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第96話 一緒に旅行に行くわよ











特殊能力開発学園の教室。

教壇に立つのは、実年齢とはかけ離れた幼い容姿の浦住だ。


胸部が大きく盛り上がっていることから、普通の子供でないことは明らかだ。

ストレスで色素の抜けた白い髪をおさげにし、目の隈が特徴的な女。


俺を中国大陸に拉致しようとした、国賊である。

どうして平気な顔をして今も教壇に立っていられているのか、さっぱりわからない。


しかも、ここは将来の日本を支える重要な特殊能力者を集めて一元的に育てている教育機関だぞ?

マジでなんでスパイをいまだに置いているのか。


さっさと処刑しろ。


「えー、ということで、定期テストの結果は以上だ。よく頑張ったな。毎年死者が出ているような過酷な試験だが、このクラスに関して言えば、全員が生きて戻ってきて、合格することができた。あたしは誇らしいよ」


まったく無感情に言う浦住。

どの口が言ってんだ。


つい先日、俺たちはダンジョンに潜るという自殺行為にしか思えないテストを行った。

ダンジョンから鉱物を取ってくるという試験だったが、そこで俺は何度か死んでいたらしい。


……自分で考えていてよくわからんな。

どうなってんだ、俺の身体。


そんな、文字通り命を落とすような試験だったが、そんな過酷だったのは俺のグループだけだったらしい。

ふざけるな。不公平だろ。


全員俺と同じか、それ以上の苦しい思いをしろ。


「で、だ。一学期の定期テストは終わり、学習するべきことはすべてやり切った。この後、お前たち生徒に待っているのは……」


今までにないほどシンと静まり返っていた。

クラスメイトたちは、全員が浦住の言葉を待ち望んでいるようだった。


普段、こいつの話をそこまで真剣に聞こうとするやつが、いったいどれほどいるだろうか?

そして、俺も同じだ。


真剣に、食い入るように浦住を見る。

そんな視線を一身に集めた彼女は、コクリと頷いた。


「夏休みだ」

「「「やったあああああああああああ!!」」」


大歓声。

そして、俺も無言のガッツポーズである。


やっと……やっと、このクソみたいな学校の授業から解放される……!


「……本当、ずるいだろ。あたしも休みたい」


ボソリと不満を漏らす浦住。

お前さんざんサボっているだろ。


甘えるな、クソガキ。


「あー……全寮制のこの学校だが、もちろん夏休みに実家に帰ることは許される。といっても、あまりダンジョンの中のことをペラペラと話されても困るから、そこは気をつけろよ。あんまり話しすぎると、政府から役人がすっ飛んでくるからな」


一応聞いている風を装っているが、もはやクラスメイトたちは長期の休みに関心を引かれすぎていた。

そして、俺も右から左である。


「当然、寮で過ごすことも認められている。実家に帰るか、寮内で過ごすか、お前たちの自由だ。ああ、実家に帰る奴は、ちゃんと学園に申請を出しておけよ」


そう言って、浦住は教室を出て行った。

わっとクラスメイトたちが、仲の良い友人たちと集まって、夏休みの計画を練り始める。


もちろん、俺はそんなことしない。

ぼっちじゃない。止めろ、ぼっちじゃないんだ。


「ねえねえ。梔子くんたちはどうするんすか?」


すると、隠木が話しかけてくる。

相変わらず教室では彼女の特殊能力を活かし、透明状態となっている。


頻繁に俺の部屋に来て透明を解除するのは止めてくれませんかね?

変な噂が立ったらどうしてくれる。


俺の寄生先がいるかもしれないのに……。

いつの間にか、俺を囲むようにクラスメイトたちが集まってくる。


といっても、いつもの連中だ。

クラスに馴染めない奴らである。


「たちばなは帰るよ。やっと一人になれる……」

「私たちも帰るよね、お姉ちゃん?」

「え~? 私は面倒だし、ここにいてもいいけどぉ……」

「はい、ダメ。一緒に帰るよ」


立花と行橋姉妹が、そう言ってくる。

全然興味ないです……。


別に報告していただく必要はありませんでした……。


「ウチも家に顔を出しておかないと、何を言われるか分からないっすからねぇ。坊ちゃんのこともあるっすし。まあ、透明化しているから顔を出すも何もないんすけど!」


隠木の家は、名家である。

英雄七家の仲間の家系だったか?


まあ、俺がかかわることもないし、記憶の片隅に入れておく必要もないだろう。

捨てておきます、記憶。


「ということで、ウチら陰キャぼっち組はそんな感じなんすけど、お二人はどうなのかなと思いまして」

「最初の時とグループ名が違わない?」


そんな堂々とした自虐的な名前だっけ?

