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第59話 推薦入試枠の好機と新たな障壁

「医学部の推薦入試枠に、興味はないか?」


 先生の言葉に、俺は首を傾げる。

 何を言っているか音はわかるのに、放たれた言葉の意味が理解できなかった。

 少し間を開けて、俺の気の抜けたラフな声が漏れる。


「はぁ?」

「はぁ? じゃなくてだな。どうだ、医学部の推薦入試」

「……」


 考え込む俺に、先生は何度も同じ単語を口にした。

 医学部・推薦・枠……と、耳にタコができるほど繰り返される。

 そしてようやく、俺も意味を理解した。


「……話ってそれですか?」

「そうだ。一大事だろ」

「てっきり俺は生活態度でも指導されるのかと」

「お前みたいなガリ勉に何を怒ることがあるんだ」


 改めて先生からガリ勉呼ばわりされ、流石の俺も顔が引きつった。

 もう少し言い方を考えて欲しいものだ。

 それに、無駄な心配と緊張で今日一日メンタルを崩していたことを悟り、何だか損した気分だ。

 俺みたいなガリ勉は怒られ慣れていないから、かなり心が弱めに育っている。


 それにしても、推薦か。

 願ってもみない話だな。

 そう言えば、前に誰かから聞いたことがあるような気がする。

 成績優秀で熱意のある極々上澄みの生徒に、医学部の推薦枠が以前回ってきたことがあるのだとかどうだか。

 十中八九情報源はレイサか凪咲だろうが、そんなことはさて置き。

 それが俺に回ってきたというわけか。


「興味あります」

「なんか反応薄いのが気になるが、まぁいい。重要なのはここからだ」


 その後、先生によって詳細の説明が行われた。


 枠があるのは成凜ノ条大学。

 私立大学だが、この推薦枠自体が奨学金付きの入学を約束されたものであり、学費はほぼ全額免除クラスの恩恵を受けられるそうだ。

 偏差値などは元々俺が志望していた海凰大と比べるとやや劣るが、保証の手厚さはそこの特待生枠と遜色ない。

 それに、どう考えても難易度は下がる模様。

 普通の指定校推薦のように合格ほぼ確定のイージー受験というわけにはいかず、難易度が高いのは仕方のない定めではあるが、それでも海凰大の入試で主席合格を目指していたこれまでの俺にとってはマシな条件だ。

 なんなら、試験日程が違うから落ちたとしても海凰大は受けられる。

 要するにノーリスクでワンチャンス増えただけという事だから。


 断る理由がない好条件だ。

 いや、あまりにも都合が良すぎるほどに恵まれた話である。


 ……え、推薦入試枠? ガチ?


「えぇぇぇぇぇぇッ!? 俺に推薦枠!?」

「おぉぉ!? いきなり大声を出すな!」

「す、すみません! なんだか今になって実感しちゃって!」

「だいぶ反応がラグいな。回線悪いんじゃないか?」

「え?」

「相変わらずノリが悪いな。もういい」


 何故かキレられて腑に落ちないが、そんなこと知ったものか。

 夢にまで見た大チャンスに、大声で叫びたい衝動に駆られる。


 と、そんな俺に逆に引いたのか、少しクールダウンした先生が顔から笑みを消した。

 そのまま真面目なトーンで話し始める。


「今度進路の相談を兼ねた三者面談を実施するのだが、その前にこういう話は通しておくべきだと思ってな。親御さんと相談しておいてほしいんだ」

「それは……そうですね」

「あぁ。入試日程も一般より早まるわけで、準備も何かとあるだろう。……ただ一つ、問題があってだな」

「問題?」


 一瞬で雲行きが怪しくなったため、俺は眉を顰めた。

 

「この枠、当たり前だがまだ確定していない。あくまでこのままの成績を維持できるならもらえる可能性がある、という話だから」

「……成績を落とせば話はなくなるという事ですよね」


 まぁ当たり前の条件だ。

 俺は頷き、わかっていると先生に示した。

 しかし先生の顔色は晴れない。

 それを見て、なんだか嫌な予感がした。

 今この時、この教室の横の廊下を誰かが歩いてくる足音が聞こえたせいかもしれない。

 やけに覚えのある、最悪な流れだ。


「実はこの枠を狙っている生徒がもう一人いて、だな」


 先生が言った瞬間、狙い澄ましたタイミングで扉が開いた。

 現れるのは高身長のイケメン秀才生徒、高木李緒である。

 正直もう予感はしていたため、俺はそいつを睨みつけた。


「この僕もその枠を狙っているんだ。言っただろう? 君の夢は潰させてもらうとね」

「お前が言ってたのは、海凰の入試に被せて俺から特待生枠を奪うって話だっただろ」

「ほぼ同じじゃないか。直近では実力考査と、あとはまだ返却されていない模試でも恐らく君が一番だ。だがしかし、その前はずっと僕が一位を独占していた。君に話があるのに、僕がその枠を奪えないわけがない」

