第45話 幼馴染は嫉妬に駆られ、再び策略を練る
【果子の視点】
なんか、思ったより点取れてるんですけど。
英語の授業時間のこと。
ウチは目の前の小テストの答案を見て、そんなことを思った。
先日行われた小テストの採点結果が早速返ってきたんだけど、これが54点となかなか悪くない数字。
つい先月の実力考査で赤点だった事を考えると、小テストとは言えこの学校の問題で半分を超えたのは悪くない。
それも、筑紫や李緒君の力を借りたわけでもなく、自分一人で取ったからこそ意味がある点数だ。
あの模試以降、筑紫の言葉をきっかけにウチは本格的に勉強に向き合うようになった。
学校の授業や課題は勿論、自習だって量よりも質を意識しながら取り組み始めて数週間経つ。
確実にそれが身に付いているのを、ウチはこの結果で確認できた。
だけど、緩みかけた頬にはっと首を振る。
ウチの喜びを妨げたのは、以前自分が幼馴染にかけた言葉だった。
ウチは以前、毎日十何時間も勉強して成績を落とし続けていた筑紫に対して、ダサいと言い放った。
他にも要領が悪いとか効率が悪いとか、そんなことを言ったし、なんなら実際に今でも思ってる。
そして今、今度はその言葉がウチに牙を剥いていた。
ここ最近のウチの平日学習時間は5〜6時間。
そもそもスマホを没収されていたり、彼氏と別れているから他にする事がないと言うのはさて置き、生活の大半の時間を勉強に費やしているわけだ。
そんな中でたかが54点って、どうなんだろう。
もしかしてウチって、要領悪いアホの子……?
すーっと、冷や汗が流れた。
いやいや、そんなわけないか。
ウチはまだ勉強を始めて数週間で、何年もやって伸び悩んでいた筑紫とは違う。
まだ慣れていないだけだ。
きっとすぐに、飛躍的進歩を遂げるはずだもん。
ウチの地頭が悪いワケがない。
この偏差値の高い進学校に入学できてるのがその証拠だ。
しかも中学時代に真面目に勉強したのは、受験期だけだし。
憎々し気にテスト用紙を眺めながら、ウチは一人でそんなことを考えていた。
今はただ、あの幼馴染をわからせることしか眼中にない。
◇
十月という事で、最近は文化祭の準備に追われている。
ウチの3組はメイド喫茶をするため、多少女子の負担が重め。
だけど最近の勉強漬けのウチにとっては、逆にそれが少し気分転換になっていた。
放課後、ウチら3組の何人かの女子は借りた少人数教室で用意を進める。
いわゆるメイド役に抜擢された側、という面子だ。
クラスの中から大体半分くらい、メイド役として選ばれているが、この選定基準は間違いなくルックス。
勿論ウチも意義なく早々に選ばれたわけで、それがここ最近ボロボロになっていたメンタルを若干回復させた。
だけど、あいつさえいなければウチはもっと気分が良かったはずだ。
今も女子達に囲まれている一人の女を見て、舌打ちが零れそうになる。
「うちのクラスの看板は雨草さんだから!」
「頼りにしてるよ、凪咲ちゃん」
「は、はい……」
雨草凪咲。
今も女子達に着させられた本番のコスプレ衣装を身に纏い、チヤホヤされているぶりっ子だ。
自分が一番かわいいと自覚しているはずなのに、妙に謙遜しているように見せてくるのが本当にウザい。
ムカつく。
キモい。
ガチで見ててイライラする。
あいつがいるせいで、ウチらは全員引き立て役だ。
実際顔が可愛いのは事実だけど、そんなに持ち上げるほどだとは思えない。
何故なら、あの女は枝野筑紫如きに尻尾を振っている馬鹿だから。
男ならたくさんいるのに、よりによって筑紫目当てとか意味が分からな過ぎてキショポイントさらに加点だ。
そう思ってるのはウチだけじゃないし、あの女が筑紫と絡み始めて明確にファンの男も減っている。
いい気味だ。
ミニスカートが慣れないのか、裾を握ってもじもじしている雨草凪咲。
それを見て取り巻きの女たちが騒ぐ。
顔を真っ赤にして照れているのも全て計算にしか見えなくなってきた。
あの照れ仕草が可愛いとでも思っているんだろうか。
あぁいうわざとらしいので筑紫にも迫っているんだろうか。
ドコが清楚なのあんなのの。
むしろビッチじゃん、本当にウザい。
……それでもって、本当に可愛いからイライラする。
七村もそうだけど、なんでこいつらはウチの幼馴染にご執心なんだろう。
気味が悪くて仕方がない。
「……そうだ。きゃはっ」
教室の隅、ウチは良いことを思いついてにやりと笑った。
そうだ、文化祭当日、雨草のスカートに細工をしてやろう。
ハサミで切り込みを入れて、スリット入りのお洒落なデザインに変えてやるんだ。
そのまま気づかずに接客すれば客に下着を見せつける痴女だし、気づいたとしても衣装の替えはないから当日はただのお荷物。
絶望に顔を歪めて泣くところが、今に楽しみになってきた。
あぁ、我ながらウチって天才。
パンツ見せながら接客とか、コスプレ喫茶超えてただの風俗嬢じゃん。
淫乱な猫かぶりくそビッチにはお似合い過ぎて草生える。
「周さーん」
「ひっ! な、なに急にっ!!」
策略を練っているところに話しかけられてビビった。
思わず大声を上げるウチに話しかけに来ていたのは、同じクラスの確か……西穂さんだ。
地味な見た目の割に話すとやけにフランクで、教室でも若干浮いているキモい奴。
変なタイミングで話しかけられたもんだから、心臓が止まるかと思った。
っていうかなんでこいつ、ここにいるの。
ブスでメイド役にすら選ばれなかった癖に、みっともなく縋りに来たの?
仮にそうなら悲惨過ぎて流石に哀れだ。
「なんでメイド役ですらない西穂さんがここにー? キャハハ」
「別にメイド役に立候補するために来たわけじゃないのでお気遣いなくー。顔が可愛くて元気な周さんに全部任せてるからー」
「そ、そう?」
「うん、めっちゃ可愛いし衣装も絶対似合うよ~。あたし当日はいっぱい写真撮ってあげるね」
明るい笑みで言われ、流石に罪悪感が芽生えた。
嫌なタイミングで思考を邪魔された腹いせの嫌味だったんだけど、こんな純粋な子に言ったのは申し訳なかったかもしれない。
と、決まり悪く苦笑するウチに、西穂さんは距離を詰めてきた。
腕に抱きつき、キスでもするのかって距離で囁かれる。
「何か考え事してた? わるーい顔してたけど」
「べ、別に!」
図星過ぎてつい声が大きくなる。
なんだこの女。
鬱陶しいし妙に核心をついてきて気味が悪い。
「まぁいいや。先生が呼んでたよ」
「はぁ? だる。ってか先にそれ言ってよ」
「ごめーん」
じっと見つめてくる西穂がキモくて、ウチは逃げるように教室を出た。
あの顔を見ていると、何故か不安になってくる。
全く迷惑な女だ。
なんだか嫌な予感がするのは、気のせいだと思いたい。