……お前らは別にどうでもいいんだけど、まさかそれに俺を入れていないだろうな?


俺はぼっちじゃないぞ。

友達を作らないだけだ。


そんなことを考えていると、全員の視線が俺に集まっていた。

よっぽど俺のスケジュールが知りたいらしい。


「俺はもちろん……」

「もちろん?」

「帰るよ」


俺はニッコリ笑ってそう言った。












自室の扉を閉めて、安全を確認する。

俺の部屋に押し付けられているナナシも、どこかに遊びに行っているのだろう、今はいない。


あいつ、太陽大好きだからな。

またどっかから空を見上げているに違いない。


それを確認してから、俺は天上を見上げて雄たけびを上げた。


「嘘だよばあああああああああか!」

『うわぁ……』


寄生虫が「マジかよ……」みたいな声音を発しているが、まったく気にならない。

そう、嘘だ。


夏休み中に帰省の予定なんて、まったくない。

何が悲しくてあんな奴らのいる場所に戻らなければならないのか。


だとしたら、まだ学園のガキどもと戯れている方がマシだ。

そんな奴らもほとんどが帰省していなくなるのだとしたら、俺がここから出て行く理由なんてどこにもない。


「実家に帰ると言えば、夏休み中に遊びに誘ってくることもないだろう。いちいち言い訳を考えなくていいということだ」


やばい、俺、天才すぎ……?

数少ない寮に残る生徒に対しても配慮を欠かしていない。


今回は完璧だ。

一か月近くある、学生にしか許されない超絶特権、夏休み。


一日、いや、一秒たりとも俺以外のことに時間を費やすことは許されないのである。


『貴重な学生の夏休みなんだから、目いっぱい楽しんだ方がいいと思うんだけどなあ。……そんな時間もないし』

「おい、今の不穏な言葉はなんだ」


ボソリと呟かれた最後の言葉にビビり散らかす。

時間がないって言葉、別に不思議じゃないのに、恐ろしいほど怖く感じるのはなぜなのだろうか。


きっと、今の状況に俺がいなかったら、大して気にしなかったんだろうけどなあ。

そんなことを考えていると、扉がガチャガチャ言い始める。


鍵がかかっているのに、誰かが無理やり侵入しようとしているようだ。

無駄である。


ちゃんと鍵をかけるのを確認しているし、後は居留守を使うだけだ。

そんな感じでのほほんとしていた。


コーヒーでも飲もうかな?


ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!


「うるせえ!!」


誰だか知らんが、全然諦めねえな!

これ、普通に犯罪だろ!


めちゃくちゃ怖いんだけど!!

と思っていたら、ガチャン! とひときわ大きな音が鳴って、扉が開いた。


は、破壊された……。


「邪魔するわよ」

「帰れ」


澄ました表情で部屋に侵入してきた犯罪者、黒蜜 綺羅子。

なんで平然としているの?


人の家の鍵を破壊しているんですけど。

しかも、これ学校の備品だからな?


ありえないものを見る目……ユーマでも見ているような目を向けているにもかかわらず、綺羅子はよどみなく歩き続け、俺のベッドに腰かけ、足を組む。


「ふう……お茶は?」

「帰れって言ってんだ。なに茶を要求してんだ、クソが。地獄に堕ちろ」

「その時は道連れよ」

「ひぃ……」


無視していいけど、何か怖いからお茶を出す。

賞味期限キレていたけど、別にいいや。


俺が飲むわけじゃないし。

馬鹿な綺羅子がそれに気づかず口に含み、喉を潤すのを確認してあざ笑いながら質問する。


「で、何の用だ。夏休みは相互不可侵条約を締結しただろ」

『なんで国家間の条約を結んでいるの? しかも、お互いがお互いのことをまったく信用していない条約を』


しかし、お互いに利益しかない条約だったはずだ。

それを一方的に破棄するとは……。


いったい、どういう理由があるのか。

綺羅子は笑みを浮かべて頷いた。


「ふっ、朗報よ。むせび泣きながら拝聴するがいいわ」

「悲報か……」

「朗報って言ってんでしょうが」


こいつの喜ぶようなことなんて、俺にとっては悲しいことでしかない。

あーあ、マジでずっとこいつが苦痛にうめいていてくれたらなあ。


俺、すっごい笑顔になれると思うんだけど。


「あー、こほんこほん」


咳払いをする綺羅子。

改まって話そうとしているこいつを見ると、本当に嫌な予感しかしないな。


どうしよう……ビンタして黙らせた方がいいかな?

そんなことを思っていると、綺羅子はすでに瑞々しい唇を開いていて……。


「私と一緒に旅行に行くわよ、良人」

「嫌です……」

『即答!?』




最終章です!

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