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第92話 よくやったわ

 










「さーて、帰るっすかぁ!」

「そうですね。行きましょう、梔子さん」


 俺の顔を見て、にこやかに笑う隠木とグレイ。

 その表情に、俺に対する隔意などは微塵も感じられない。


『彼女たちは君のとんでも特殊能力を知ってなお、普通に接してくれるみたいだね』


 とんでも能力って、現実改変とやらか?

 ぶっちゃけ、これを理由に俺から離れて行ってくれた方がいいんだけど……。


 隠木はともかく、グレイは俺を拉致誘拐しようとした国際テロリストだし。

 隠木は俺を一度殺した(らしい)白峰側の人間だしな。


 はぁ、俺の周りが殺人鬼だらけでつらい。


『君が思っている以上に、現実改変の能力は凄いんだよ……』


 寄生虫はそう言うが、俺としてはあまり実感できていないのだから、そんなに分からない。

 まあ、有用性というか、使い勝手がよさそうなのは理解できる。


 つまり、俺が好きなように、俺の都合がいいように、世界を作り変えることができるってことだよな?

 日本の総理大臣・俺とかもできちゃうんだよな?


 絶対にしないけどな。

 俺、責任っていう言葉が嫌いだし。


 だから、俺がこの力を使うとしたら……。

 ……俺が今すぐ俺をヒモにしてくれる女が現れることを願ったら、それは現実になったりする?


『別にやってもいいと思うけど、ぶっちゃけ脳とか身体への負担が半端ないと思うよ。自分の死を覆すというのは、あくまで死から生に状態を変えることだけだ。人の動きを左右するような、世界の運命を変えたり因果律を無理やり組み替えたりするのは、とんでもない負荷がかかると思うけどね』


 気安くとんでもないことを言いやがる。

 なんだ、強い能力には代償が必要ってか?


 古臭いゲームとか漫画みたいな考え方しやがって。

 だいたい、死者蘇生の方がやばいだろう。


 これをバンバン使っている俺の負担が心配になるくらいには、強力だ。

 しかし、世界を書き換えるとか、常識を塗り替えるとか、そういうことはしていないのは事実だ。


 あくまで、死んだという現象を変えているだけで、確かに死んだという認識自体は変わっていない。

 これが、元から死んでいなかったというふうに流れそのものを変えようとすると、負担も大きくなるのかな?


 まあ、全部推測に過ぎないから、考えても仕方ない。

 よし、絶対ダンジョンから出たら確かめよう。


 絶対に、絶対にだ。

 たとえどれほどの艱難辛苦が待ち受けていようとも、俺は止まらねえ。


 止まるんじゃねえぞ。


『今までそんな決意を持っていばらの道に進もうとしたことなかったのに。どれだけ強い欲望なんだ、この情けない願望は』


 ヒモは情けなくねえ!

 老若男女全人類共通した夢だ!


『人類はそんな愚かじゃない』


 言いすぎじゃない?

 軽く打ちひしがれていると、俺の肩をポンと叩く綺羅子。


「させると思って?」

「俺、話してないだろ!?」

「顔を見たらわかるわ」


 何だこいつ。

 どんだけ俺のことを見てんだよ。


 といっても、俺も綺羅子の顔とか感情の揺れ動きは逐次チェックしている。

 なんか苦しんでいたら嬉しいし、喜んでいたら奈落に叩き落さないといけないから。


 まったく、忙しいことをさせないでほしい。


「……あのムカデが一番の脅威だった。でも、あれ以外にももちろん魔物の脅威はある。気を付けて」


 ガキがそう声をかけてくる。

 いい加減こいつの名前を知りたいものだ。


 いつまで経っても俺の中ではガキとかクソガキとかになってしまう。

 ……まあ、別にいいか。


 そんなことを思いながら、ガキに笑いかける。


「大丈夫だ。君の特殊能力で祈ってくれただろう? 君の力を借りて、俺は無事で地上に出る」

「……うん」


 コクリと頷くガキ。

 よし、とりあえず好感度を上げて……。


 がっしりと肩を掴まれる。

 さっきはおいていたのに、今はわしづかみだ。


 いてぇ。

 案の定綺羅子である。


「俺たちは全員で、でしょう?」

「ははっ、もちろんだよ。言葉の綾さ」

「うふふっ」


 にこやかに笑いあう俺たち。

 手、放せや。


「なーんかここ寒くないっすか?」

「気のせいでは?」


 隠木とグレイが話し合っているが、とくに気にすることはないだろう。


「よし、行くぞ!」


 こうして、今度こそ地上を目指して、俺たちは歩みを進めるのであった。










 ◆



「ゴオアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 まず、出迎えてくれるのは鬼だ。

 世界を滅ぼす際に、魔物たちの尖兵として大暴れした、驚異の化物。


 そうそう見たくない顔なのに、目の前には数十、数百といる。

 凄い、全然珍しくない。


 どこにでもありふれている存在なんですね、分かります。


「キキキキキキ……」


 もちろん、地面に足をつけて襲い掛かってくる魔物だけではない。

 天井を見てみよう。


 うじゃうじゃといる、人より大きなサイズの蜘蛛たち。

 鋭い爪の生えた脚で、硬い岩壁だって自由に動き回れる。


 あれに刺されたら、人間の身体は簡単に裂かれることだろう。

 そして、ダンジョンの敵は魔物だけではない。


 ダンジョンそのものが意思を持って人間を陥れようとしているかのように、突然地面に大穴が空いたり、壁から手が伸びてきたり。

 凄い。モンスターハウスかな?


