第76話 モテモテガリ勉、美少女に囲われて幸せに……?
家に帰ると母が笑い始めた。
「で、テストはどうだったの? 今日結果発表って言うから祝うために急いで帰ってきたのよ?」
「ダメだったらどうするんだそんなこと言って」
俺がテストで惨敗していたらどうする気なんだろうか。
もしかしたら高木に負けて、べそをかきながら帰ってくるかもしれないのに。
ジト目でそんなことを言うと、母はうざったく頬を突いてきた。
「その顔見たらわかるから言ったのよ。で?」
「……一位だったよ。それで、推薦枠ももらえた。ただ、色々考えてまだ志望校は決めてないんだ。あくまで一般入試を目標にやるよ」
「ふふ、そう。……そうかぁ」
「おい。ちょっと不安そうな顔をしないでよ。母さんが背中を押してくれたんだろ?」
「不安がってるわけじゃないわ。ビビってるだけ」
「えぇ?」
俺の声に、母親はすたすた歩き始める。
そして畳の床に座り込むと、身を抱きかかえて震えた。
「本当に、凄い子に育ったのねぇ」
「いや他人事みたいに言わないで。母さんが育てたんだろ?」
「何言ってるの。私はあんたに医者を目指せだなんて一度も言った事ないもの」
「とは言え親だし」
「……これは正当な評価なの。きちんと受け取りなさい。私はあなたに何も言ってないのに、あなたはここまで自分の努力で掴み取ってきたの。親なんて関係ないあなた自身の手柄よ」
「そっか」
気づけば、母は落ち着いていた。
先ほどの冗談はどこへやら、静かなトーンで語りかけてくる。
そのせいで感動して涙が浮かんできた。
そう言えば、母親とこういう会話をする機会はあまりなかった。
俺は一人の世界に閉じこもり、ずっと勉強ばかりしていたから。
友達だけでなく、家族との交流もできていなかったかもしれない。
話す時間より勉強を優先して生きてきたんだ。
「俺さ、もっとお父さんと遊びたかったんだよ。一緒にゲームしてさ、友達とも遊びたかった。……果子とも、多分もっと仲良くしたかったんだ」
今思えば、果子があんな風になったのは俺の態度のせいだったのかもしれない。
急に勉強漬けになって、果子と遊ぶ時間も減った。
それで付き合いが悪くなった俺に、嫌気がさしていたのかも。
言葉足らずだったし、二人の関係の擦り合わせなんかしたこともなかった。
仮にそうでも擁護しきれないほどの振る舞いだったが、そう考えると俺にも問題はあったわけだ。
やはり、周りが見えていない。
アイツも傷ついていたかもしれないと思うと少し複雑である。
もし俺が医者なんか目指さなければ、ここまで関係が拗れることもなかったんじゃないだろうか。
だけど、俺が得てきた経験はそれだけじゃない。
そういうマイナスなものだけではないのだ。
「でも俺さ、ガリ勉になってから色んな事を経験できたんだ」
レイサや凪咲と仲良くなれたのだって、俺がガリ勉だったからだ。
この前の文化祭なんて、いい思い出である。
レイサの家で行われた二度のお屋敷合宿も楽しかった。
「父さんみたいな患者を救いたいんだ。そしたら、何より俺みたいな寂しい思いをする子供も減らせるから。……だから、頑張るよ」
今まで父親にばかり囚われていたが、結局のところ、俺は自分可愛さで医者を目指し始めたのかもしれない。
自身が親を亡くしたという境遇に苦しんできた。
母はいたが、ずっと孤独だった。
ただひたすらに、他ならぬ俺自身が寂しくて辛かったのである。
だからこそ、ここまで夢に執着したのかもしれない。
俺の言葉に、母は微笑む。
「じゃあそうね。やっぱり海凰大を目指すのがいいと思うわ。そこまでの想いがあるのなら、絶対に妥協すべきじゃない」
「うん」
「応援するわ。……それに、貯金もある程度はあるから安心しなさい」
「え? でも」
「あんた不思議に思ったことないの? シングルとは言え私がそこそこ良い仕事してるのは知ってるでしょ? その割には生活水準が上がらないな……とか思ったことないの?」
「それは、その」
実はあった。
正直、母がここまで働いているのに、なぜこんなに困窮しているのかと疑問に思ったことはあった。
だけど高校生を育てるのは金がかかるし、色々あるのだろうと思って触れていなかったのである。
そもそもいくらノンデリとは言え、親の収入に言及するのがアウトなことくらいはわかるから。
