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第97話 俗物がぁ!

 










 綺羅子とかいうとんでもない女がとんでもないトチ狂ったことを言い出してから、俺は即座に彼女を叩き出すことに成功した。

 時間は流れて夜となっている。


 太陽を見ることができなくなって戻ってきたナナシが、不思議そうに見上げてくる。

 いや、もう戻ってこなくていいんですけど……。


 鍵があれば締め出してやろうと思っていたのだが、綺羅子の馬鹿が破壊してくれやがったので、それも敵わず。


「……梔子、遊びに行く?」

「いきなりどうしたのかな?」


 後ろから肩に顎を置いてくる形で甘えてくるナナシ。

 長くサラサラした髪が頬に当たってこそばゆい。


 あと、それに映えるような赤くて大きなリボンが邪魔だ。

 こいつ、太陽の光が届かない地下にずっと潜っていたくせに、何でこんなサラサラした髪を持っているのだろうか。


 平気で太陽の下に出ているが、それも大丈夫なのだろうか?

 まあ、大きな問題になっていないようなので大丈夫ではあるのだろうが、どういう原理だ?


 別にいつ倒れてくれてもいいんだけど、俺に迷惑をかけないようにはしてほしい。


「……梔子が、黒蜜と遊びに行くって、皆噂していた」

「どこの誰だろうね、そんなふざけたことを言うのは。あとで俺がそれ相応の報いを受けさせるから、安心してね」

『子供に何を言っているの?』


 ニッコリとナナシに笑いかける。

 誰だ!? そんなバカげたことを噂していたのは!?


 今はこの寮に残っている奴も少ないんだから、すぐに見つけ出せるんだからな!

 地獄の苦しみを味わわせてやる……!


 あと、ダンジョン産のガキが普通の子供なわけないだろ、いい加減にしろ。


『君こそ偏見と差別意識をどうにかしろ』


 嫌でぇす。

 心の中では何を考えるのも自由でぇす。


 もちろん、表には出さない。

 一般受けしないということは分かっているので、無駄に敵を作りたくない。


 養ってくれるヒモは作りたい。


「それはデマだね。フェイクニュースだよ。エイプリルフールに違いないよ」

『とにかく嘘だと言い張るんだね』

「そんな事実は確認されていないし、これから先もあり得ないことだよ」

「……そうなの? 私も行きたかった」


 残念そうにしょんぼりするナナシ。

 お前、そんなに感情表現豊かだったか?


 こんなところで発揮してくれなくてもいいんだぞ?


「ごめんね。でも、今度一緒に日向ぼっこでもしよう。太陽が好きなら、とても気に入ってくれると思うよ」


 とりあえず、ご機嫌をとることにする。

 ナナシは意外と簡単なガキだ。


 外で太陽の日差しを浴びながら、ぼへーっとしているだけで満足してくれる。

 ちょろい。


 一番安くて、俺は好きだ。

 物静かな方だし、色々と話しかけてくることもないし。


 うん、やっぱいいわ。

 そう思っていると、彼女がじっと俺を見上げてきた。


「……一緒?」

「ああ、もちろんさ」

「……じゃあ、いい」


 満足したようで、今度は隣に座って寄り掛かってくる。

 うわぁ……人肌だぁ……。


 どうしてえずきそうになるのを我慢しなければならないのか。

 そもそも……。


「……ところで、何で俺たちは手をつないでいるのかな?」


 俺が死んだ目で見下ろすのは、硬く結ばれた俺とガキの手である。

 まさかの恋人つなぎ。


 指の間に柔らかい感触がして、恐ろしいほどぞわぞわする。

 い、いかん。


 本格的に戻すかもしれん……。


「……分からない。でも、こうした方が、温かくなるから。太陽みたいだし」


 ガキの言葉に、俺はうんうんと頷く。

 さすが。


 そこだけはよくわかっていらっしゃる……。

 太陽のように、世界になくてはならない存在、それが俺である。


「……手、大きい」


 指の間に挟まった状態で、にぎにぎと力を入れてくる。

 思いきりその小さい手を握りつぶしてやろうか、クソガキ。


「いつか君も成長したら同じくらい大きくなるさ」

「……そうなの? じゃあ、その時はもっと手をつなぎやすくなる」


 ならないけど?

