第53話 上手くいかない幼馴染はガリ勉との過去に思いを馳せる
【果子の視点】
「凪咲ちゃん! 今日も可愛いよ~っ!」
文化祭二日目。
教室に響き渡る女子の大声に、朝からウチは顔を顰める。
午前のシフト組が既にメイド服に着替えていて、クラスメイトはそれを囲むように盛り上がっていた。
過剰に持ち上げる女子と、それに馬鹿みたいに乗っかる男子。
そして何より、中央で笑っている雨草本人にもイラっとした。
ウチは猫かぶり系の女子が大の苦手だから仕方ない。
裏では筑紫に尻尾振りまくってるのも知っているから、尚更あの謙遜ぶりが気に障るのだ。
何がムカつくって、こういうこと思ってるとウチの方が性格悪い感じになるじゃん。
それが陰湿で悪質だと思うわけ。
結局、アレを清楚だって騒いでるのは馬鹿な男だけなんだから。
今も男子の視線は雨草の……主に下半身に集中している。
ミニスカなおかげで普段は見えない太ももまで露わになっているから、男どもはこぞってガン見していた。
本当に、吐き気を催すキモさだ。
まぁただ、男子の全員が見ているわけでもなかった。
彼女持ちの数人はあまり興味なさそうに、スマホを見ていたりもする。
そして何より、あの李緒君も真顔で興味なさげだった。
ここ最近ダダ下がりだったあのクズ男への評価が、ウチの中でほんの少し回復する。
そうそう、アレなんだよね。
プライドが高くて他責思考の超キモい早漏負け犬だけど、女に目移りするタイプではない。
普段イケメンだと騒がれているから、案外事足りているのかも。
それで思い出したけど、今日の李緒君は制服姿だった。
昨日はメイド服を着て看板娘として入り口前にスタンバってたのに、流石に恥ずかしくなったのかな。
実際ガチでキモかったし、当たり前か。
「果子ちゃんも今日は午後からお願いねー。それまではテキトーに時間つぶし解いて」
女子に言われ、ウチは思う。
この文化祭、何か全てが思うようにいかないんだよね。
まずはじめに、計画していた雨草への嫌がらせも結局実行できなかった。
というのも、なかなか一人になれる時間がないのだ。
いつも丁度いいタイミングで邪魔が入る。
「周さーん、今日はあたしも頑張るからよろー」
「……チッ」
明るく言ってきた西穂が背を向けた瞬間、ウチは舌打ちをした。
そう、全てはアイツのせいだ。
ウチが何かしようとしても、アイツが意味不明なミスばっかりするせいで全部尻拭いに時間を奪われている。
もはや狙ってるのか?と不安になるほどことごとく邪魔ばっかりされて、本当にあの女の事が大嫌いになった。
シフトタイミングが全て被っているせいで、今日の午後も明日も一緒に作業しないといけないのが本当に地獄。
しかも謎に好かれてるっぽいのが余計に面倒くさい。
毎回ウチに話しかけてくるし、無視するわけにもいかない状況を作ってくるのがタチ悪いのだ。
クラスメイトがそれぞれ動き出す中、教室中央ではまだ数人が雨草に絡んでいた。
その会話が薄っすら聞こえる。
「雨草ちゃん、今日も筑紫君来てくれるといいね」
「来ないと思いますよ? それに、別に彼とは何もないので……」
「あ、じゃあレイサの方?」
「そういうわけでも、ないと思いますけど」
女子に聞かれ、歯切れ悪くそう言う雨草。
そう言えば昨日、あの幼馴染と金髪性悪女がやって来ていたのは知っている。
やけに仲良さそうだったし、本当に何もないとは言わせない。
そもそも金髪の方は、150億%筑紫の事を好いてるし。
と、遠めに雨草を睨みつけていると目が合った。
そのまま彼女は、ふっと薄く笑みを浮かべた……ような気がする。
「……ふーん、煽ってんの? 自分の方が頭良くて顔も良いからって?」
やっぱりあの女は嫌いだ。
何が何でも恥をかかせてやりたい。
それで筑紫や他の盲目馬鹿男どもに軽蔑されればいいんだ。
ウチの中で、また一つ雨草や筑紫に対してのヘイトが溜まった。
もし叶うなら、この文化祭中に何かやってやりたい。
◇
午前の文化祭は一人で回ることにした。
