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第57話 幼馴染の勘違いと全てすれ違うガリ勉

 文化祭二日目の朝、凪咲は嫌な予感がしていた。

 理由はふと教室内で目が合った周果子だ。

 なんだかとても悪意のこもった視線を向けられた気がして、凪咲はこれまでの出来事を踏まえて少し身構えた。

 今日、何かが起こるかもしれないと、そんな不安感に襲われたのである。

 

 というわけでクラスメイトから解放された後、凪咲はミカの元に駆け寄った。


「あの、西穂さん」

「雨草さんじゃーん、どしたのー?」


 以前筑紫の家での打ち上げの際、凪咲はミカの素の態度を確認している。

 そのため、あからさまな外面に少し苦笑しつつ、口を開いた。


「周さん、どこに行ったか分かります?」

「……わかんないから探してくるよー。あ、そう言えばあたしも用事あったから、午後のシフトまで一緒に居とくねー」

「ありがとうございます」


 凪咲はあくまで彼女の動向について気にかけて欲しいな、くらいの気持ちで言った。

 だがしかし、察しの良いミカはすぐに状況を把握し、果子の監視を買って出た。

 その事実に、凪咲は罪悪感を覚える。

 ミカだって人生一度きりの女子高生だ。

 文化祭を友達と楽しみたいと思っていても、不思議ではない。

 それに凪咲はこの準備期間からずっと、ミカが果子に張り付いて様子を見ていたことに勘付いていた。


 だけど、それでも言わなければならないと使命感に駆られるほど、妙な胸騒ぎがしていた。

 そしてもし万が一、あの幼馴染が筑紫に接近すればそれはレイサにとっても好ましくないことになる。

 ミカとしてはそれが何より困るだろうから。


「……今度お詫び、しないといけませんね」


 颯爽と歩いて去っていくミカを見送りりつつ、凪咲は一人、そんな言葉を漏らした。





 ミカは凪咲に言われた後、すぐさま校舎外に出た。


「あの人の性格的に、校舎内に留まることはしないでしょう。かと言って大通りに出ると他校の男子も多い今日はナンパされてウザい……となると、中庭の通りが一番確実か」

 

 ぶつぶつと自分の分析に基づいて行動を予測しながら探すミカ。

 そしてその考えは正しく、ものの数分でミカは周果子の姿をとらえることに成功した。

 元々凪咲に言われるまでもなく果子を監視する予定だったため、ミカは彼女に声をかけられたときに少し驚いた。

 まさか、そんな申し出を彼女の方から匂わされるとは思わなかったのだ。


「流石に校内二位の秀才は伊達じゃないですね」


 誰にも聞かれない声量でこぼしながら、少し笑みも漏らす。

 しかし、すぐにその笑みは失せた。

 ミカは目の前の光景を見て、すぐに自分の到着が遅かったことを察する。


 綿菓子の屋台を前に、既に果子は筑紫と合流していた。

 半径10メートルくらいは小声の会話もギリギリ聞き取れるミカは、物陰からひっそりと二人を見る。

 どうやら、たまたま同じ物を買おうとして遭遇したらしい。

 どんな偶然だと、ミカは頭を抱える。

 あるいは運命なら……と、顔を引き攣らせざるを得ない。

 

 歩き始めた二人は会話も少なく、言葉を交わしてもすぐに喧嘩っぽい雰囲気になっている。

 とてもじゃないが、仲睦まじい様には見えなかった。

 だけど、問題はそこではない。

 

 ミカはファストフード店での出来事を、他のメイド仲間から仕入れている。

 そこでどんな会話が行われていたのかも、それなりに知っているのだ。

 ここ数週間果子といた時にそれとなく話を探ったが、その時も彼女が自慢げに筑紫を馬鹿にしていたことをゲロってくれたし、ミカはあの二人がどういう関係なのかを、かなり高い解像度で把握していた。

