第99話 こいつの気楽な人生、ここで終了だわ
俺は綺羅子と一緒に車に乗っていた。
普通の乗用車ではなく、大企業の偉い人や政治家が調子に乗って乗車するような、高級車。
中で飲酒やフルーツを食べることができるような、俺に相応しい場所だ。
普段ならそこそこ満足しながら移動を楽しむことができていたのだろうが、同乗者が綺羅子ということと、これから向かう先が決して愉快な場所ではないということに、俺のテンションは下がり続けていた。
「……無駄に豪華だな、この車」
「感謝しなさい。私がいなかったら、一生乗ることはなかったわよ」
「あるわ。金持ちの女に寄生するんだから、こういう高級車も乗れるに決まっているだろ。だいたい、お前の家の車じゃねえだろ」
「私が必要でこの車が出ていたら、当然私のものでしょ。免許ないし、後で売ろう」
「山分けな」
「は?」
お互い死んだ目をしながら蹴り合う。
いてぇ! つま先ですねを蹴るのは止めろ!
まあ、俺よりもはるかにげんなりとしているのは、綺羅子である。
当事者だからな。
今回、俺はおまけに過ぎない。
がっくりと力を抜いた彼女は、俺の太ももに頭をのせてくる。
おい、シートベルト。
『ところでなんだけど、この車が彼女のものじゃないっていうのはどういうこと? そもそも、彼女の家がこんな高級車を持っていることに驚いたんだけど。かなり立派な家ってことだよね?』
あー、こいつの家庭事情って、割と複雑で面倒くさいんだよ。
俺が説明するのもなあ……。
グリグリと顔を太ももにこすりつけてくる綺羅子の髪を掌に乗せながら、話しかける。
「綺羅子、お前の生い立ちを話してくれ」
「は? ほとんど知っているでしょ?」
「あの寄生虫が知りたいんだってさ」
一瞬怪訝そうに眉をひそめたものの、すぐにダンジョンで話しかけてきた声のことだと気付き、また顔を太ももに埋めた。
「ああ、あの……。キモイから話したくないわ。あなたが適当に言っておいて」
『キモイ……』
ショックを受けた声を漏らす寄生虫。
いや、それはキモイだろ。
寄生虫が喋り出しているんだぞ?
俺も自分が当事者でなかったら、大笑いしていたし引いていたわ。
そもそも、こいつが何なのか、いまだにわかっていないし。
俺の本当の特殊能力のことは知っているし……。
あの時判明した現実改変の能力のことだが、もちろん学園には報告していない。
絶対メリットないもん。デメリットしかないもん。
だから、知っているのはあの時一緒にいた綺羅子たちだけだ。
弱みを握られてしまったということである。
まあ、俺も持っているから、しばらくは暴露とかはされないだろう。
綺羅子の御下劣な本性、隠木の普段隠している顔、グレイのテロリスト所業、ガキのダンジョン生まれ。
うん、いける。
どいつもこいつもだな、本当。
隠木くらいだな、とくに暴露されても困らないのは。
しかし、やけに嫌がって俺の前でしか出さないし、結構力はあるはずだ。
『ずっと気になっていたけど平然と寄生虫呼ばわりは止めてくれないかな?』
……え?
じゃあ、何と言えば?
あー……まあ、面倒くさいから適当に答えるんだけど、綺羅子の実家にこの高級車を保有するほどの資産は持っていない。
普通の家だし。
ただ、本当に一般の家庭と違うのは、こいつの黒蜜家はとある超有名な家の傍流だということだ。
『えーと……本家と分家的な?』
的な。
といっても、本家に呼ばれることもないような薄い血筋なんだがな。
とはいえ、血を引いていることは間違いないから、本家に従属してたまに連絡を取り合うことはしていたようだが。
『へー、じゃあ彼女もお嬢様?』
いや、さっきも言ったけど、傍流でしかないんだよな。
分家みたいにしっかりと決まって分けられたわけでもないし。
だから、こいつの家は普通の家だよ。
ただ、本家には絶対に逆らえないっていうだけで。
まあ、あの家に正面から逆らえる人なんて、今の日本にはいないらしいが。
俺は興味ないから、あんまり知らん。
『どんな家なの? 黒蜜家?』
誰も逆らえないという言葉に、強く興味が引かれたらしい。
本家は黒蜜って言う名前じゃないぞ。
紫閣家っていう、今日本で最も力の持っている一族だ。
なにせ、英雄七家であり、しかもその中で最も地位の高い家だからな。
ぶっちゃけ、英雄七家の家全部は知らないが、俺でも紫閣家だけは知っていた。
昔から、ちょっとかかわりがあったし。
『……また凄いところだね』
まあ、そんな奴らより俺の方がはるかに価値があるのは間違いないんだが。
『その自信はなんなの?』
「今まで無視してきたくせに、急に私を呼び出そうなんて片腹痛いわ。金を積みなさいよ」
「金を積まれたら動くのか……」
ブツブツと、今度は俺の腹に顔をめり込ませながら不満を吐き続ける綺羅子。
だから、シートベルト。
「別に、紫閣家に何かされたわけでもないし。何もされてこなかったけど。というか、娘をあっさり売り飛ばすクソ両親ってどう思う?」
紫閣家に連行されていても、綺羅子の両親は彼女を助けないだろう。
俺らとは違って、本家に心酔している。
紫閣家に従って当然、言うことはすべて正しいと、本気で思うような人たちだ。
娘を売れと本気で言われたら、平然と売るだろう。
ヤベエ奴らだ。
できる限り関わりたくはない。
……紫閣家が関係なかったら、適度に転がしやすい良い人たちなんだけどなあ。
「お前の両親にぴったりだなって」
「死ね」
ド直球の罵倒に、思わず苦笑する。
俺が死ぬときはお前も道連れだ、クソガキ。
「あーあー、嫌だわー。また演技しないと」
「そういや、急にお前を呼び出すようになったのって、何か理由があるの?」
綺羅子もちらっと言っていたが、本家の黒蜜家に対する態度は、一貫して無関心だった。
挨拶だって、黒蜜家から行っていたし、接触は分家からがすべてだった。
それなのに、今はあっちから黒蜜家……というより、綺羅子に接触を求めてきている。
「さあ? 私の特殊能力がかなり強力だっていうことと……」
『まあ、普通ダンジョンを破壊する特殊能力なんてないもんね』
貴重な特殊能力者だから、家に入れようと?
そして、何でもないように綺羅子は言った。
「あとは、後継ぎが死んだことじゃない?」
……一番重要なところ、そこじゃね?
「……じゃあ、お前紫閣家の跡継ぎになるの? もうお前逃げられないな、絶対」
こいつ、これからクソ面倒くさい立場になるんだろうなあ。
英雄七家のリーダー格である紫閣家の当主なんて、総理大臣並みに力を持っているはずだろうし。
いやー、笑える。
こいつの気楽な人生、ここで終了だわ。
「嫌! 絶対に逃げる! 今度こそ、何を犠牲にしてでも……!」
「お前、その犠牲に俺が入っているんじゃないだろうな?」
恐ろしい言葉に戦々恐々としていると、車がゆっくりと静かに止まった。
それを感じ取った綺羅子は、一瞬で俺から離れ、普通に座っていた。
は、速い……。
「お待たせしました、綺羅子お嬢様、良人坊ちゃん。到着しました」
扉を開いた大岩が、そう言って降車を促す。
俺たちはそれに従って降りて、目の前にある巨大な和風の門を見て、唖然とする。
「どうぞ、中へ。御当主様がお待ちです」
なんで総理大臣クラスが学生を待っているんですかねぇ……!




