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第94話 人肌気持ち悪いいいいいいいい!!

 










「ということで、しばらくお前の部屋にこの子を置かせてやってくれ」


 突然やってきた浦住に、良人は絶望の穴に叩き落された。

 先ほどまで通帳を眺めてニヤニヤしていたというのに、今では顔は真っ青だ。


 その理由は、浦住の言葉と共に差し出される、クソガキ――――ナナシである。

 名前はナナシの方から付けてほしいとねだられ、良人がコンマ数秒だけ考えて適当に発したものだ。


 名前に意味を持たせることなんて一切考慮していない。

 犬猫に名前を付けるときと同じような感覚である。


 その天罰が、今降りかかっていた。


「…………なぜ俺ですか?」

「寮内に余っている部屋がなくてな」


 良人は、まだあきらめない。


「先生の部屋とかはどうですか?」

「この子は大丈夫だろうが、生徒の目につけられないような資料などもある。そういったリスクを避けるなら、学生の部屋に間借りさせてもらうのが一番だ」


 良人は、なおも諦めない。


「だ、だとしてもどうして俺ですか? 女性だし、女性の部屋の方がいいと思いますが。綺羅子とか」

「あたしもそう思ったんだが……」


 とりあえず綺羅子に押し付けようとするが、浦住はナナシを見下ろす。

 彼女は一歩前に出て、ぎゅっと良人の袖をつかんだ。


「……あなたがいい」

「(クソガキ……!)」


 精一杯の子供の甘えも、彼には通用しない。

 青筋を額に浮かばせるばかりだ。


「というわけだ。この子の部屋はすぐに用意するから、少しの間だけ我慢してくれ。拾ってきた責任だ」

「い、いや、別に俺が拾ったっていうわけじゃなくて、綺羅子たちが強硬に連れて行ってあげようって言っていたんです」

『ナチュラルな責任転嫁、さすが』


 ここまで抗っても、もはや意味はない。

 浦住の意志はまったく変わらなかった。


「悪いが、決定事項だ。じゃあ、頼んだぞ」


 無情にも、彼女が去って行く。

 残されたのは、情けなく手を伸ばす良人と、そんな彼を無邪気に見上げるナナシのみ。


「……よろ」

「……ヨロシク」










 ◆



 ナナシは窓の外を見ていた。

 すでに日は落ちているため、彼女の求める太陽は、そこにはなかった。


 シュンと肩を落とす。


「……太陽、見えない」

「もう夜だからね。俺の友人の部屋が、よく見える部屋の位置なんだ。あとで一緒に行こう」


 その友人(笑)とは、黒蜜 綺羅子という名前だったりする。

 この男、まだナナシを彼女に押し付けることをあきらめていなかった。


 そもそも、他人と共同生活というのがかなりのストレスを良人に与えている。

 小動物なら死んでいるレベルのストレスだ。


 個室のある寮生活でもそうなのに、そんな唯一自分だけになれる部屋に、部外者が混じってきたらもう無理だ。

 何が何でも綺羅子に押し付けようと決意していた。


「……ありがとう」

「うん?」


 ポツリと呟かれた言葉に、良人は聞き返す。

 無駄な話をするつもりは毛頭ないが、自分が褒められたりするような内容ならじっくりと聞く。


 それが、良人であった。


「……私を、ダンジョンから連れ出してくれて。あなたたちがいなかったら、私はまだあそこで一人でいた。大切な友人たちの仇も、討てなかった」

「とんでもない。俺たちこそ君に助けられたんだ。こちらこそ、ありがとう」


 ニッコリと笑みを浮かべてナナシを見る良人。

 無論、そんなことは微塵も考えていなかった。


 全部俺のおかげである。

 崇めろ、奉れ。俺に奉仕しろ。


 口に出さないだけで、そんなことが脳内で大合唱されていた。


「……ん」


 そんな良人の脳内を読めるはずもないナナシは、近づいて彼の身体に抱き着いた。

 色っぽい感じはしない。


 ただ、甘えているだけである。


「ど、どうしたのかな?(ぎゃあああああ! 人肌気持ち悪いいいいいいい!)」


 なお、それは良人にとって致命傷である。

 他人の体温や吐息など、生きている証明そのものがとても気持ち悪くて受け付けない体質の彼にとって、ハグは地獄そのものである。


 まったく気を許していない存在にパーソナルスペースを侵略されるのが、我慢ならない。

 ちなみに、彼のパーソナルスペースは半径10メートルである。


「……なんだか、凄く安心する。匂い?」

「い、いや、俺には分からないんだが……」

「……太陽の匂いがする。優しくて、温かい匂い」

「(俺の匂いか)」

『誰の匂いのことを言っているんだろう……』


 なんとなく褒められている感じがしたので、良人は速やかに納得した。

 自分のことを、地球上の生命に恩恵を与える太陽のようだと確信しているところがやばい。


「……すーすー、クンカクンカ」


 ちょっといい気分になって黙っていてやれば、ナナシが思い切った行動に出る。

 抱き着いたまま、匂いを嗅ぎだしたのだ。


 まさかのクンカーに、良人も頬を引きつらせる。


「ナナシ、あんまりよくないな、こういうことは(金をとるぞ)」

「……私は、これから取り調べを受ける」

「まあ、ダンジョンの中にあった村のことは、国も調べたいだろうからね。ただ、君を犯人だとか、悪人のように扱うことはないと浦住先生も約束してくれているし、知っていることを話せばそれでいいんだよ(ごねて長引かせてくれ。ダンジョンに入らないようにしてくれ)」


 良人がナナシをあからさまに邪険にしないのは、他人からの評価と合わせて、彼女の謎を解き明かすためにダンジョンに入ることがなくなることを期待しているからである。

 国が力を入れて調査するのに、学生がウロチョロしていたら鬱陶しいに違いない。


 何度も死んだクソみたいなダンジョンに近寄らないでいいのであれば、ナナシのクンカーも多少我慢できないこともないではないような気がしないでもなかった。


「……でも、やっぱり不安。だから、あなたの匂いを嗅いで、安心感が欲しい」

「……ソッカ。じゃあ、スキニシテクレタライイヨ」


 投げやりに、良人は答えた。

 あやす必要がなくなったと思えば、楽なものだ。


 好きにさせよう。


「……うん。じゃあ、とりあえず腋とか股とかの濃い匂いを嗅ぐ」

「ちょっと待とうか」


 やっぱり、好きにはさせなかった。




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