 もう一生そういう機会はないんだから。


「じゃあ、そろそろ準備もできたでしょうし、一緒に行きましょうか」


 当たり前のように俺に話しかけてくるのは、外出用の装いをした綺羅子である。

 白いワンピースが、厭らしいほどに似合っている。


 多分、これで清楚さをアピールしているんだろうな。

 実際、白峰くらいだとぽっくり逝ってしまいそうだ。


 俺はそんな彼女をちらりと見る。


「ああ。とりあえず、警察だな」

「ちょっ……!?」


 部屋の外に引きずり出して、扉を閉める。

 鍵が破壊されているため、俺は体重をかけて開けられないようにする。


 ドンドンと強く扉を何度もたたいてくるが、ビクともしない。

 貧弱運動不足ガールに負ける道理はどこにもなかった。


『良人、開けなさいよ。あなたに抵抗する理由はないはずだわ』

「理由しかないよね。何度も断ったよね。諦めてくれないかな?」

『でも、暇でしょう?』

「俺は、ほら、あれがあるから。どうしてもあれがあったら動けないだろう? だから、あれが終わったら行けたら行くよ」

『あれってなに? あと、絶対来ないやつじゃない』


 当たり前だろ。

 だいたい、こいつが普通の旅行に俺を誘ってくるはずがない。


 楽しむのであれば、一人でさっさと旅に出ていることだろう。

 そもそも、出不精のきらいがあるこいつに、そんな趣味があるとは思えないが。


 つまり、俺を外出に誘うということは、俺の力がどうしても必要となるということ。

 それか、【どうしても逃れられない苦痛の出来事があるから、せめて道連れにしてやろう】ということ。


 どちらにしても、俺が外に出る理由がないな。

 うん、お引き取りください。


「あー、夏休みの宿題だよ。俺、早めにやるからさ。だから、さっさと何も言わずにどっかに消えてくれないかな?」

『……ナナシちゃーん?』

「は?」


 諦めるかと思いきや、まさかのナナシを呼びかける。

 すると、いつの間にか後ろにいたガキが、俺の服をつまんでいる。


 触んなや。


「……うん。行ってきて、梔子」

「は?」


 何をトチ狂ったことをおっしゃってやがるのでしょうか、このガキは。

 誰がお前に住居を与えてやっていると思ってんだ。


 叩き出すぞ。


「ど、どうしたのかな? ナナシがそんなことを言うなんて」

「……梔子に楽しんでもらいたい」


 行ったら苦しむって言ってんだろ!?


『言ってないだろ』


 心の中で言ってんだよ!

 察しろよ!


 綺羅子は勝手に俺の心を読んでくるぞ!

 怒りのままに怒鳴ってやろうかと思ったが、ふと考え直す。


 自我が希薄なこのガキが、俺に楽しんでほしいという理由だけでここまで動くだろうか?

 いや、それはないはずだ。


 太陽を見ながら日向ぼっこするだけで満足するような女が、そんなはずがない。

 ……まさか。


「……何を使って買収された?」

「……お土産、たくさんくれるんだって」


 俗物がぁ!

 お土産なんて買ってくるわけねえだろ!


 しかし、数が1対2はマズイ。

 何とかせねば……。


「ナナシ、今から日向ぼっこしに行こう。一か月ほど」

「場所の選定は任せて頂戴」

「お前とりあえず鍵直せよ、マジで」


 当たり前のように俺の隣にいる綺羅子に、額に青筋を浮かべながら言うのであった。




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