第95話 なんでそんな不穏なことを言うの?
ダンジョンの中を移動しているのは、日本政府直属の部隊だ。
自衛隊とは違い、その強力な特殊能力によって直接雇用されており、ダンジョン内の探索などを仕事にしている。
ほとんどないことであるが、特殊能力開発学園への入学を拒否し、能力を使って激しく抵抗してくる場合の鎮圧も担当している。
良人と綺羅子というとんでもない脱走のようなことは、今のところ前例はないが。
彼らは、政府の命令に従い、ダンジョン内部の探索を行っていた。
大きな目標は、ダンジョン内に存在していた村の謎を解きあがすことである。
「いやー、マジでびっくりしましたね。学生の言っていたとおり、本当に村があるなんて」
ヘラヘラと笑いながら、今回の探索部隊のリーダーに声をかける男。
他の人員は、そんな会話に目向きもせず、鉱物などを拾いあさっている。
自衛隊のような恒常的な部隊ではなく、その時々で集まる人員のため、仲良く会話をするという習慣はない。
この男に話しかけられているリーダーも、こんな気安く話しかけてくる人員がいるのかと、驚くほどだ。
もっぱら、稼ぎを増やそうと鉱物などをあさるのが、政府に雇われたダンジョン探索者であるのに。
「おい、あまり気を抜くなよ」
「もちろんです。ただ、少しくらい話してもいいじゃないですか。俺たち、すんごいものを見つけたんですから」
「……まあ、気持ちは分かる。あんなものが、ダンジョンの中にあるなんて思えないからな」
リーダーも話ばかりするタイプではないのだが、珍しい男に、思わず会話に乗ってしまう。
彼は性格に難がある者が多い探索者のまとめ役を依頼されているため、彼らよりも少し報酬は高くなっている。
それほど必死になって鉱物を集める必要はないのだ。
「そうですよ。こんな地獄で生活していた人間って、どんな奴らなんですかね。そいつらが日本人なのかすらも分からないですよ」
「その調査のために俺たちが派遣されたんだよ。まあ、いきなり全部わかる必要はない。何かしら手掛かりとなるものを地上に持って帰るだけで十分だ。ともかく、何かを見つけるというより、無事にダンジョンから抜け出すことを考えるぞ。ここは、何十万、何百万の人の命を吸い取った、地獄なんだからな」
このダンジョンに潜って命を落とした者だけなら、そこまではいかないだろう。
それでも、ほぼ毎日誰かがダンジョンに潜って命を落としているが。
このダンジョンから現れて世界中を滅ぼしたということを勘案すると、数億にも上る。
今は魔物からの襲撃は控えられているが、決して油断できない場所だ。
「手がかりって言えば、もう十分じゃないですか? あの文書、政府が見たら驚愕しますよ」
「……お前の言う通り、これ以上深入りする必要はないかもな。もう戻っても、誰にも文句を言われないような代物を見つけたわけだし」
彼らは、良人たちがたどり着き、ナナシが一人で暮らしていた村は、すでにたどり着いていた。
露怒夢という最大の脅威はすでに彼によって排除されていたし、魔物も良人による大虐殺で一気に数を減らしていたため、大して苦労はしなかった。
この階層も、今までの探索の深さの最高記録なのだが、今までよりはるかに簡単だった。
そんなたどり着いた村を調べ、見つけたのが一冊の日記のようなものだった。
懐から取り出した男が、ペラペラとめくる。
あまりにも無造作に扱うので、これがとても重要な資料であることを理解していないかのようで、リーダーは冷や汗を垂らす。
「ええ。あの村にあった、この文書。日本語で書かれてあるということがまず驚きですが、何より……」
ふうっとため息をつき、続けた。
「――――――あの村にいた人たちは、地上から降りてきたのではなく、深層から上がってきただなんて」
ダンジョンに人間が住んでいた。
それを聞いて思ったのは、誰がいつどうやってダンジョンに潜っていったのだろうかということだ。
常時自衛隊に監視されているダンジョンに、村を作れるほどの人数がぞろぞろと荷物を持って入っていくなんて、想像できなかった。
だから、考えられていたのが、ダンジョンが自衛隊によって管理される前。
突如として現れ、日本で魔物の氾濫が起きていた混乱期に、迷い込んだのではないかというもの。
しかし、日記によれば、それを書いていた村人は地上の日本からではなく、深層から這い上がってきたのだという。
それだけでも衝撃の事実だ。
深層に、さらに村がある……そして、生きている人間がいるかもしれないということだ。
加えて、ここから分かる真実は、【深層に行けば行くほど凶悪な魔物が潜んでいるというわけではない】ということだ。
でなければ、その深層を踏破して村をつくった人々が、それよりも浅い層で魔物に全滅させられるはずがない。
さらに、一つ出来上がった謎は、その日記が【日本語で書かれていた】ということである。