 そして、問題は全部俺を致命傷に追いやることができるほどの殺傷能力を秘めているということだ。


「いやー、マズイっすねぇ。これ、どうやって乗り切るんすか?」


 透明になっている隠木の声は引きつっていた。

 俺もそれには強く同意する。


 本当だよ。

 囮の数が足りねえぞ。


『ナチュラルに仲間を見捨てる覚悟を決めないでくれるかな?』

「あなたの特殊能力で地上に赴き、援軍を依頼することは可能ですか?」

「自信はないっす。透明になれるだけで、後は消えないっすからね。消音や消臭の訓練はしてきていますが、あれだけの数に引っかからないとは言い切れないっす。あと、単純に魔物は抜けてもダンジョンに殺されそうっす」

「……正面突破しかないですか」


 グレイは重々しく呟く。

 あんなところに突っ込めというのか!?


 結局、それって深層に落ちた時と一緒の展開になるんじゃないか?

 もう人面ムカデみたいな化物と遭遇するのは絶対に嫌だぞ。


 何回殺されたらいいんだ。


「正面突破となれば、綺羅子の出番だな」

「何を妄言を吐いているのかしら、このクズ男は」

「君の【爆槍】の破壊力は、とても期待しているよ。まさにこういう時のための力じゃないか。存分に力を振るってくれて構わないよ」

「ぐぬぬ……!」


 ほらほら。

 周りに隠木たちがいるから、『こんな奴らどうでもいいから自分は危険なことはしない』と言えないねぇ。


 この中で一番火力が高いのは綺羅子だ。

 まさに適任。


 彼女はこの日のために生まれてきたのだろう。


「いえ、あまりいい考えではないと思います。私が梔子さんのお考えに異議を唱えるのは、まったくもっておかしいことですが」

「ウチらが深層に落ちたのも、黒蜜さんの能力でダンジョンがぶっ壊れたことが原因っすからね。また逆戻りはしたくないっすし、高い所から落ちたら、人間やばいっすよ。おそらく、前回も梔子さんの無意識に救われたところがあるんでしょうね」


 しかし、グレイと隠木が否定する。

 グレイの俺に対する信奉ぶりが少し怖い気がした。


 ただ、隠木の言う通り、あの深層に落ちた時も、俺たちは全員大きなけがもなく無事だった。

 それは、俺が無意識下で現実改変を行って、怪我をしていたという事実を捻じ曲げたのかもしれない。


 まあ、かなりの高さから落ちていたのに、まったく無事というのがやっぱりおかしいよな。


「(つまり、全部お前のせいじゃん。責任取って囮してこい)」

「(私のあれがなかったら、魔物の群れに押しつぶされていたわ。まさしく、救世主、命の恩人よ。今こそその大恩を返す時。良人、突っ込みなさい)」


 ぐいぐいと押し合う。

 クソ! 貧弱のくせに、どうしてこういう時は俺と張り合えるだけの力を発揮するんだ!


 ゴリラか。お前はゴリラなのか。


「ガアアアアアアアアアア!!」


 と、同じ場所に居続けたからだろう、鬼の一匹がこちらに気づいて、猛然と走り寄ってくる。


「綺羅子ぉ!!」

「えぇっ!? 私のせい!?」


 ギョッとして見てくる綺羅子。

 そちらを見る余裕はない。


 ひいいいいいいいっ!

 迫りくる鬼。


 ギチギチ蠢く人より大きな蜘蛛。

 それらが一斉に襲い掛かってくるのである。


 怖すぎる!

 鬼も俺より大きくて筋肉ムキムキだし、出合頭に衝突しても死ねる。


 そんな死に向かって一直線の現実を見て、俺はただひたすら強く願った。

 もう死ね! 全部死ね!


 俺に仇為す奴はむごたらしく死ね!!


『そんなに怯える必要はないよ。あんな雑魚にやられるほど、君の能力は弱くないんだから』


 寄生虫の言葉が、やけに脳内で強く響いた。

 直後である。


「――――――」


 あれだけ騒がしかったのに、一気に静かになった。

 そして、まるで操り人形の糸が突然切られたかのように、ドシャリと音を立てて、すべてが地面に崩れ落ちた。


 猛然と走り寄っていた鬼はもちろん、天井に張り付いていた蜘蛛も例外ではない。

 すべて、血と臓腑をまき散らしながら、命を落としていた。


 壁から伸びていた腕は、もうどこにもない。

 ダンジョンも、まるで死んでしまったかのようにギミックを発動させることなく、当たり前の壁や地面として存在していた。


 ぶわっと血なまぐさい匂いが届いてくる。

 正直、それだけで戻しそう。


 クソつまらないスプラッター映画を見せられている気分だ。

 あれだけ脅威をまき散らしていた魔物たちは、瞬きする間に、あっけなく命を落とした。


「……グロっ」


 誰が言っただろうか。

 しかし、それはここにいる者全員の総意だっただろう。


 マジでグロイ。

 どうしよう、お肉食べられなくなるぅ……。


 肩を落としていると、俺の前に満面の笑みを浮かべる綺羅子が現れる。


「よくやったわ」

「何様だテメエ」




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