第90話 梔子良人の特殊能力
何だかよくわからん気味の悪い人面ムカデを、なんだかよくわからん理由で撃破!
誰が何をしたのか全然分からんが、何かこんな形になった。
『全然分かってないじゃん』
分かるわけねえだろ。
マジで何にもわからんわ。
しかし、これが都合の悪い方向に向かうのであれば泣き叫んでいたが、明らかに俺にとって都合がいい。
どう考えても勝ち目のない化け物が、あっけなく死んでくれたのである。
なら、もう俺の足を止めるものは何もない。
あんな化物が複数いるとは思えないし、思いたくもない。
さっさとあの部屋を通って、地上に上がり、このクソみたいな展開をマスコミに暴露して学園から退学してやろうと画策していたのだが……。
「さて、重要参考人兼被告人兼終身名誉死刑囚である良人に、話を聞かせてもらうわ。黙秘権もあるけど、使ったらこの槍でチクチクするから、そのつもりでね」
「ちょっと待て」
俺を冷たく見下ろす綺羅子に、思わず声が出る。
なぜか地上に上がらず、俺たちは逆戻り。
ガキが使っていた部屋で、俺は正座させられていた。
おかしいですよね?
なんで俺がこんな目に合っているわけ?
正座なんて行儀正しい座り方をそうそうしないから、もうしびれてきた。
いてえ。
「なんで俺が拘束されているんだ?」
「どう考えても全部あなたのせいだからよ」
「俺のおかげって考え方はないの?」
ギロリと睨んでくる綺羅子。
仮面、取れかけていますよ。
俺以外にも人が周りにいるのにいいのか?
まあ、今更取り繕ったところで、俺が積極的にばらしていくけれども。
「でも、気になるっすよねー。秘密にされていたと思うと、探りたくなるのが人情っす」
ヘラヘラと笑う隠木。
色々あって疲れているのだろう、透明化は解除されていた。
メカクレ状態で、まるで幽霊みたいで怖い。
あと、胡坐かいているから、パンツ見えていますよ。
黒か……。まったく有用じゃない情報を手に入れてしまった。
いらね。
あと、そんな人情持っているのって卑しい連中だけだろ。
お前のことだよ、隠木。
「いや、秘密にしているとかそういうことじゃなくて、俺もさっぱり分からないんだよ。俺もあの水晶で特殊能力が【無効化】っていうことが分かっているんだし、隠しようがないと思うんだが」
「でも、その後もう一つの新しい特殊能力が出てきたわよね?」
「…………知らん」
知らんもんは知らん。
特殊能力とか、そもそも一生関わることがないと思っていたから、中学まではちゃんと授業を聞いたことがなかったし。
綺羅子は隠し事をしていたということにイラついているのかもしれないが、隠すつもりがまったくないので、それは被害妄想も甚だしい。
「私は梔子さんを信じます。この人が私に嘘をつくはずがありません」
グレイは何の迷いもなく言った。
重いよ……重いよ……。
普通、嬉しいと思うはずなのに、冷や汗が止まらないよ……。
あと、今も現在進行形で演技して嘘をついていて、そこは本当に申し訳ないと思っている。
思っているだけだが。
『全然心がこもっていなくて笑える』
「しかし、どういう力なんすかね? 一度死んだ人を蘇らせる? えげつなくないっすか?」
えげつないよ。
節理とか常識とか倫理とか、何か色々ぶっ潰しているとんでもない特殊能力だよ。
そして、これを公言してしまえば、間違いなく俺の立場は悪くなる。
死者蘇生、不死。
これは、古代から人類が求めていた究極の欲望だ。
それができると知られれば、俺……の能力を求めて色々な人間が狙ってくることだろう。
ぶっちゃけ、怖すぎる。
俺を捕まえて能力を使わせるくらいだったらまだしも、俺を解剖して能力の秘密を解き明かそうとするクソがいないとも限らない。
世の中には、こんなことをよく考えて実行したな、と思えるような人間もいるのだ。
そんなものに目を付けられたいと思うはずがない。
だというのに、少し考え込むしぐさを見せていた綺羅子は、俺の顔を見てニッコリとして言った。
「私と一緒にビジネスしませんか、良人?」
「ふざけんな」
俺に死者蘇生させまくって一儲けするつもりだな?
確かに、この能力があれば、とんでもないほどの大金を手に入れることができるだろう。
誰かを生き返らせたいと思う奴は腐るほどいるし、何なら自分が死んだ後に生き返らせろと前もって契約を結ぼうとするやつもいるに違いない。
そこに目をつけたのはいいが、俺が目立つだろうが。
綺羅子が矢面に立ってくれるんだったら、素晴らしい提案だが。
「別に、俺が君たちに秘密にしているとかじゃないんだぞ? 本当に分からないし……。仮に俺だとしても、3つ目の特殊能力なんて現実的じゃない。そもそも、俺じゃなくて、君たちの誰かかもしれない」
そうだ。
なぜか全員が俺の仕業だと思っているようだが、俺はそうではないと思っている。
自分が何か力を使おうと考えたこともないし、実行したこともなかった。
加えて、いくら何でも個人に3つの特殊能力はおかしすぎる。
どう考えてもあり得ない。
俺がそう言えば、グレイも納得したように頷く。
「確かに、一人一つの特殊能力が、同じ人に三つも発現するのは変ですね」
「びっくり人間っす!」
「加えて、あの人面ムカデを焼き尽くした黒い炎。梔子さんだとすれば、四つ目の特殊能力ということになります」
「考えにくいっすねぇ」
この中で特殊能力に詳しいグレイと隠木の会話。
そうだ。
人面ムカデにとどめを刺した、あの黒い炎の塊。
あれも、結局誰が出したのだろうか?
