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第83話 不思議なもの

 










「はあああ、怖かったああああ!」

「先生、ちゃんと鉱物を取ってきたよ!」

「ああ、よくやった。テストは合格だ」

「やったあ!」


 ダンジョンから、次々に学生たちが戻ってくる。

 全員、無傷ではない。


 制服に汚れはついているし、ひどいと怪我をして出血している生徒もいた。

 しかし、致命傷に至るような重傷ではない。


 テストを合格して喜びを爆発させている生徒たちを見ると、浦住も思わず笑顔になる。

 自分が特殊能力の授業で教えたことも、少しは役に立っているだろう。


 まだ教師を続けられて、こんな教師冥利に尽きる思いができて、改めて良人に対する感謝が浮かんでくる。


「白峰くんのおかげだね! ありがとう!」

「いや、皆の力があったからこそだよ。こちらこそ、ありがとう」


 白峰の元には、多くの生徒が集まっている。

 自分のグループはもちろんのこと、他のグループもダンジョン内で手助けしていたらしい。


 さすがは英雄七家の子孫ということだろうか。


「順調に戻ってきていますね」

「ええ。ですが、自力で戻ってこられなかった者もいます」


 浦住に同僚の教師が話しかけてくる。

 教師に抱えられてダンジョンから出てくる生徒もいる。


 自分の足で出てきた者たちより、やはりけがを負っていることが多い。

 彼女たちはすぐに病院に運ばれる。


 そして、そんな彼女たちを見送る無事だった生徒たちは、特殊能力者としての自覚とダンジョンへの適切な恐怖を自覚するのであった。

 そういった成長のためにも、このテストは非常に大きな意味を秘めていた。


「確かにテストに不合格だったのは残念です。しかし、隠れて追跡していた先生方が救出できて死者がまだ出ていないというのは、大成功と言っていいのでは?」

「確かに、今のところはそうですね。最後まで気は抜けませんが」

「ええ。ダンジョンは何が起こるのか、未知ばかりですからね」


 教師たちも、もちろんもとはと言えば特殊能力開発学園の生徒だった。

 このテストも受けており、その時の恐怖などはいまだに覚えている。


「しかし、やはり白峰や黒杉のように、頭角を現している者はすでに戻ってきていますね。まったく、子供とは思えないほど能力が強くて扱いも慣れていますからね。大人の面目が立ちませんよ」


 彼が目線をやるのは、傷ついた生徒たちが多い中、ほとんど無傷で立っている白峰と黒杉だ。

 やはり、この世代では彼らが頭一つ分抜けているだろう。


 ヘタをすれば、教師たちよりも強いかもしれない人材だ。


「期待通りと言うべきでしょう。国としては、これほど嬉しいことはないはずです」

「まったくですね。お偉いさん方は大喜びでしょう」


 特殊能力者の養成に力を入れる政府や英雄七家としてのプライドを持つ者たちは、彼らの活躍には頬をほころばせることだろう。


「まだ帰ってきていない生徒も多いですが、主だった生徒は帰ってきていますね。まだ帰ってきていないのは……」

「最初にダンジョンに入った、梔子たちですね」


 浦住は即座に言った。

 一番にダンジョンに入って、そして多くの生徒が戻ってくる中、いまだ戻ってくることのない良人たちを考える。


「確かに、まだ戻ってきていませんね。しかし、大丈夫でしょう。梔子と黒蜜の特殊能力は非常に強力ですし、隠木とグレイは経験も豊富です。一番安定しているグループですから」

「そうだと、いいんですが……」


 同僚の言うこともわかる。

 しかし、そんな優れた者たちが多いのに、いまだに戻ってきていないというのが、浦住にとっては怖かった。


「ダンジョンは、本当に何が起こるか分からない、地獄そのものですから」


 良人たちが無事でいてほしい。

 そう思いながら、不安を抱えつつ、浦住はダンジョンを見やるのであった。










 ◆



 か、身体中がいてぇ……!

 俺は瓦礫の上でもだえ苦しんでいた。


 ふざけやがってぇ!

 この俺に土をつけるとはどういうつもりだ、おおん!?