女子の友達や男子から誘われもしたけど、特に一緒に回りたいとは思わなかったから今日は一人。
別に友達がいないわけではない。
あと、やっぱりウチはモテるらしい。
久々に男子から声をかけられて、ちょっと嬉しかった。
しかも運動部でそれなりに顔も良い奴だったから、優越感がなくもない。
まぁ興味ない男子と遊んであげるほど暇ないんだけど。
正直、声をかけてきたのが陰キャのブスとかだったら萎えていた。
その程度の雑魚にイケる女だと思われたら普通にイラつきが勝つから。
にしても、本当にどこもカップルばっかり。
外部の男子校の生徒がナンパ紛いの事もしてるし、実際ウチもさっき捕まった。
文化祭期間で男女がくっつくのは色々見てきたけど、当日まで出会いの場として機能しているのが何だか新鮮だった。
楽しかったんだろうな。
彼氏と一緒に回って、一人で歩いてるゴミ陰キャの童貞達を傍目から眺めるのは。
大通りは外部の生徒が多く、話しかけられても鬱陶しいから中庭に回った。
こっちは部活生が多いようで、また違う雰囲気だった。
と、学校で配布されていたマップを見ていると、一つの屋台に心を惹かれる。
「わたがしかー。なつ」
綿菓子の屋台があることに気付き、ウチはそのまま過去の事を思い出した。
アレはウチが小五の年の夏休みである。
あのガリ勉の筑紫を何とか説得して祭りに連れ出したんだ。
初めはいつも通り渋って見せた筑紫に、せっかく用意した浴衣が無駄になるのかと泣きそうになったんだっけ。
今思えばなんであんな奴を誘おうと思ったのかはわからないけど、結果としてその年は一緒に行くことができた。
普段はガリ勉で、既にウチが好きだった幼馴染は死んでるも同然だったけど、あの日だけは昔みたいに明るく楽しんでいたのを思い出す。
そして、そんな横顔がなぜか自分の事のように嬉しく感じていた。
昔の筑紫は可愛げもあったし、ウチのお願いも聞いてくれていたんだ。
つくづく、なんでこんな関係になったんだろうとため息が漏れる。
きっと、筑紫が医者なんか目指さなかったらあのままだった。
ずっと仲良しで夏はお祭りとかも行って、今日みたいな文化祭もきっと一緒に回っていただろう。
それで周りに付き合ってるの?とか聞かれて。
で、それにウチは首を振る。
ウチの方からは絶対の絶対にないけど、アイツから告白してくるんならまぁ付き合ってあげても良い。
そんな関係性だったと思う。
綿菓子の屋台を目指しながら歩く最中、あの忌々しい幼馴染の顔が頭から離れない。
模試の後、見たこともない顔で切り捨てられた。
これまで積み重ねた関係がなかったことのようにされて、ショックだった。
自分が勉強ばっかりでウチのことを蔑ろにしたり、他の女とイチャイチャするから悪い癖に。
ちょっと揶揄ったくらいでキレ過ぎなんだよアイツ。
っていうか、この前ウチのことなんか好きになったことないって言ってたけど、それは絶対に嘘だと思う。
それこそ夏祭りに行った小五の時、同じ綿菓子を一緒に食べてアイツは確実に照れていた。
耳まで真っ赤になっていて、こっちまでドキドキしたんだもん。
忘れたとは言わせない。
……そう思うと、全部中学の終わり頃から狂った。
アイツが山吉とか言う成績だけの女に勘違いしたせいで、ウチの事も蔑ろになったに違いない。
今だって、七村や雨草のせいで調子に乗ってるんだ。
あぁ、本当に腹が立つ。ガチウザい。
第一、中三の時の山吉文乃と筑紫はかなり距離が近かった。
どっちかが好意を持っていなかったらあり得ない距離だ。
なんだか嫌な事まで思い出してしまったから、首を振ってリセットする。
そんなこんなで歩いてようやくお目当ての屋台を発見した。
大して人気がないのか、人は並んでいない。
好都合だと思ってそのままウチは歩いて行った。
と、先ほどまで変な事を考えていたから引き寄せられたのかもしれない。
綿菓子を購入しようとすると、丁度そこには。
「つ、筑紫?」
「果子……」
何故かぼっちで綿菓子を購入しようとする、キモくて冴えない幼馴染がいた。