これも俺だというのであれば、そいつの頭はパッパラパーである。
4つ目の特殊能力なんて、もはやおとぎ話だ。
「では、あなたでしょうか?」
次にグレイが目を向けたのは、やはりガキだった。
正直、俺よりも分からない特殊能力を持っているのは、こいつだろう。
うん、全部こいつのせいだ。
俺は悪くない。
しかし、ガキは首を横に振る。
「……違う。私にそんな力はない。やっぱり、神様のお力だと思う」
「……なんでそこで俺を見るのかな?」
神様というところで俺を見たら、何かやばい感じするよね?
止めよう、クソガキ。
テメエ、マジでちゃんと考えてから行動しろよ。
「……神様?」
「違う」
ついに口に出しやがった。
なんで俺が神様なんだよ。
そんな存在にあてはめられるほど、俺のスケールは小さくない。
『あー、じゃあそろそろ答え合わせをしようか?』
得意げに話しかけてくる脳内異常生物。
うるせえ寄生虫だな。
何そんなに嬉しそうにしてんだ。
そう思って辟易としていると、なぜか全員が驚いたように俺を見ていた。
こっち見んな。
「……え? 今の、誰の声っすか?」
「聞こえているのか?」
隠木の言葉に驚かされたのは、今度は俺の方だった。
声というのは、もちろんあの寄生虫のことである。
しかし、今までは俺だけにしか聞こえない、まさに幻聴に相応しい存在だったはずだ。
それが、どうしてこいつらに……?
『今はここにいる人に聞こえるようにしているからね。バッチリだよ』
そんな無駄に便利な機能持っていたの?
「誰ですか?」
綺羅子は警戒の色を隠さない。
お前、こっそり近づいて俺を盾にしようとしてんじゃねえぞ。
というか、俺の脳内の寄生虫なんだから、むしろ危険に近づいてんだぞ、お前。
何かやばそうなことがあったら当たり前のように俺の近くに寄ってくるのやめてくれませんかね?
『えーと、自分の説明をしてもいいんだけど、まあ今はこれまでの不可思議な現象について知りたい人ばかりだろうから、そっちを話させてもらうよ』
訳知り顔の寄生虫。
いや、顔は見えないのだが、なんだか得意げなので腹立たしい。
ついでに、お前が消える方法も教えてほしい。
『あの人面ムカデに殺されて、蘇ったこと。あの人面ムカデを殺したこと。全部、良人の力だよ』
「ほら~」
警戒していたのは何だったのか。
綺羅子はニヤニヤしながら、俺のわき腹を突いてくる。
触んなや。
「いや、俺にあんな力はないって言ってんだろ! 【無効化】と【カウンター】だろ!?」
『あれらは、たった一つの特殊能力によるものだ。そして、良人の力でもある』
こいつ、もしかして俺のことを陥れようとしていないか?
どう考えても俺の力じゃないだろ。
頑として認めないぞ。
まあ、寄生虫の言葉なんて信じられるはずもないし。
「だから、俺にあんな力は……」
『そもそも、不思議に思わなかったのかい? どうして、一人の人間に二つの特殊能力が生まれたのか』
「まあ、それは気になるっすよね。歴史的に見ても、そんな人がいたなんてウチは知らないっす」
隠木がうんうんと頷く。
え、俺ってそんなに珍しいの?
いや、まあそこらの有象無象とは比べものにならないほど特別であることは、今更言うことではないけれども。
そもそも、不思議というのであれば、俺に特殊能力が発現したことだ。
俺はいまだに認めていないし、何かの間違いであると確信している。
『答えは簡単だよ。良人は二つも特殊能力を持っていない。一つだけさ』
「じゃあ、今までのこの人の能力はなんなのよ。間違いなく二つあったわよ」
『それら二つのように見えるのさ。良人の持っている、一つの特殊能力はね』
……結局、俺は一つの特殊能力持ちなのか二つの特殊能力持ちなのか、どっちなんだよ。
俺的には、実は何も持っていませんでした、という展開をお勧めする。
俺が大喜びするぞ。
「もったいぶらないで、さっさと教えていただきたいのですが。私はあなたのことも信用していませんが」
『まあ、ウダウダと時間を費やす理由もないし、端的に言わせてもらうよ』
グレイの言葉に、寄生虫はどこか喜悦を交えつつ、答えた。
『梔子 良人の特殊能力は、【現実改変】だ』