 そのため、この接触は何としてでも阻みたかった。

 自分がもう少し早く果子を見つけ出せれば、普段のように意味の分からない要件で呼びつけることも可能だったのに。


 ここ最近、果子にはかなりのだる絡みをしてきた。

 つい昨日のやり取りには、自分でも吹き出しそうになってしまう。

 なんだ、練乳とミルクを間違えるって。

 そんなミスをするわけないだろう。

 それも、何年もお屋敷で仕事をこなしてきた本職のメイドが。


 周果子に付き纏っていたのは、変な行動を起こさないかを見張るためである。

 ミカは果子が凪咲に対して悪意を抱いている事に気付いていたため、特にその辺に注意していたのだ。

 実際、何度か怪しい動きはしていたし、きっと凪咲の衣装にいたずらでもする気だったのだろう。

 ミカにはお見通しだった。


 と、そんなことを考えながら次の策を練っていると、二人がそのまま綿菓子を食べ終えて場を離れてしまう。

 追うしかないため、ミカも後をつける。


 しばらくすると、二人は知らない他校の女子生徒と話を始めた。

 内容はなんというか……枝野筑紫らしい言葉足らずのすれ違いが生んだ、痴話喧嘩。

 ミカはジト目でそれを見つつ、そしてそのまま果子が逃げるように走り去るのを確認した。

 すぐさま果子の方を追おうとしたが、ミカは筑紫の顔を見て思いとどまった。


『追いかけなくていいの?』

『いいよ。アイツ、俺の事が心底嫌いらしいから。高校に入ってから散々嫌がらせされてきたし、アイツも俺の顔なんか今日はもう見たくないだろ』

『……じゃあ私が行ってくるよ。事情は何となく察したし』

『え?』


 もう一人の女子にも置いて行かれた筑紫は、見たこともないくらい落ち込んだ顔をしていた。

 今にも泣きそうな、心を絞めつけられた人間の顔。

 その元凶は考えるまでもなく、周果子である。

 

 悩んだ末、結局溜息を吐きながら二人を追う筑紫に、ミカは思わずにはいられなかった。


「追いかけてはいけませんよ、枝野筑紫。……職権乱用ですが、仕方ありません」


 ミカは心の中で凪咲に謝罪しつつ、そのまま仕事用のスマホでレイサに電話を入れた。

 緊急時くらいにしか使わない端末なため、仕事中にも関わらずすぐに出てくれた。


『どうしたノ!?』

「急ですみません。レイサ様、今すぐ特別棟へ向かってください」

『ハ? なんで』

「でないと枝野筑紫が傷つきます」

『!? ……わかった』


 ミカは先ほどの筑紫の顔を見た際、これ以上は見過ごせないと思った。

 会話している時も筑紫の顔はミカには限界に見えていた。

 これ以上果子を追っても、筑紫が傷つくだけなのは目に見えている。


 それに、話の内容もある。

 あれは……ヤバい。

 果子が筑紫との勘違いに気付き、それで彼に対する態度を改めようものなら、レイサと筑紫の関係が危うくなる。

 筑紫は誰の目にも幼馴染に甘いし、果子を許して関係を回復させる可能性がないとは言い切れない。

 レイサの恋路を応援する身としては、果子には悪いが阻止させてもらわなければ困るのだ。


 そして、この詳細はレイサにも伏せる。

 彼女には仕組んだという罪悪感もなく、純粋に筑紫のそばにいて欲しいから。

 ミカは自分が一人で背負えば、それで良いと考えていた。


『ありがとうネ』

「感謝なんてやめてください。ここ数日、人前での事とは言えどレイサ様を揶揄い過ぎました。目に余る行動でした。申し訳ございません」

『エェ? 別にいいよ、アタシも怒ってないし。ちょっと新鮮で楽しかったから』

「寛大な心遣いに感謝します。では、急いで」


 友達を装ってレイサに言っていた文句の八割は、正直普段の彼女の自分に対する扱いへの、ちょっとした意趣返しのいじりではあった。

 だがしかし、ミカはその本音には触れなかった。

 微妙な笑みを浮かべつつ、話は終わり。


 感謝だけ述べた後、すぐにミカは電話を切る。

 凪咲には悪いが、ミカはレイサの専属メイドだ。

 こういう時はご主人様に蜜を吸ってもらう。

 弱ったところにところにレイサを当てるのは公平ではないが、知ったことか。


 と、開き直った後にミカは思案した。


「……勘で言いましたが、特別棟じゃなかったら絶望ですね。私も向かいましょう」


 



