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第48話 幼馴染は危険人物につき

 教室内はパーテーションで遮られており、奥では裏方の男子やメイド役以外の女子が作業している。

 大体俺達のクラスも似たようなものであるため、微笑ましいところだ。

 しかし、なんだかやけに慌てているような物音が聞こえてくるのは気のせいだろうか。


「結構少数で回してるンだネ」

「メイドは5人ずつのシフト制なんです。今日はお昼で交代なので、私は午後はずっとフリーですよ!」

「メイド服着てる人は4人しかいないように見えるんだけど」

「あー……」


 計算が合わないからそう聞いたが、答え合わせはすぐにできた。


 パーテーション越しに聞こえる怒声は、よく聞き慣れたものだったから。


『だーかーら! ミルクって言ってんじゃん!』

『え? 入れてるよ?』

『それトッピング用の練乳! ウチが入れろって言ってんのはコーヒー用のミルク!』


 恐らく俺の幼馴染と思しき存在から放たれる声に、外の俺達は苦笑いを浮かべる。

 何をやっているんだアイツは。

 甘い空間に似合わないトーンに、客も若干引いている始末だ。

 しかし俺達がそんな風に思っていることなど関係なく、果子の怒りは収まらないようで、その後もさらに怒鳴り声が続いた。


『もういい! ウチがやる! あんたほんっと使えないんだけど!』

『ごめんって~』

『うるさい雑魚! あんた、普段家事とかやんないの? 信じられないんだけど』

『メイドのご給仕とか経験あるわけなくない? ウケる』

『うっぜ! 西穂……あんた、覚えとけよ』


 どうやら口論の相手は西穂ミカだったらしい。

 あまりの剣幕に果子と幼馴染の俺も、ミカと友達のレイサも気まずくて仕方がない。

 知り合いの醜態に何故こんな時まで頭を悩ませなければいけないのか。

 最近は勉強に集中していたようだし接点もないから、この間に少しは心を入れ替えたかと思っていたが、流石の幼馴染である。

 アイツの辞書に成長という二文字はなさそうだ。


 あと、家事をしないのはお前も同じだろうと思った。

 俺の記憶にある幼馴染に、家事スキルは皆無だからな。

 甲斐甲斐しい一面など想像もできない奴だし。


「……口悪いなアイツ」

「……白々しい子」


 ぼそぼそと独り言を二人で漏らし、互いに溜息を吐いた。

 

 それはそれとして、働いている凪咲を見る。

 既に廊下まで列になっているらしく、外で立っている高木が苦しそうだ。

 どうやらそのほとんどが凪咲目当てなようで、流石の人気と言える。

 学内人気屈指の美少女のメイド姿を一目見まいと、もはや廊下のすりガラス窓越しから覗くやつもいる始末。

 話せる上にこんな姿を見られる機会もないため、普段接点のない男子がこぞってやってきているのかもしれない。

 特に、上級生が多いイメージだ。


 先ほど頼んだ紅茶を啜りながら、なんとなく思う。

 毎日一緒に居るが、やはり凪咲の人気は本物である。

 そして恐らく、午後は午後で今度はレイサの姿に同じことを感じるのだろう。

 きっと今と同じような現象がうちのクラスでも起こると予想できるからな。

 友達とは言え、俺とは住む世界が違う人達なのだ。

 なんとなく、遠い存在に思えてきた。


「ラッキー! 凪咲ちゃん目当てで来たけどレイサちゃんもいるじゃん!」


 新たに入ってきた男子グループの一人の声に、レイサが苦笑を漏らす。

 人気者もこう見ると大変そうだ。

 

「はァ、なンかごめんネ」

「え、何が」

「イヤ、アタシと二人だと目立つからサ」

「昼休みなんか学食で一緒につるんでるんだし、今更だろ」

「でも今は二人きりじゃん。デートみたいなもんだよ?」


 言われて気づいた。

 凪咲が接客で席を外している今、周りから見たら俺とレイサが二人きりで文化祭デートをしているように見えるかもしれない。

 思わず恥ずかしくなって、顔を背けてしまった。

 

「ナニ~? 照れてんノ?」

「それは……そうだろ。別に今に始まったことじゃないけど、改めて思うとそりゃな」

「エ」

「自分で言っといてなんだその反応」


 そりゃ俺だって男だ。

 こんな可愛い子と一緒に居て照れないわけがない。

 デートと言われて改めて意識してしまったが、さっきからずっと浮ついた気分ではあった。


「レイサと一緒に居るのは、流石に慣れないぞ」

「ご、ゴメン」

「なんで謝るんだよ」

「イヤその……なんとなく」


 周りから定期的に針の筵に遭ったり、揶揄われることがあるからってのも慣れない理由の一つだ。

 というか、そもそも俺には女子への耐性がない。

 果子や他数人としか会話してこなかったし、勿論誰とも恋愛的な絡みなどなかったのだ。


 そこに急に二人と出会って、それでかなり密接な関係を動揺なく築けたら逆に天才だろう。

 俺にその手の才能はなかった。


「な、なんかツクシっていつも急だよネ」

「いやいや、レイサの可愛さにはずっと慣れてなかったから急じゃないけど」

「その話ではなく! っていうか、そういうトコなんだケドナ〜」


 尻すぼみに声のトーンを下げながら紅茶に口をつけるレイサ。

 そこで気づいたのだが、今日のレイサはメイクをしているらしい。

 いつもより少しだけ顔が違う。


「メイクしてるんだな」

「フッフ、まだまだだネ。アタシは普段もしてるんだよ」

「マジ?」

「ナチュラルメイクって感じで薄くだけどネ。流石に気づけないかァ」

「ご、ごめん」

「アハハ、謝ってばっかじゃんアタシら」


 と、そんなこんなで話しているときだった。

 騒動にきりがついたらしく、裏から顔を見せた五人目のメイドと目が合う。


「……おかえりなさいませ~」


 このクラスはマニュアル順守が厳しく義務付けられているのか、果子は目を細めながらそう言ってきた。

 顔は全くウェルカムではないが、一応メイドの体は保つらしい。

 そのまま他の客の所にコーヒーを持って行ってしまった。

 それでも悪態をついてこなかったあたり、アイツにしてはマシな反応だったかもしれない。


 戻ってきた凪咲に、レイサが俺達にだけ聞こえる小声で耳打ちする。


「……周サンに教室でなンかされてない?」

「はい、大丈夫です」

「そっか。でもま、気を付けるに越したことはないカラ」

「わかってますよ」


 ナチュラルに危険人物扱いされている幼馴染。

 俺も最後のやり取りは殴りかかられたアレだし、文字通り危険には違いないから残念なものだ。

 しかも陰湿な奴だし、裏で凪咲に何かしようと企んでいても不思議ではない。


 今後もよく注意しておかなければならない。


 それにしても、こんな時までアイツと居合わせるとは、運命もいたずらなものだ。

 不運なシフト分担に俺は一人、ため息を吐いた。

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