第58話 初めての呼び出しに震えるガリ勉
波乱の文化祭も終わり、平穏な日常が戻ってくる。
二日目に幼馴染と少しごたついたが、それ以外は思った以上に楽しめた。
クラスの出し物にも貢献したつもりだし、結果としてもうちのクラスは出し物の中で二番目の評価をもらった。
ちなみに最優秀賞に輝いたのは二年生のお化け屋敷だった。
なんだかんだ、作り込みの差が良く出た文化祭だったため、来年以降はもう少し俺も準備から楽しみたいものだ。
飾りつけを取っ払う様子はなんだか物寂しいものだった。
作る時は長々と一か月近くかかっても、片付けは一日。
校舎も体育館も外も、一瞬で日常に戻る。
そう言えば、結局あの日はあれ以降果子と接触していない。
そもそも数日経った今の今まで、会話すらしていないくらいだ。
レイサと話して我に返ったのもあるが、俺からも話そうとはしなかった。
あの時変に考え込んだのは、きっと綿菓子というトリガーから昔の事を思い出したせいだろう。
なんだかんだ過去の記憶は補正もかかるし、嫌な事ばかりじゃない。
そのせいで変に同情してしまったらしい。
それに、あの後丁度目の前のトイレから出てきた山吉に話を聞いたが、果子は外の直射日光のせいで熱中症気味になっていたらしい。
保健室に行ったと聞いたため、そこにわざわざ嫌われている俺が顔を出すのもアレなので、どっちみち話す機会はなかったのだ。
さて、そんなわけでガリ勉な生活が戻ってきた。
天気も良く、風が心地良い秋の朝。
そんな両手を上げて喜ぶような絶好の勉強日和に、俺は目の前のメモ用紙を見てフリーズしていた。
『枝野 昼休み13時 職員室まで』
短く書かれた、所謂呼び出しメモに冷や汗が止まらない。
高校に入ってから初めてされる呼び出しで、俺はビビりまくっていた。
どうしよう、思い当たる節がない。
自分で言うのもなんだが、品行方正で成績も優秀な俺だ。
課題未提出や授業中に寝て先生の怒りを買う事なんてない。
暴力行為や校則を破るような真似も勿論していない。
そもそもうちの高校の校則は緩めだし、破りようがないくらいだ。
だからこそ、何故呼び出されたのかわからなすぎて恐怖が止まらない。
と、そこで視界の端に教室で鼻歌を歌いながら小躍りする、帰国子女の美少女を見つけた。
俺は思い切って席を立ち、そんな彼女の元に行く。
「あの、レイサ」
「オー、ツクシじゃん。どしたノ?」
気づくなり眩い笑みを浮かべてくれる彼女に、周りの男子が数人殺気づく。
がしかし、慣れたものなので今更この程度じゃどうもない。
俺は持ってきたメモをポケットから取り出すと、レイサに見せた。
「なぁ、これどういう意味の呼び出しだと思う?」
「なンか普通に話あるんじゃネ?」
「なんの?」
「……へェ、ツクシが考えてるコトわかったよ。ツクシ、アタシが不良生徒だから呼び出され慣れてると思ってるでしょ」
「ギクッ」
「オイオイ、口に出しちゃダメでしょー」
図星過ぎて思わず声が出た。
レイサと言えば、つい最近までは赤点常連だった紛う事なき不真面目生徒だ。
現によく先生に怒られているし、呼び出された経験があると思ってしまった。
失礼な心の内を暴かれ、俺は謝る。
「ごめん」
「アタシのコトをなんだと思ってるノ。呼び出されたコトなンか、5回くらいしかないカラわかんないよ」
「いや結構あるじゃないか」
「ナハハー。ソレほどデモー?」
楽しげに笑うレイサに呆れた。
さっきの謝罪を返してほしい。
入学して半年で5回って、毎月のように呼び出されてるじゃないか。
もはや超問題児の域だろ。
「はぁ、やっぱり常連だったのか」
「ア、今やっぱりって言ったッ!? 酷ーい!」
「どっちがだよ」
二人で中身のない馬鹿話をしていても仕方がないため、俺は頭を抱える。
どのみち、俺はレイサと違って怒られるような生活はしていない。
あまり参考にはならなさそうだ。
「まァ別に怒られると決まったワケじゃないよ。……他に要件も思い当たらないケド」
「あぁ、不安になってきた」
「ついて行ってあげようか?」
「いいよ。そんなことしたら昼休みに凪咲が一人になるだろ」
「確かに、ナギサは放置すると泣きだすからネ~」
まるで幼児みたいな扱いをされている凪咲が少し不憫だ。
とは言え、俺もこの程度でビビっていては恥ずかしい。
昼休みの勉強が邪魔されるのが若干嫌だが、とりあえず行かないことには話が進まないわけで、腹を決めるしかなさそうだ。
大した要件じゃないといいな。
◇
というわけで待ちに待った昼休み。
俺は震えながら指示された職員室に向かった。
そして中に入るや否や、呼び出した張本人である担任が額の汗を拭いながらやって来る。
「おぉ枝野、早かったな」
「いえ、それで何の話ですか……?」
「よし、少人数教室を借りたからそっちで話すぞ」
「へ?」
まさかの二段構えの目的地提示で、驚いた。
それと先生が持つ、何やらずっしり重量感のある封筒に視線が釘付けになった。
これは一体何なんだ。
あと、なんでこの人は要件をなかなか言わないんだ?
全てが不可解過ぎて緊張感が爆上がり。
背中や脇までびっちょり汗をかいて寒くなってきた。
不信感に怯える俺を他所に、先生はすたすたと進んでいく。
良くも悪くも先生と大した接点があるわけではないため、なんだか二人でいると緊張した。
そんな俺の気持ちなどつゆ知らず、先生は少人数教室の鍵を開けて中に入る。
その後ろを俺はついて行き、促されて席に座った。
と、机を向かい合わせにして前に座った先生は、封筒に手をかけ、そして俺を真っすぐに見つめる。
そのまま、何故か先生も若干緊張感のある面持ちでニヤリと笑みを浮かべた。
「枝野」
「はい」
「医学部の推薦入試枠に、興味はないか?」
予想外の言葉が、二人だけの室内に妙に響いた。




