第67話 帰国子女は馬鹿と天才の紙一重
中間考査期間は毎日午前だけで放課となることもあって、思った以上に時間が進むのが早い。
テストを受けた後にそのまま次の日の対策をする生活。
勿論、その日受けたテストの見直しなんかする余裕はない。
余計な作業に時間も脳みそも消費するわけにはいかないため、テスト中にどんなに気になる問題を見つけても、心を鬼にして全日程が終わるまでは我慢。
見直しや反省は全てが終わるまでお預けである。
と、そんなこんなで順調に日程は進んだ。
なんだかんだでもう最終日の最終科目である。
「長かったような、短かったようナ~」
「お疲れ様」
「他人事みたいに言ってるケドツクシもネ?」
試験前の最終確認時間、俺は廊下でレイサと一緒に対策を整理していた。
何と言っても、最後の科目はコミュニケーション英語なのだ。
俺達が最も対策したと言っても過言ではない科目で、どうしても気合が入ってしまう。
レイサもいつになく真剣な眼差しで、ノートに目を走らせていた。
互いに問題を出し合いながら、知識がスムーズに出力できるかの確認もしておく。
「エーッと、ソレはミk……じゃなくて、ゴホン。メイドが教えてくれたヤツだから……」
「メイドさん、超頭良さそうだったよな」
「エ、ま、まァソーだネ」
年齢は同じくらいに見えたが、どこの高校に通っているんだろうか。
やっぱりあのくらい英語ができてその知識を言語化できるような人なら、海外の大学とかに行くのだろうか。
いやしかし、メイドという事はもう就職してるも同然なのだろうか。
その辺、お嬢様界隈には詳しくないからよくわからない。
まぁ、そんなどうでもいい事を考えられるくらいには俺は落ち着いていた。
自分でも驚くくらい、物凄く落ち着いている。
ここまでの他教科でかなり手応えがあったのもそうだが、今からの科目に対しても莫大な対策を積んできた。
あとはもう、それを全部出すだけだ。
なんなら、今回のテストで一番気がかりなのは最初に受けた数学Aの難問の正誤くらいだからな。
あれは正直満点を取れた自信がない。
しかし、終わった科目を嘆いても仕方がないし、それを差し引いても今回のテストは全体的に出来がいいから焦る必要もないのだ。
リスニングはメイドさんとの会話で準備できた。
スピーキングもネイティブ並みだったため、正直テスト対策用のイディオム授業より、彼女の生英語の方がタメになった気もするくらいである。
レイサが少し羨ましい。
俺もあんなメイドさんがいたら、今頃英語は二教科とも満点しか取っていなかったんじゃないか?
まぁこうして直に会える交友関係を築けたことが、そもそも幸運な気もするが。
しかし、問題はやはり高木だ。
俺がどれだけ点を取ったとしても、今回は一位を取ることが目標なため、どうしてもアイツの点数にかかっている。
極端な話、仮に俺が1000点満点の合計点で999点を出したとしても、アイツが1000点を出してしまえば負けなわけだ。
こればかりはどうしようもない。
流石に全教科満点を取れている事はあり得ないため、高木次第だ。
祈るしかない。
それにしても、廊下の雰囲気はどんよりしている。
教室内は先生が問題の配布をしたりと準備があるため、全員廊下で待機しているのだが、テンションの低さが周りの声のトーンや話の内容でわかった。
みんな、今回のテストでは大敗気味らしい。
俺としても解いていて難易度が高く感じていたし、対策をサボった生徒はみんな絶望している頃合いかもしれない。
平均点自体、かなり低くなりそうだと俺は予想していた。
と、そんな事を考えていると、レイサがため息を吐く。
彼女はそのまま顔を上げ、ニコニコと緊張感のない笑みを向けてきた。
「ッテいうか、なンか今回のテストはカンタンだよネ」
「……そ、そうかもな」
周りの雰囲気や俺の考察と真逆の事を言い始めたレイサに、俺はぎょっとする。
そのままなんとなく相槌を打つと、彼女は指を立てて続けた。
「みんな難しいって言ってるケド、センセーが授業中に言ってたコトも結構出てたし、今回は暗記より思考問題の方が多いカラ、アタシは解きやすいンだよネ」
「そういう対策をしてたからな」
「ツクシのおかげ?」
「いや、違う」
俺が教えた程度で思考力なんか変わらない。
どう考えればいいかは教えてきたが、問題解決する最終処理は自分の頭でしなけらばならないわけで、間違いなくレイサ本人の実力。
再び対策に戻るレイサを横目に、俺は絶句していた。
もしかすると……いや、まさか。
俺が一番警戒しないといけないのは、もはや高木でも凪咲でもなくなってきているのかもしれない。
流石に考え過ぎだろうか。
だがしかし、隣の涼しい顔を見ていると、俺はなんだか怖くて仕方がなくなるのだ。
それこそ、凪咲とは昨日も喋ったが、そこまで顔色は良くなかった。
アイツですら難しいと感じるような難易度だったわけだ。
それを簡単と言ってしまえるレイサのメンタルに驚愕である。
というか、俺が今回一位を取る上で警戒しないといけないのは高木だけではないのだ。
直近の結果を見ると凪咲の方が高木より成績が良いし、順当に考えて彼女こそ最大の敵という見方もある。
それに、俺は今回凪咲にかなり塩を送ってしまっている。
以前高木に英語の成績を馬鹿にされていたのを知っているため、あのクソ野郎に英語の点でも勝たせてあげたくて、俺も全力でサポートした。
もしそのおかげで凪咲の英語の点数が20点くらい上がったとしたら、……あまり考えたくはないが、俺の一位もかなり危うい。
高木に負けるよりは全然マシだが、それでも俺の夢はまた遠のくわけで、苦しい展開になる。
なんとも、難しいものだ。
友達は時には心強いが、またある時は悩みの種にもなり得るらしい。
とかなんとか考えていると、レイサが再び唐突に笑い始めた。
「ま、アタシが全問間違えてるダケの可能性もあるケド。アハハ、バカは難易度もわかンないからサー」
「……よし、最後にもう一回テスト範囲の確認をしよう」
「ハーイ。じゃあコレは? エーッと……」
俺の、思い過ごしだろうか。
果たして、レイサはどっちなのだろうか。
場にそぐわない楽しそうな顔に、俺は秘かに警戒心を強めるのであった。