「みんなぁ……無事っすかぁ……?」

「大丈夫だ、問題ない」


 かすれるように聞こえてくる隠木の安否確認に、俺はキリッと答える。

 まあ、問題しかねえんだけどな。


 よたよたと立ち上がると、他の奴らもいることが分かった。

 全員生きてはいるらしい。


「すみません、私のせいで……」


 しおらしく謝罪してくる綺羅子。

 本当だよ。


 お前、そもそも絶対申し訳ないとか思っていないだろ。

 マジで適当に口に出しただけだろ。


「いえ、あのままだと、いずれ追いつかれて乱戦になっていました。場を仕切り直すことができたのは、幸いです」

「ただ、問題はここが明らかに深層ってことなんすよねぇ。おそらく、先生たちも深層に向かうなんて、誰も想定していないでしょうし。自力で戻るしかないっすね」


 そう、綺羅子は地面を破壊し、俺たちはそれで落ちた。

 つまり、ここは今回のテストで想定されていた場所ではない、深層。


 未知と恐怖の渦巻く地獄である。

 まだ深層の魔物が現れたわけではないが、そんなのに遭遇したら死ぬ。


 間違いなく死ぬ。


「どこまで落ちたんだろうな? 全員生きているということから、あまりにも多くの階層を落ちてきたわけではないと思うが……」


 崩れた天井を見上げる。

 うーん、高すぎてとてもじゃないがここから上には上がれないな。


 マジで何してくれとんじゃ、綺羅子。


「とりあえず、上を目指そう。マップもないから、かなり慎重に行動しなければならないが……」

「そうっすね。ここで待っていても救助は来ないっすし。頑張りましょう」


 ダンジョンの中に安息地なんてない。

 また、山で遭難した時とは違って、人が簡単に出入りできない場所である。


 ここでうずくまっていても事態は悪化の一途をたどるので、俺たちは行動することにした。

 そうして歩き出そうとすると……。


「いたっ……!?」


 綺羅子の鋭い声が響いた。

 知らんぷりしていいですか?


 あ、ダメですか。はい……。


「どうした?」

「……足をちょっとくじいちゃったみたい」


 痛そうに足首に触れている。

 靴下があるから腫れているかどうかは分からないが、まあここでしょうもない嘘をつく奴ではない……はずだ。


 綺羅子も生存にかけては思考回路が早くなるし、こんなところで嘘を言っても逆効果であることは分かっているだろうしな。

 しかし、そうか。頑張って。


 じゃあ、そういうことで……。

 そっと離れようとすると、足を掴まれる。


 君の爪、制服越しに肉に食い込んでいるんですけど?


「良人、私、足を痛めました」

「そうですか」

「……^^」

「……^^」

『どっちか引きなよ……』


 お互いニッコリ笑顔で見あっている。

 放せやアバズレぇ!


 自業自得だろうが! 責任取って自分で歩け!

 と、綺羅子しかいなければ怒鳴りつけていたところだが、隠木もグレイもいる中でできるはずもない。


 俺は心底嫌々、彼女の前にかがんで背中を向けた。


「…………足が回復するまでの短い時間だが、背中を使うか?」

「ぜひお願いします」


 返事がはやっ!

 というか、喋りながらもう俺の背中におぶさってきた。


 普通、同級生の異性を背中におんぶしたら青春みたいなドギマギするようなことがあるのだろうが、俺と綺羅子の間にはそんなものはない。

 この程度の触れ合いは、日常茶飯事だ。


 あと、背中に伝わる柔らかさが乏しくて、もともと性欲をコントロールしていることも相まって、マジで何も感じなかった。

 悲しいなあ……。


「ふう、助かります。実は、あれだけ走ったものですから、ヘトヘトでもあったんです」


 即座にぐたーッと全体重をかけてくる綺羅子。

 俺もなんですけど?


 俺もヘトヘトなんですけど?

 なのに、自分だけのんびりしやがって……許せん。


 綺羅子がリラックスして楽しんでいるのが、俺は世の中で最も嫌なことの一つだ。

 本当なら、今すぐ背中からとがった瓦礫の上に倒れ込みたいところなのだが……。


 まあ、いざとなれば投擲して囮にできるからいいか。


「そうしたら貴様も道連れだ……」

「ナチュラルに思考を読むのは止めてくれません?」


 耳元でぼそりと呟かれ、背筋が凍り付く。

 ぷるっとした柔らかい唇が耳に触れてこそばゆい。


 近いんだわ、お前。


「み、皆さん、少しいいですか?」

「どうしたんだ?」


 脅されても囮にしてぶん投げようと決意していたところで、グレイが声をかけてくる。

 いつも冷静な――――俺を拉致しようとしたときしか感情的な姿を見たことがない――――彼女が、明らかに動揺していた。


 絶対ろくでもないことじゃん……。

 嫌々尋ねると、グレイはいまだに驚きを隠せないが、しかし報告をしてくれた。


「能力で斥候をしていたんですが、不思議なものを見つけました」

「不思議なもの?」


 グレイは、その問いかけにコクリと頷いた。


「――――――村です」




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