最上階への扉を蹴破った。 ここが世界の頂点。ラスボスが待つ『白紙の楽園』の中心地!


ドォォォォン!!


「さあ決着を――……え?」


扉を蹴破った勢いのまま、私は凍りついた。 続いて飛び込んできたカイル先生も、ソフィア様も、ピタリと止まる。


そこに、立っている者は誰もいなかった。 神々しい魔法陣も、世界を書き換える光も、ラスボスの高笑いもない。


あったのは、**「異常なまでにピカピカに磨き上げられた床」と、漂う「安っぽいレモンの香りの業務用洗剤」**の匂い。


そして、部屋の中央にポツンと置かれた――**「黒いゴミ袋」**だけだった。


「…………」


私たちは互いに顔を見合わせた。 静寂。 あまりにも静かすぎて、私のチェーンソーのアイドリングドルルル……だけが、虚しく響き渡る。


「……な、何?」


恐る恐る近づく。 その45リットルの黒いゴミ袋は、丁寧に口が縛られ、さらにガムテープで厳重に梱包されていた。 そして、袋の表面には、マジックで乱雑にこう書かれた貼り紙があった。


『燃えないゴミ(分別済み)』


袋の中身が、モゴモゴと動いている。 そして、くぐもった声が聞こえてきた。


『うぐぅ……! 誰か……誰かいないか……! 私は神だぞ……! なぜ私がゴミ扱いなのだ……!』


間違いなく、アレクセイ様の声だ。 あの世界を滅ぼそうとしていた傲慢な王子が、今はホームセンターで売っている最安値のポリ袋の中で芋虫のようにのたうっている。


「う、嘘でしょ……?」


カイル先生がガジェットを操作し、震える声で解析結果を読み上げた。 「え、エネルギー反応消失……。世界改変プログラム、強制停止……。それどころか、彼のプライド、精神力、覇気……全てのパラメータが『マイナス』に振り切れています」


「誰が……一体誰がこんなことを?」


私が周囲を見渡すと、ゴミ袋の横に、もう一枚のメモ用紙が落ちていた。 スーパーのチラシの裏に、走り書きがしてある。


『清掃完了しました。 床のワックスが乾いてないんで、足元気をつけてください。 あと、ゴミは明日の朝8時までに集積所へ出しておいてください。 (追伸:次の新聞配達のシフトがあるんで先上がります)』


「…………」


その場にいた全員が、言葉を失った。


新聞配達。 シフト。 先上がり。


この世界を揺るがす最終決戦は、名もなき何者かの「バイトのシフト」のついでに処理されていたのだ。


「……ソフィア様」 「……何?」 「BGM、止めてもらっていいですか?」


ブツン。 ソフィア様がスイッチを切る。 壮大なオーケストラが途切れ、風の音だけがヒュオオオと吹き抜ける。


気まずい。 死ぬほど気まずい。


私たちはフル装備だ。 私はチェーンソーを振り上げ、カイル先生はサイバーパンクな武装をし、ソフィア様はドレスを着崩してマイクを握っている。 「さあ殺し合おうぜ!」というテンションで乗り込んだのに、相手はすでにゴミ袋の中で泣いているのだ。


『……おい、そこに誰かいるのか? エリザベートか?』


袋の中から、アレクセイ様の情けない声がした。


『頼む、出してくれ……。もう世界とかどうでもいい……。怖かった……あの目が死んでる清掃員、怖かったんだよぉぉ……! 説教が……生活苦の説教が止まらなくてぇぇ……!』


ラスボスが、泣きじゃくっていた。 どうやら肉体的な敗北以上に、「世知辛い現実リアル」を見せつけられて心が折れたらしい。


「……はぁ」


私は大きくため息をつき、重たいチェーンソーを床に置いた。 カイル先生も、背中のサーバーユニットを肩から降ろす。


「……解散ね」


私の言葉に、誰も反論しなかった。


「先生、その袋、開けてあげて」 「……いいんですか? また暴れるかも」 「大丈夫よ。今の彼に、もう世界を壊す元気なんてないわ。……たぶん、今は『温かいスープ』とかの方が効くんじゃない?」


カイル先生がナイフでゴミ袋を切り裂く。 中から出てきたアレクセイ様は、ピカピカに磨かれた床の上で、胎児のように丸まっていた。


「……とりあえず、帰りましょうか」


私は窓の外を見た。 崩壊しかけていた空は、いつの間にか修復され、普通の夕焼けが広がっていた。 あの清掃員が、ついでに直していったのかもしれない。


「……納得いかないけど、まあ、生き残ったからヨシとするわ」

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