第40話 ノンデリな上に口下手なガリ勉
レイサに勉強を教える必要性を、俺は既に感じなくなっていた。
というのも、元を辿れば当然なのだ。
初め、彼女は俺に数学の小テストで点を取るためと言って、勉強を聞きに来た。
その後も一緒に勉強会をすることになったが、あくまで成り行き。
赤点常連で困っていたようだったし、俺もレイサと勉強するのが身になっていたから手助けもしていた。
しかし今はどうだ。
もう普通に成績上位層に食い込み、正直赤点とは無縁の学力を身に着けている。
本人を見るに、どうやら自頭はかなり良い模様。
今までの赤点も恐らくサボりによる結果で、今後普通に自習を続けていれば、もうわざわざ遊ぶ時間を削ってまで俺達と勉強会をしなくてもいいはずだ。
俺や凪咲と違ってレイサは成績上位を狙っているわけではない。
それに、友達も多い。
俺達とつるみ始めてから、元の友人関係にヒビが入ったのでは申し訳ないからな。
付き合わせるのもアレなので、俺はレイサに聞いたのだ。
と、彼女は目を点にして、フリーズする。
「お、おい……? どうした?」
「あ、アタシ、邪魔?」
「いやいや、何故そうなる」
妙なことを聞かれたので、俺は苦笑した。
「レイサ、友達も多いからもっと遊びたいんじゃないかと思ってさ。ほら、俺達と勉強を始めてからあんまり遊べなくなっただろ? そりゃ俺としては一緒に居られて楽しいし、このまま三人で勉強したいところだけど、それを成績上位を狙ってないレイサに強要するのもアレだと思ってだな」
「――ンェ?」
「どちらかと言うと、俺が邪魔じゃないか?という疑問提起だから」
まったくもって俺がレイサの存在を邪魔に思っている、とかではない。
そんな恐れ多いことは考えたこともない。
確かに勉強会は俺側が教えることの方が多いが、この前の模試みたく、そのアウトプットが俺の知識を補強してくれるおかげで助けになっている。
そりゃどこかの幼馴染みたいに私語ばっかりして邪魔してくるなら話は変わるが、レイサはちゃんと話を聞いてくれるし、勉強の時は集中してくれるのだ。
感謝しかない。
俺が説明すると、レイサは大きくため息を吐いて、そのまま俺を睨んだ。
「焦ったワ! 言い方考えてネッ!」
「な、なんかごめん」
「今の言い方は筑紫君が悪いですよ」
「……本当にすみません」
珍しく凪咲からもジト目で指摘され、平謝りだ。
どうも俺は口下手らしい。
でも、どう考えても俺から「邪魔だからもう一緒に勉強したくない」とか言うわけないだろ。
あの幼馴染相手に向こうから切られるまでズルズル関係を持ってた男だぞ俺は。
……。
それはそれでどうなんだ、俺。
変なことを考えて気まずくなったところで、レイサはやれやれと首を振る。
「モー、最初カラ全部言ってくれなきゃ勘違いするでしょ?」
「悪かったよ」
「ふふ、筑紫君は言葉足らずですね。……だけど、これも伝える力を問われているんですよ?」
「はっ!? これが俺の国語力そのものだということか……!」
茶目っ気たっぷりに言ってくる凪咲に感銘を受けた。
本人は冗談かもしれないが、これは本質だ。
なるほど、確かにそうだ。
国語の記述だって『伝わるだろう』で抜いた説明が足りず、部分点を落としたことが幾度もある。
たかが会話と侮るなかれ。
全てが受験対策である。
「はァ、アタシだって、ツクシと一緒に居るのがその……その、……タノシイカラ。だから一緒に居るノ! 変な気は遣わないで!」
「あ、あぁ。でも正直、何を教えればいいんだ? ここから先は点を取りこぼさないためのアドバイスじゃなくて、高得点を取りに行くための話になるんだけど」
模試で7割取れるというのは、もはやその次元だ。
今までとは向き合い方を変える必要がある。
しかも、意外に中間試験は一か月後で、文化祭を挟むことを加味するとあまり猶予がない。