「……お前、医者になりたいのか?」

「考えたこともないな」


 本当に、幼稚な奴だ。

 毎回他人の邪魔をしなければ死ぬ奇病にでもかかっているのだろうか。

 俺が医者になった暁には、まずコイツの頭を見てやりたい。

 可哀そうだ。


 冗談はさて置き、先生も渋い顔でうなずく。

 どうやらこいつもこの枠を狙っているというのは本当らしいな。

 

 だがしかし、だからなんだ。


「要するに、近いうちにある中間試験で一位だった方が推薦枠に大きく近づく、というわけですね」

「あぁそうだ。だから今日話した」


 先生に確認した後、高木に視線を戻す。


「好きにしろ。どのみち、お前みたいな他人の足を引っ張るだけしか考えていない奴に負けるようなら、そんな状態で推薦枠で医学部入学なんて先が思いやられる。今回も負けない」

「言っておくが、先に足を引っ張ってきたのは君だ。あんな化け物みたいな女を僕に寄越してきやがって」


 捨て台詞を吐いて去っていく高木に、もはやイラつきもしない。

 そもそも果子に関しては自分が勝手に求めただけの癖に、俺のせいにしないでほしいものだ。


 丁度今回はコイツに対して、凪咲の悪口の件でも借りがあった。

 まとめて全部清算してやる。

 それに、負けるわけがない。

 ここで勝てば推薦枠はほぼ確定だ。

 本気で夢を追っていて、そして文字通りハングリー精神で生きている俺にとって、こんな絶好の機会で手を抜くわけがない。

 なんなら、ここで全部を出し切ってもいいくらいなんだから。


 しかし、そうか。

 凪咲の事を思い出して少し我に返る。

 引っかかるのは実力考査後の彼女との会話だ。


『私も、海凰を受けます』

『えっ!?』

『ふふ。勿論医学部ではありませんが、難易度的にはそれでも厳しいです。目標は高い方が良いですからね。それに』

『……?』

『海凰大学にはあなたがいるから。それだけで頑張れます。もっと、一緒に居たいから、付いていけるように……、あ』


 凪咲は、俺と一緒に居るために同じ大学を受けようとしていた。

 兄の話も聞いたし今も同じ想いかどうかは知らないが、一旦それはさて置くとして、もし俺が別の大学に推薦で行ってしまったら、どうなるんだろう。

 少しだけ、気がかりだ。

 そんなことを気にしている場合ではないが、考えてしまう。

 凪咲は俺の、かけがえのない友達だから。


 考え込む俺に何を勘違いしたのか、先生が口を開く。


「高木、お前に成績で抜かされてから、目に見えて勉強量が増えたんだ。その努力を買う人間も多くてな。だから今回の話が出てきた」

「なるほど」

「お前の担任としては、熱量や家庭環境も考えて、どうしてもお前に枠を使ってもらいたいんだが、いかんせんそういうわけにもいかんからな」


 まぁ当然だな。

 クラス担任の一存でどうにかなるわけがない。

 アイツの努力の方向性に迷惑を被っている身からすれば「ふざけんな」という話だが、教員たちは知ったことではないだろう。

 合否は学校の評判にも関わるし、同情ではなく可能性の高い方に枠を譲るのは当然。

 何度も言っているが、高木は成績は本当に優秀だから。


「負けないので関係ないですよ」

「枝野?」

「俺がただの無能ガリ勉かどうか、証明して見せます」


 もういい加減このくだりもいいだろう。

 これでアイツとは最後にする。

 完全に心を叩き折って、二度と邪魔しようなどと思わせないようにすればいい。


 資料の封筒を手に、俺は笑った。

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― 新着の感想 ―
推薦って普通に内申点もある訳で……あんな悪意丸出しかつ目標ですらないのに行きたいって言ってるやつは選考から外されるんだけどね。教育者としてあの発言を咎めないのもおかしい
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