日本語は、今では日本でしか話されていない言語だ。
それを、ダンジョンの深層からやってきた人々が、使用していたという事実。
あまりにも難解すぎて、答えがまったく思いつかない。
「またとてつもない真実を見つけてしまったものだ。これで、またダンジョンに潜れと命令が下されるんだろうな」
「いやいや、その分給料って凄いじゃないですか。鉱物を持って帰ったら全額貰えるし、俺は好きですけどね、この仕事」
「強い特殊能力を持っている奴は違うねぇ」
ため息交じりに言うリーダー。
探索者に選ばれて日本政府から直々に雇用される彼らは、一般の特殊能力者とは一線を画している。
こんなことを言っているリーダーも、今まで何度もダンジョンに潜って生還している猛者だ。
特殊能力が強い分、エリート思考や優越感で性格に難がある者が多いのだが、それは余談である。
ともかく、それだけの能力者でもダンジョンでは当たり前のように命を落とす。
この男のように、好きだと言える者はそう多くないし、言えるのはそれだけ自分の力に自信があるからだ。
だが、彼は無謀でも愚かでもなかった。
「でも、先輩の言う通り、命が大事ですよ。そろそろ戻りませんか?」
「そうだな、そうするか」
せっせと鉱物を集めていた他の能力者たちに声をかけ、地上へと向かって歩いていく。
そんな時だった。
男がダンジョンの壁に、穴が開いて道ができているのを見つけたのは。
「先輩、この道、さっき通ったときはありましたか?」
「……いや、作成していたマップにもないな」
「……この短時間で、道ができたってことですか? 本当、ダンジョンってわけわからねえ……」
やれやれと首を横に振る。
ダンジョンが生きているのは、探索者たちには当たり前の常識だった。
地面に穴が突如として開くなんてことは、あることだった。
しかし、地形そのものが変わるというのは、ほとんどない。
そうでなければ、マップの意味がなくなってしまう。
「ここの探索をして、帰るか」
「了解です」
探索者たちはその細い道に入る。
こんな場所で魔物が襲い掛かってきたらと危惧していたが、幸いそれはなかった。
全員が無事に道を歩き終えると……そこには、広い空間が広がっていた。
「……おい、何だ、ここは?」
「神殿、ですか……?」
まるで、露怒夢が巣をつくっていた部屋と同じ。
しかし、明確に異なるのは、何もなかった場所とは違い、建造物があったことだ。
それは、神聖な神殿。
かつて、世界中に点在していた、神を祭祀する荘厳な造りの建造物が、誰も人類が踏破したことのないはずのダンジョンに存在していた。
しかも、真新しいものではなく、明らかに古いもの。
今にも崩れ落ちそうなほど弱弱しい造りだった。
「おい、あれを見ろ!」
「でっか。扉……?」
神殿に備え付けられている、巨大な扉を見上げる。
かなり大きい。
いったい、何が出入りするよう想定されているのか。
少なくとも、普通の人間ではない。
巨人……いや、それ以上に大きなものだ。
重厚で神性さすら感じるそれを、呆然と見上げていると、リーダーがとあることに気づいた。
「いや、それだけじゃねえ」
「は?」
「……あれの鍵だ。5個見えるが、今も鍵として機能しているのは、1個だ」
扉に備え付けられている錠だ。
一つ、多くても二つだろうが、この扉には合計で五つ存在していた。
しかも、どれも巨大で分厚く、チェーンソーを持って来ても破ることはできないであろうもの。
だが、今は……。
「……4つは、壊されている」
明確に鍵の役割を果たしているのは、たった一つだけ。
残りの四つは、無残にも破壊されていた。
いったい誰が、何のために?
どのような手法を用いて、この鍵を壊したのか。
「あの扉の意味はなんだ? こっちからあっちに行くのを防いでいるのか? だが、鍵がこちら側に見えるということは……」
本来は、外側にカギ穴が見え、内側にはない。
すなわち、鍵はこちら側から閉めているもので、あちらからの侵入を拒むものだった。
「あちらから何かが来るのを、防いでいるのか?」
リーダーが推測をポツリと呟いた時だった。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!!
「ひっ!?」
信じられないほどの速度で、扉が叩かれる。
叩かれるという生易しい表現ではない。
明らかに悪意のある存在が、この扉を破壊せんと、猛然と攻撃を行っているのだ。
そして、それを防いでいた唯一の巨大なかぎが、ピシピシと音を立てる。
「か、鍵が、壊れる……!?」
◆
特殊能力開発学園の、寮内の一室。
『あー……』
「は? 何だよ?」
『いや、君の望む平穏な時間は、遠のくんだなあって』
「なんでそんな不穏なことを言うの?」
次回より最終章となります。




