第9話 ダンジョンへ
「と言っても、お前らにいきなり魔物と戦えなんてことは言わないぞー。自衛隊が安全を確保している超浅い層を歩くだけだ。いずれお前らもガンガン入っていく場所だから、雰囲気とかを見ておけよ。まあ、散歩みたいなものだ。適当に駄弁りながら歩いてこーい」
ほんとぉ……?
浦住の言葉に懐疑的な俺。
『君は基本的にすべてのものを信じていないじゃん』
それの何が悪い?
大体、人殺しの化物ばかり現れるダンジョンに、15、6歳のガキを突っ込ませるなよ。
少年兵上等か?
『まあ、さすがに何の訓練も受けていない高校一年生を、死ぬか生きるかの場所に放り込まないでしょ』
寄生虫は暢気なことを言っているが、俺は他人を信用しない。
浦住のこともまったく。
だから、いざというときの盾二人は、しっかりと手元に置いておかなければ……。
『ナチュラルに人間を盾っていうことができるのって、この現代で数少ない存在だよね』
照れるぜ。
『あれ、褒めてるように聞こえた?』
とりあえず、綺羅子と隠木を近くにおいておこう。
いざというときは、こいつらを囮に逃げればいいわけだし。
まったく、使い勝手のいい手駒だ。
「良人、私少し怖いわ。一緒に行動しましょうね?」
「ああ、もちろんさ」
目があった綺羅子と、にっこり笑みを交わす。
こいつ、同じことを考えてやがる……。
利用される前に利用してやる。
覚悟しておけ。
『お、お互いがお互いのことを盾としか認識していない……!』
「いやー、そんなにイチャイチャされていると、ウチの部外者っぷりが凄いっす。めちゃくちゃ入りづらいんで、できる限り抑えてもらっていいっすか?」
ひょこひょこと近づいてくる隠木。
相変わらず見えにくい。
どうにかしろ、透明人間。
「ああ、すまない。もちろん、君のことも大切な仲間だと思っている。これから、日本と世界のために頑張ろう」
「ええ、皆で協力しましょう」
『微塵も心にないことを言う……』
うん。
「おー、意外と熱い人なんっすね。ウチも頑張るっすよー!」
えいえいおー、と気合を入れる隠木。
うざい。
おお、頑張れよ。
俺の肉壁としてな。
『同級生を平然と身代わりにしそうなところが本当ゲス』
◆
「…………」
『……すっごい雰囲気あるね』
ダンジョンの前に立ち尽くす俺。
そこは、大きな洞窟のようだった。
だが、普通の洞窟――――まあ、俺は洞窟に入ったことがないが――――よりもはるかに入り口が大きい。
これだけ大きければ、化け物が這い上がってくるのもわかる。
実際、それで多くの犠牲者が出たのだから、笑えない。
俺が巻き込まれていたと思うと、ゾッとする。
他人? 知らん。
というか、このダンジョン怖い!
なんか変なうめき声とか聞こえない?
気のせい?
悲鳴とか聞こえた気がするんだけど?
『怯えすぎでしょ。というか、学生が悲鳴を上げるような事態になっていたら、それはもう大事件だよ』
ま、まあ、レクリエーションって言っていたし、浅い層を散歩するような感じなんだろうけども。
それでも、命の危険がある場所には近づきたくないのが心情だ。
そこで、俺は同じく顔を強張らせていた綺羅子に、にっこりと笑みを向けた。
「綺羅子、レディファーストだよ。先にどうぞ」
「私、男性の三歩後ろを静々と歩く系女子なの。お先にどうぞ」
どの口が言ってんだ、こいつ。
俺と綺羅子はにらみ合いをする。
何が三歩後ろを歩くだ。
絶対嘘だぞ。
仮にそうだとしても、何かやばいものが来たら全部押し付けるために前に出しているだけだろ。
「えー、どっちも遠慮しあっていたら意味ないっすよ。ウチが先に行くっす!」
まったく動きを見せなくなった俺と綺羅子に業を煮やしたのか、隠木が軽い調子で先に歩いて行った……気がする。
よろしい。
まずは危険がないか、お前の身体で確認して来い。
そして、俺たちはダンジョンの入り口前に立つ。
近くには武装した自衛隊員などもいる。
どういう管理をしているかはさっぱりだが、ダンジョンから化け物が出てきたら応戦できるようにしているのだろう。
……改めて思うけど、そんな危険な場所にガキを突っ込ませるなよ。
「凄い広いっすね。こんな大きなものが、どうして自然発生したんっすかね?」
今は順番待ちだ。
暇になった隠木が、そう声をかけてくる。
知らん。
俺は一生関わることのない場所だと思っていたから、まったく興味がなかった。
最悪だよ、クソが。
「よーし、次のグループ進めー」
浦住が俺たちを見て言う。
進みたくないです……。
「ウチらっすね。さあ、行きましょう!」
「「…………うん」」
『二人とも返事がおもっ!』
◆
多くの生徒たちがダンジョンに入っていった。
駆け落ち逃走劇によって日本中で注目の的になっていた梔子 良人と黒蜜 綺羅子も、中に入っていく。
それを、浦住と教師の一人が見ていた。
「全員行きましたね、浦住先生」
「あー、そうですね。で、毎年恒例のあれもやるんですか?」
「ええ。あれがないと、どうにもふわふわしてしまいます。特殊能力なんて力をポンと渡された子供が勘違いし、おかしな道に逸れないように。また、ダンジョンで力を過信して死なないためにも、必要なことでしょう」
面倒くさそうに聞いてくる浦住に、教師は苦笑いで応える。
ただ、生徒を驚かすためだけなら、こんなことはしない。
肝試し感覚なら、すぐにでも止めるべきだと進言する。
だが、このダンジョンで味わう恐怖が、生徒たちに身の程を教えてくれる。
まだ、彼らは若い。
中学を卒業したばかりの子供に、強大な力である特殊能力が突然与えられたら、よからぬことに利用する者もいる。
それを管理するために、日本特殊能力開発学園に強制入学させられるのだが、それに加えて自分たちが特別ではないと教えるための、大切なイベントだ。
そして、危機を共有すれば、その者との仲間意識が芽生える。
仲良くなるためのレクリエーション。
案外、嘘ではないのだ。
「でも、これ万が一ミスったら、あたしたちの首は簡単に飛びますね」
「……怖いこと言わないでください」
確かに、こんなことが公になり、マスコミにでも報道されたらかなりのバッシングを浴びるだろう。
もちろん、そんなことがないように、しっかりと厳重に管理と観察を行っているのだが。
「まあ、あたしはクビでも何も問題ないですけど」
「浦住先生!?」