果たしてどう勉強していくのがいいのだろうか。
きょとんとしているレイサに、凪咲がくっつく。
「というか、私が逃がしませんよ」
「ドレだけ国語の点を根に持ってンノ」
「そ、そういうわけではなく! っていうか、人聞きが悪いです!」
ぷんすかと怒る凪咲が可愛い。
初めに比べると、かなり表情が豊かになった気がする。
仲良くなる前は物静かなイメージだったからな。
怒る顔なんて見たこともなかった。
俺も二人と絡むようになってよく笑うようになった気がするし、友達付き合いというものは重要である。
正直今まで心のどこかで『友達なんか作る余裕があったら勉強するわ』的なことを思っていたが、大間違いだった。
「まァ勉強はさて置き、ナギサはアタシ達の敵だケドネ」
「なんですかそれ」
「文化祭だよ。うちのクラスは男装執事カフェだから、メイド喫茶の3組は敵も同然なワケ」
「……嫌なことを思い出させないでください」
文化祭の話になると、凪咲は頭を抱えた。
露骨に不機嫌になるのを見て、レイサは笑う。
あんなに楽しみにしていたはずなのに、凪咲の表情は浮かない。
「当日、遊びに行くからな」
「筑紫君!? そ、それは……」
「アタシも行こーっと。ちゃんと接客してネ? メイドさん」
「……もう、ほんとにやだ」
顔を赤くして涙目になるところを見るに、当日のメイドコスプレがかなり嫌らしい。
似合うとは思うが、流石に照れるのも仕方ないか。
しかもどうしても学校内の人気というものを加味すると、凪咲は大注目されるだろう。
「そういうレイサさんだって、当日は男装でしょう? 恥ずかしくないんですか?」
「別に。家でいっつも見てる格好だし、そもそもメイド服と違ってフリフリしてるわけでもなケレバ、妙に露出の多い服とか、ミニスカを履かされるわけでもないからネ」
「くっ……! あ、あの、よかったら当日に一着、七村家のメイド服を貸してもらったりは……?」
「エ? ……アイツがいるから無理でしょ。気まずくなるのはナギサだよ」
「……そうでした」
何の話かよくわからないが、観念したように項垂れる凪咲。
これは、あまり見に行かない方がいいのだろうか。
ウキウキで凪咲のメイド服を覗きに行くつもりだったのだが、ここまで嫌そうなところを見ていると、冷やかしはやめた方が良さそうだ。
しかし、一連の話を経て凪咲は自分の頬を叩く。
そして顔を上げ、覚悟の決まった表情を見せた。
「いいです、わかりました! こうなったら本気でメイドさんを演じます! 絶対にレイサさんには負けません!」
「だって、ツクシ」
「お、おう。当日は頑張れよ」
「は、はい。……その、ぜひ、筑紫君もいらしてください」
「え? いいのか?」
てっきり俺にメイド姿なんか見られたくないのかと思っていたが、意外な提案に驚いた。
と、凪咲は顔を真っ赤にしながら言う。
「だ、大丈夫です。ちゃんと接客しますから。それに……その、どうせなら見てもらいたいので」
「ブフッ! な、ナニ言い出してんノ!?」
「あ、あなたが吹っ掛けてきた勝負でしょう? 私だって筑紫君に見てもらって、どっちが似合ってるか決めてもらいます」
「なんか趣旨変わってない?」
もはや文化祭の出し物勝負ではなく、ただのコスプレバトルになっている気がするのだが。
まぁ、本人たちが楽しいのならそれでいいや。
俺はどうせ当日も裏方だし。
なんて思いながら、ふと違和感に気付いた。
何故か、辺りが真っ暗だった。
おかしい。
時計を見ると、既に六時を回っている。
クラスから解放されたのは五時過ぎくらいだったはずなのに、気づけば一時間くらい経過していた。
……何をやっているんだ俺達は。
呆然とする俺に二人も事態を飲み込んだらしく、顔を見合わせて苦笑した。
「……学校の外でちょっと勉強して帰りましょうか」
「そうだな」
「なンかゴメン」
話に花が咲くというのも、考え物である。




