第63話 ガリ勉にはそれを超える者を
【レイサの視点】
テスト直前という事もあって、今日は少し長めに勉強会をした。
そしてその時、二人にアタシが英語を教えるという、恐れ多い事態になっていた。
「ハァ……」
思い出すだけでため息が出てくる。
マジで全然ダメダメだった。
ナギサに何を聞かれてもまともに答えられなかったし、ツクシからは気を遣われているのが分かった。
本人はそういうわけじゃないと言ってくれていたけど、あの人は無意識に他人の罪悪感を煽らないように努めるタイプなのを、アタシは知っている。
ノンデリなのは否めないけど、それは不器用なだけだ。
今日だって、馬鹿正直にアタシに思ってること全部言ってきたし。
……あんなに褒められたら、どんな顔すればいいのかわからないよ。
でも、だからこそ。
アタシは今、二人の役に立ててないし、それが辛い。
せっかくツクシがアタシに活躍のチャンスをくれたのに、このままじゃ悔いが残る。
というか、今回のテストでツクシは人生が変わるんだ。
枠を競う相手である高木李緒は英語が大の得意科目だし、今回はツクシもかなり英語にかけているのが分かる。
このままじゃアタシが上手く教えられないせいで、推薦枠を落としてしまうかもしれない。
そんなの……絶対イヤ。
むしゃくしゃしながら勉強していると、部屋の扉が開く音がした。
「精が出ますね」
「音も無く入って来れるクセに、珍しいネ」
「中でレイサ様が致していたら気まずいので」
「……」
相変わらず下世話な奴だ。
無視していると、ミカは聞いてきた。
「……どうしたんですか? 涙がノートに落ちて滲んでいます」
「ア、えと……アハハ。ちょっとネ。自分が情けなくて」
アタシは泣いていた。
自分の不甲斐なさに呆れて、そして泣けてくる自分にも嫌気がさして。
そんな状態で勉強して、身が入るわけがない。
振り返ると、普段真顔なミカが心配そうに眉を寄せている。
なんだかそれに安心して、アタシは泣きついた。
「なるほど、英語の勉強ですか。そう言えば以前、二人に教えることになったと喜んでいらっしゃいましたね」
「そうなノ! だけど……」
「レイサ様の理解度では上手く説明できず、それに情けなくなって勉強していたと……そんなところでしょうか」
一を話せば百まで察してくれる自慢のメイド。
全部わかってくれて、さらに情けない気分になった。
あとアタシの理解度の低さが見透かされているのに、若干ムカつく。
良くも悪くも全部お見通しだ。
「アタシじゃ二人の成績を上げてあげられない。ドーしよう……」
「そんなことないと思いますけど」
ミカはそのまま、アタシのノートに視線を落とし、凝視する。
「というかこれ、私がレイサ様にパリで教えた表現ですね」
「そ、そうなノ。丁度今回の範囲ってこの文法表現が出るからサ……ッテ! ハッ!」
そうだ。
そうだった。
今日二人に教えた英語は、アタシでも知っていた口語表現だ。
でもそれは、元を辿れば全てこの万能メイドから習ったもの。
同い年なのに、アタシなんかより頭も要領も何もかも優れてて、それでいて長年家族同然に育った西穂ミカからもらった知識なのだ。
アタシの気付いた顔に、何を言わんとするのか察したミカは目を逸らす。
でももう、背に腹は代えられない。
「アノ、サ……」
「何をおっしゃりたいのかは察しましたが、良いのですか? 雨草凪咲はさて置き、枝野筑紫に私の正体がバレては困るのでは?」
「そ、ソレはそうだケド」
「万が一、レイサ様が裏で嗅ぎまわったり、私に枝野筑紫と自分との仲を取り持つように暗躍させていただなんて知られたら……もしかすると大幅なイメージダウンになるかも」
勿論ミカの言う通りだ。
ナギサには既にミカとアタシの関係はバレているけど、当事者のツクシにまでバレたらそれこそマズい。
きっと嫌われてしまう。
今後カレと一緒にいることは愚か、友達ですらいられなくなってしまうかも。
……でも、それでもいい。
「アタシネ、そんなくだらない理由で、ツクシの夢の助けになれる機会を放棄できナイ。隠したくナイ。だってサ、アタシが決心すれば、助けてあげられるンだよ? ソレなのに我が身カワイサにここで黙ってたら……ウウン、そんなの絶対ダメ」
土曜日と日曜日は以前の実力考査の時みたいに、家でみんなで勉強会をする予定になっている。
泊まりOKの、完全勉強合宿だ。
勉強嫌いのアタシとしても、ツクシといられるのは楽しいから提案した。
というわけで明日の土曜日は朝から二人が家に来る。
これは絶好の機会だ。
アタシのリスクなんて、ちっぽけなモノだから。
仮にこれでツクシとの仲が終わってしまっても、カレが今回のテストでまた一位を取って、そして憧れだった医者に大きく近づけるのなら。
アタシは、カレのコトは諦めてもいい。
夢に向かってどんな気持ちで勉強しているかを知っているから、見て見ぬふりなんかできないんだ。
それに、心配はない。
「まァアタシが嫌われても、ツクシにはナギサが付いてるカラ」
「……そんな事には、私がさせないように努めます」
「ミカ?」
「というか、本当に良いのですね?」
「ウン。オネガイ」
「承知しました」
ミカは恭しく頭を下げた。
それになんだかおかしくて、笑ってしまう。
「なんかゴメンネ? アタシの気持ちばっかりで、ミカのコト全然考えずにオネガイしちゃった」
「レイサ様は昔からそうですよ」
「ハァ? 酷くナイ?」
「それに、別に私も同じ気持ちなので」
そのままミカは鋭い目つきでアタシのノートを見た。
「私も、嫌だったんです。高木李緒なんかに大きい顔をさせておくのは」
「エ、そんな高木クンのコト嫌いだったノ? 良くも悪くも他人に興味なさそうなのに珍しいネ」
堂々と高木李緒が嫌いだと言うミカに、アタシは吹き出した。
しかし本人は嫌悪感を隠そうともせずに続ける。
「ロボットじゃないんですから、私にだって好き嫌いはありますよ。あの男、女の顔で態度が違い過ぎるんです。無視してくれるならまだしも、雑に扱われると屋敷にいる時を思い出して」
「オイ。急に刺してこられるとビビるンですケド? アタシ、別にアンタのコトを邪険に扱ったコトないヨ。ってかまァ、男って単純だよネ。素の顔はこーんなに美人なのに、ちょっとメイクしたダケで本質も見えないなンて」
「それを言うと、一人だけ学校での私を可愛いと言った男がいましたね」
「エ、誰ッ!? カレシでもデキた!?」
思いもよらない展開に目を見開いたけど、そんなアタシにミカは鼻で笑ってくる。
「仮にそうならレイサ様はどうするんでしょうね」
「そりゃ祝福するケド?」
「っ、んふ」
「笑い方キモ」
全く、相変わらずよくわからない子だ。
でも、アタシの一番の理解者でもある。
二人でしばらく話しているうちに、いつの間にか涙は引いていた。
明日は今日と違って、二人の助けになれそうだ。




