第87話 どうなってんの?
黙々と準備を整える。
と言っても、そんなに抱えるものはない。
この場所に滞在している間に見つけた鉱物、そして少しの水くらいなものだ。
できる限り水は飲みたくない。
ダンジョン内のものだから、ぶっちゃけ汚い。
水道水をがぶ飲みしたい。
今回、ついにガキの祈りで、動いても大丈夫だという結論が出た。
一刻も早くこのクソみたいな場所から抜け出すために、俺たちは準備を整えたのだ。
「よし、準備はできたな」
「ええ」
「はいっす!」
「はい」
俺の問いかけに、肉盾たちが勇ましく頷いてくれる。
活きが良い。
いざというときは、立派に壁を務めてくれることだろう。
俺もうんうんと頷いておく。
さて、と振り返り、ガキを見る。
相変わらずの無表情で、じっと見上げてきていた。
結局、分からんだらけだったな、こいつ。
「短い間だったけど、凄く世話になったよ。本当にありがとう」
「……別にいい」
会話は短く終わってしまうが、これでいい。
長時間話すつもりなんて毛頭ないし、もう二度と会うことはないからだ。
これで最後だ。
「あなたはここに残るのですか?」
と、俺が思っていたにも関わらず、グレイが余計なことを言ってしまう。
あ、馬鹿。
そんな言い方をしたら、何かあれな感じになるだろ。
「……外には出てみたい。でも……」
悩むしぐさを見せるガキ。
馬鹿野郎。
なんかそんな風に悩んだら、背中を押さないとダメな感じになっているだろうが。
『ならないけど?』
俺の性格イケメンだったら、そうしないと辻褄が合わなくなるんだよ。
俺は心底嫌々ながら、声をかける。
「もし、君にとって不都合がないんだったら、一5緒に外に出ないか?」
「…………」
「いや、本当に少しでもここに残りたいって言うんだったら俺は絶対無理に引き留めないしやっぱり祈りとか捧げないといけないだろうからここに残った方がいいのかもしれないし俺は本当はそんなことは思っていないけどでも君自身が思うんだったらそれには従った方がいいと思うし」
矢継ぎ早に喋る。
凄い。言葉が途切れない。
何だったら、あと一時間くらい考え直すよう話し続けることができる気がする。
『ややこしそうだから残ってくれって一言で済む話だよね』
馬鹿かな?
俺は呆れてため息を漏らす。
そんなこと言ったら俺の評価は地の底にまで落ちるよね?
もっと考えようよ。
俺の必死の説得は届くのか!?
「……外に、出てみたい。太陽を、見てみたい」
はい、届きませんでしたー。
おずおずとガキが言ったことにより、もうこの訳の分からん存在を連れまわすことが確定してしまった。
最悪だよ。
「そうか。じゃあ、一緒に行こうか(絶望)」
「(余計なことを言ってんじゃないわよ!)」
「(ちゃんと話を聞いていたのか!? 完全にグレイのせいだろうが!)」
小声で怒鳴り合う俺と綺羅子。
お前が日和って何もしなかったからだろうが!
ちゃんと俺のことをアシストしろや!
「よーし、じゃあ帰るとするっすか!」
意気揚々と隠木が言う。
俺の意気はどんどんと低下していったが。
俺たちは五人となり、ダンジョンの出口目指して歩き始めるのであった。
そして、俺たちはダンジョンから出ることなく、命を落としたのであった。
◆
ダンジョンの出口に向かって歩いている良人たち。
綺羅子の【爆槍】で一気に落下してきたため、その道を歩くことは初めてだった。
というか、それだけの高さから落ちて、何で誰も死んでいないのか。
死にはしなくとも、骨折くらいの重傷はしそうなものだが、誰もそんなことはない。
不思議に思う良人であったが、自分にとって都合がいいことなので、考えることはそこで放棄した。
悪かったら必死に考えるくせに、大変な違いである。
「はあ、広い空間だなあ……」
ボケーッとしつつも、しかし魔物が来たらすぐに誰かを盾にできる位置をキープしながら歩いていた良人。
彼を含め、一同はぽっかりと開いた空間に出る。
天井もかなり高い。
円形に広がったこの場所は、道として続いていたダンジョンでは初めて見た。
道というより、大きな部屋のようだった。
「魔物が構えているかと思いましたが、それは杞憂のようですね」
「だとしたら、この空間の無駄遣いっすね」
「魔物が出てこないに越したことはないですから。私としては、出口までこんな感じだと助かりますわ」
「同感だ」
ワイワイと話す。
部屋と言えば、主というのがいそうなものだが、そういった存在はまったく見えない。
グレイの索敵にも引っかかっていないし、ただただ空間が広がっているのだろうと、良人は楽観視した。
基本的にこれで痛い目に合うのだが、まったく学習しない。
「どうだ? 君はここまで移動したことはあるのかな?」
「……私一人の時は、あの場所から出たことはなかった。だから、ここに来るのも初めて。でも……」
ふと天井を見上げる少女。
思い出しそうで、思い出せない。
もどかしさに、眉をひそめている。
「……なんだか、懐かしい気がする」
楽しかったかすかな記憶。
誰かが、手を引っ張ってくれている。
笑顔で……同年代くらいだろうか?
その子だけじゃない。
他にも、何人も一緒にいる。
子供だけでなく、大人もいて……。
そして、自分も笑顔を浮かべて……。
――――――それから、どうなった?
「……あ、ダメ。ここで、あの人たちは……」
サッと顔を青ざめさせる少女。
ああ、そうだ。そうだった。
思い出した。思い出してしまった。
自分たちは、大勢で歩いていた。
上へと、上へと、外に出るために。
そして、ここで全滅したのだ。
空から降ってきた、化け物によって。
「あ……」
直後、ずるりと空から伸びてきた長大な身体。
顔を真っ青にして立ち尽くす少女を、かみ殺した。
首から上を失った彼女は、あっけなく地面に倒れる。
ズルズルと這っているのは、巨大なムカデのようだった。
細長い身体には、大量の数えるのも馬鹿らしくなるほどの足がついている。
なにより、大きい。
良人たちは、当たり前のようにそれを見上げていた。
ズルリと這いながら、ムカデはゆっくりと彼らを見る。
頭部に当たる部分。
そこには、普通のムカデのものはなく、良人が見慣れた人間の顔が張り付いていた。
ニタニタと薄気味悪く笑い、その汚らしい歯にはべっとりと血、そして肉片がへばりついていて……。
ギュルリと、人間では考えられない速度で動く。
胴体はムカデの、しかも硬い甲殻で覆われている。
通り過ぎざまに隠木とグレイをこするだけで、彼女たちの身体はあっけなく削り取られ、血の霧と化した。
その勢いのまま、人面ムカデは良人と綺羅子に迫る。
彼は何も考える余裕なく、とっさに綺羅子を突き飛ばし……。
満面の笑みを浮かべる人面が巨大な口を開けた。
むわっとあふれ出た口臭は、悍ましい匂い。
「は?」
そして、良人もすりつぶされて、死んだ。
◆
「また死んだんだけど!?」
良人は唐突に叫んだ。
……あれ、何で叫べているんだ?
ふと周りを見渡せば、そこには彼だけでなく、殺されたはずの隠木やグレイ、少女、そして綺羅子もいた。
……どうなってんの?