「どこだよアイツ……!」


 果子を追った俺は、特別棟を歩きながら頭を抱えていた。

 追いかけたはいいものの、一向に見つかる気がしない。

 なんとなく人気の少ない場所に来たが、本当に誰もいない。

 いなきゃ困る奴の姿すらないのでは本末転倒である。


 結局俺は自分の気持ちの整理もつかずに来てしまった。

 会ったら何を話そうか。

 何も考えられていない。

 というか正直、会うのも怖い。

 口を開けば嫌な事ばっかり抉ってくる奴だし、本音を言うとあまり会話もしたくないのだ。


 とかなんとか思っていると、背後から足音がする。


「果子――じゃなくてレイサか!」


 一瞬探し人かと思ったが、現れたのはレイサだった。

 安心する顔で正直ほっとした。

 ついテンションが上がってしまう。

 と、そんな俺にレイサは噴き出した。


「ナニソレ。そのタイプの反応で、人違いした後に喜ぶ人初めて見たンだケド」

「べ、別に喜んだわけじゃ」

「ン? アタシに会えて嬉しくないノ?」

「それは嬉しいよ」

「ッ! アーもう……ハァ」

「っていうか、なんでいる? 教室は?」


 制服姿だったから聞いたら、レイサははにかんで見せる。


「ちょっと早いけど疲れたから上がらせてもらったノ。まァ働いたしイイでしょ」

「テキトーだな」

「そんなコトより! ……暗い顔してドーしたノ?」


 言われて俺は考え、黙った。

 表情が暗い理由なんか言うまでもなくアイツのせいである。

 しかし、一瞬迷ったがすぐに話す事にした。

 なんだかレイサには、聞いてもらいたかった。


「実は……」


 今日久々に顔を合わせたことや、そこであったやり取り。

 何故か一緒に綿菓子を食べた事とその後、山吉という旧友?に遭遇して揉めてしまったことまで、内容含めて全部。

 洗いざらい話した。


「……アイツ、ナニも説明しないで」

「え? なんか言ったか?」

「こっちの話! ってか、そんなコトがあったンだネ」

「悪いな。聞かせてしまって」

「ウウン。アタシが聞いたカラ。ソレに、話してくれて嬉しい」


 二人で窓の手すりに腕を置きながら外の景色を眺める。

 と、レイサは笑いながら言った。


「周サン、ツクシのコトが好きなんじゃないノ?」

「……」


 言われて俺はレイサの顔を見る。

 そうだな。

 今まであったことを考えると、誰でもそう思うはずだ。

 現に俺だって、そう思っていた。

 あの夏のファストフード店でのやり取りをするまでは。


「俺もずっと、アイツは俺に好意があるんだと思ってたよ。でも違うんだってさ。童貞はキモいし無能ガリ勉の俺を好きになるとかありえないんだと。勘違いも甚だしいってさ。本人がそう言うんだからその線はないだろ」

「……照れ隠しカモ?」

「誰が照れ隠しで別の奴と付き合ってその……アレなんだ? それに、何をどう考えたら本命にそいつを見せびらかそうと思うんだ? 俺が振り向いてくれないから嫉妬でもさせたかったのか? はは、まさか」

「確かにソレはないか。……イヤ、あの人ならワンチャンない?」

「仮にそうでも、どうでもいいよ」


 俺は十分向き合ってきた。

 どれだけの時間をアイツに注いできたと思っているんだ。

 あそこまでサンドバッグにされても相手していたのは、アイツが俺に好意を持っていると思っていたからだ。

 それと、俺も大事に思っていたから。

 あんなのでも幼馴染だ。

 ガリ勉になっても唯一話してくれる友達で、昔はどんなに邪魔されてもそう思っていたんだけどな。

 全てを壊したのはアイツの方だ。


 ファストフード店でのあの日だって、俺は優しくしてくれってお願いしたんだ。

 でもアイツは嘲笑って一蹴した。

 あれ以上、俺はどう接すればよかったんだよ。


「追いかけてたンでしょ? もういいノ?」

「あぁ。今は、レイサといるから」

「え?」

「せっかく一緒に居るのに、わざわざこんな愚痴に付き合わせてさ。これ以上はもういいよ。それに目が覚めた。ありがとう、落ち着いた」


 果子と話しても何もない。

 さっき話していた時もそうだが、やっぱりアイツにとって俺はサンドバッグでしかない。

 模試の後にあんな会話をしたのに、それでも何も変わっちゃいない。

 俺自身のせいもあるのだろうが、そんなに気に入らなければ近づいてこなければいいだけの話だ。

 

 と、レイサは最後に聞いてきた。


「ネェツクシ」

「何?」

「なんで中学の時、周サンに山吉サンとの事を説明しなかったの?」

「それは……」


 俺はアイツにその手の質問をそれとなくされた時、詳細ははぐらかしていた。

 それには理由がある。

 恥ずかしい、男のプライドだ。


「……勉強教えるのに裏でそんなに努力してるのがバレたら、ダサいだろ。努力ってのは陰でやるからカッコいいんだよ」

「……オトコノコだネ」

「馬鹿だって思っただろ」

「まァネ」


 案外、そんなものである。

 でもそのちんけなプライドが、当時の俺には大切だったのだ。

 自分の事を好いてる奴に、カッコつけたかっただけである。

 だって、『あなたの為に他の女子に勉強習ってます』とかヤバいだろ。


 そもそも初めは、山吉にだって説明してなかった。

 アイツは俺が果子に教えるために勉強の話をしていたのを途中から察していたが、正直誰にも言うつもりはなかった。


 まさかそんな勘違いを生んでいるとも思わないからな。


 なんだよ、俺と山吉が付き合うって。

 どう見てもアイツ、俺の事意識すらしてなかっただろうが。


 俺は微笑むレイサを見て、力無く笑い返した。

 あぁ……落ち着く。

 二人でいると、心から安心できる。

 本当に、今この子に会えてよかった。


「ありがとう、レイサ」

「……なんなのマジ。変だよツクシ」

「そうかな」


 その後しばらく、俺とレイサは二人で話した。

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