俺が目をぱちくりさせていると、母は茶目っ気たっぷりに笑った。
「馬鹿ね。あんたがどの道を選んでも対応できるように、それなりに……いや、かなりの額を通帳に入れてるの」
「じゃあ」
「そうよ。ある程度の学費はカバーできるわ」
「母さん……」
なんで言わなかったんだよ、とは思わない。
聞かされてなくてよかった。
もし聞かされていたら、ここまで頑張れなかっただろうから。
まぁそれはそれとして、じゃあ今までの心労は何だったんだと若干思ったのも事実だが。
なんて二人で話していると、インターホンが鳴った。
あっと目を見開く俺。
立ち去っていたから流していたが、まだアイツと話の途中だったんだった。
果子との会話や母親からの激励もあって感情が高ぶっていたせいか、つい連絡するのを忘れていたのである。
母親が玄関に行くのを止め損ねていると、案の定向こうから聞き慣れた声が聞こえた。
やけに海外アクセントの可愛らしい話し声だ。
慌てて俺も顔を見せると、そこにはやはりレイサがいた。
母を前にしてテンパっている。
「こ、こんばんワ」
「はい、こんばんは。……筑紫の彼女?」
「ち、ちちち違いマス! 付き合うとかは絶対無理なのでッ!」
「凄い否定の仕方ね。なんだか悪い事聞いたかしら」
「も、もういいから。ちょっと行ってくるわ」
くそ、母親の変なフリのせいでおかしな雰囲気になってしまった。
最近のまじめな話でちょっと見直していたのだが、忘れていた。
うちの母親は結構ノンデリだ。
流石は俺の親と言ったところで、変なところが遺伝したらしい。
しかし、三人でいるのは恥ずかしいのでここは一旦場所を変える。
ただでさえ色白の顔をさらに青くしているレイサを連れて、俺は家を出た。
◇
「も、もうチョット話したかったンだケド、お邪魔だった?」
「いや、大丈夫。……っていうか母がごめん」
「アレがお義母さんなンだ」
なんだかイントネーションに含みを感じたのだが、気のせいだろうか。
まぁいい。
俺はレイサと向き合い、首を傾げる。
すると彼女はすぐに本題に入った。
「アタシ、海凰大受けるコトにした」
「……へ?」
「だからずっと一緒に勉強しようネ」
「はぁ!?」
言われて思った。
確かに今のレイサの成績なら、十分狙えるだろう。
初期の不良なイメージが強くて一瞬ピンとこなかったが、今では別に不可能ではない志望校のレベルだ。
それに、志望者には俺だけでなく凪咲もいる。
現実的な目標だった。
「い、家から何も言われないのか? ほら、お嬢様だから海外大学に進学とか」
「うちのパパはアタシに甘いからダイジョーブ。ってコトで、お望み通り受験期も進学後もずっと隣で支えてあげる」
「……レイサ自身がやりたいことをやってよ」
「ソレがアタシのヤりたいコトだケド?」
「そ、そっか」
そこまで言われると、わざわざ止める理由はない。
俺としても、一緒の大学に行けたら幸せだと思う。
レイサと凪咲と何人で大学に進学……夢のキャンパスライフか。
俺は医学を本気で学ぶからそこまで遊ぶことはできないだろうが、それでもふとした時に二人に会えるのは嬉しい。
いやでも、待てよ。
レイサとの関係が進展したのはいいが、凪咲の事もある。
彼女が俺と一緒に居たがっているのは知っているし、レイサと俺との三人で、一体これからどういう距離感で接したらいいのか。
そんな人間関係に慎重にならなければいけない状況で、大学も含めてあと七年くらい一緒に過ごすことになるのか……。
「三人の挑戦は、ここからだネ」
「そ、そうだな……ははは」
気づけば、包囲されていた。
ただひたすらにガリガリ机に噛り付いていたはずが、どうしてか。
幼馴染に裏切られた無能ガリ勉の俺、絶望していたはずが気付けば学内人気屈指の美少女達に囲われていた件。
‐完‐
◇
【あとがき】
ここまで約三か月半、読んでくださってありがとうございました!
完結させられたのはみなさんの多くの応援のおかげです。
感謝してもしきれません。
また、別の話になりますが本日より新作小説を公開しています。
よかったらそちらも読んでみてください。
幼馴染ギャルとのラブコメ作品です。
最後になりますが、改めましてありがとうございました。
今後とも、お付き合いいただけると幸いです!




