第91話 死んでも
「…………」
唖然とするグレイ。
ポカンとだらしなく口を開けて呆けている姿は、かなりレアだ。
……写真を撮ってもばれないだろうか?
インターネットで売り出したら、割と売れそう。
亡国の姫、呆ける。
こんなタイトルでどうだろうか?
「……チートじゃないっすか?」
隠木も戦慄していた。
乾いた笑みは、普段から余裕のある彼女らしくない。
ガキも……いつも通りだな。
ずっと無表情だったわ、こいつ。
で、当事者である俺と、そんな俺と一番付き合いの長い綺羅子は……いまいちその現実改変とやらが理解できていなかった。
「(なあ、現実改変ってなに?)」
「(なんだかよく分からないけれど、この二人が凄い反応しているし、凄いんじゃないの? 全然分からないけど)」
「(役立たず)」
「は?」
割と大きな声を出しつつ睨まれたので、ちょっとビビった。
コソコソ話しているのに、急に大きな声を出されると困るわぁ。
俺と綺羅子だけ明らかに話に置いていかれていた。
『確かに、チートだよね。こんな強力な……それこそ、世界を滅ぼせるだけの特殊能力が、たった一人に宿っているんだもん。……しかも、性格最悪な奴に』
「え? 聖人みたいな性格だって?」
『言ってねえよ』
人のことを性格最悪とかよく言えるな。
何の許可も得ていないのに勝手に人の脳内に住み着いていたお前の方が最悪最低だわ。
早く滅却されて、どうぞ。
というか、世界を滅ぼせるってどんだけだよ。
俺は核爆弾か?
『現実改変の能力は、文字通りだ。この世界に存在する現実を、思い通りに改変できる。例を挙げるなら、それこそ先ほど戦っていた人面ムカデの時がいいだろうね』
なんかペラペラ語り始めた。
自分の持っている知識をひけらかしたいタイプだな。
周りから嫌われる感じの奴。
俺はもうこいつのこと嫌いだから、当たっているわ。
『あの時、君たちは全員確かに人面ムカデに殺された。いや、黒蜜 綺羅子だけはまだ死んでいなかったかな? ただ、あのままだと間違いなく殺されていたから、全滅と言っていいだろう』
あれは、やはり現実だったのか。
めちゃくちゃリアルな夢の可能性も捨てきれていなかったが……。
『でも、君たちは、今こうして生きている。それは、梔子 良人の【現実改変】のおかげさ』
やっぱり、俺のおかげじゃん。
こいつらから命を救ってあげた費用を貰っていいよな?
一人一億円ずつな。
明日までに振り込みよろしく。
「……つまり、梔子さんが、私たちの死んだという現実を改変し、死んでいなかったということにしてくれたと?」
『その通り』
寄生虫は意気揚々と話を続ける。
『あの人面ムカデを燃やした黒い炎もそうだよ。君たちでは、あの硬い甲殻を破壊できる有効な力がなかったからね。いや、黒蜜 綺羅子の【爆槍】なら破壊できただろうが、ろくに戦闘経験もない彼女に、高速で動くムカデに致命傷を与えることはできないだろう』
もっと鍛えて俺の役に立てや、と肘で綺羅子を突く。
脚を思いきり踏まれた。
酷い……。
『だから、梔子 良人は無意識下で求めたんだ。人面ムカデを、一撃で屠れるような攻撃を。すると、現実が改変されて、君に黒い炎を操る特殊能力ができた。それで、人面ムカデを燃やしつくしたということさ』
特殊能力を作ったということか?
特殊能力を作る特殊能力か。
うーん、この……。
ややこしすぎてわからねえ。
「じゃあ、梔子くんの【無効化】と【カウンター】は……」
『それも、現実改変だよ。敵の攻撃を受けたくないと強く思ったから、敵の攻撃を無効化した。しっかりと視認して、考える必要があるから、時には無効化がうまくいかなかった場合もあるけどね』
俺をこんな地獄に引き入れた諸悪の根源である【無効化】も【カウンター】も、そもそもそんな特殊能力はなかったということか。
現実改変で生まれた能力に過ぎないと。
というか、攻撃を受けたくないと個々の攻撃に対して思わなくてはいけないのか。
めんどうくさ!
「(あなた、自分で攻撃を受け入れていたのね。ドM? 大丈夫、私はそれでも受け入れてあげるから)」
「(違うわ、ぶっ殺すぞ)」
『【カウンター】は、俺が攻撃を受けているんだからお前はそれ以上苦しめという想いが発露したものだね。だから、ちょっとだけ威力が上回っているんだ』
「陰険ね」
心底引くわー、と綺羅子が目を細めて見てくる。
それに対して、俺は胸を張る。
俺を苦しませようとした奴が苦しまないのはおかしいからね。
同じ苦しみ……いや、それ以上のものを味わってもらわなければ、納得できない。
「ということは、梔子さんの【現実改変】こそが唯一にして原典の特殊能力で、【無効化】や【カウンター】はその派生に過ぎないということですか」
『そうだよ。ちなみに、その現実改変が作用するまでに、梔子 良人は死にまくっているけどね』
「え?」
寄生虫の言葉に、俺はポカンと口を開ける。
死にまくっているって、どういうことっすか?
俺が明確に殺されたと思ったのは、あの人面ムカデくらいのはずで……。
『たとえば、最初のレクリエーション。梔子 良人と黒蜜 綺羅子、そして隠木 焔美は鬼と遭遇して、それを打倒したよね? その未来に行き着くまでに、一度梔子 良人は鬼になすすべなく殺害されている。その現実を改変して、打倒したんだ』
「えぇ……?」
鬼との遭遇は、いまだに覚えている。
クソみたいなレクリエーションをしてくれた学園を恨んでいるから。
あの時、鬼の一撃必殺ともいえる強大な攻撃を、【無効化】で防いだ。
……あれができるまでに、俺は撲殺されていたわけか?
頭がパーン! となっていたわけか?
『それ以外にも、白峰との戦闘でクリーンヒットを貰って打ち所が悪く、不慮の死亡。黒杉との戦闘で瓦礫を頭部に受けて死亡。ジェーン・グレイとの戦闘で敗北し滅んだ王国へ向かい、魔物との戦闘で死亡。浦住 作子との戦闘で敗北して頭部を破壊されて死亡。浦住 作子との戦闘で敗北し、中華大陸に連れて行かれ、東部軍に人体実験をされて死亡。仮に生き残っても、操られて身体が壊れるまで使われて死亡。そして、今回のダンジョンで複数回死亡。これ、全部現実だったから』
「――――――」
「あ、白目剥いてる」
淡々と告げられる寄生虫からの衝撃の真実に、俺は耐え切れない。
ふ、ふざけるなぁ!
俺、死にまくりじゃねえか!
何だこの死ぬこと前提のクソみたいな展開はぁ!
俺は一度も死ぬことなく、他人を見下し、他人の成果を啜り、楽に生きていくって決めているんだよ!
てか、グレイも浦住も怖すぎるわ!
ほとんど同級生に殺されている俺ってどうなの?
『そのたびに、彼はその現実を作り変えて、今のすべてがうまくいったご都合主義の世界にしたんだよ。無意識のうちにね』
全員が、俺を見てくる。
む、無言で見るな。怖いんだよ。
こっち見るなって言ってんだろ!?
『これが、梔子 良人。世界を滅ぼすことも、世界を救うこともできる、最強最悪の特殊能力の持ち主だよ』
めっちゃ大げさに言っていない?
俺は確かに世界中どこを探しても俺より価値のあるものは存在しないくらい素晴らしい人間だけれども。
ただ、世界を滅ぼすとか、救うとか、そんなつもりはまったくない。
絶対しんどいし。デメリットの方が大きいし。
やりたい人がやればいいんじゃないかなって。
そんな俺の肩に、ポンと手をのせる綺羅子。
満面の笑みを浮かべて、一言。
「私に都合のいい世界を作ってくれないかしら?」
「死んでも嫌だ」
俺もにっこり笑顔で返してやるのであった。




