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第81話 全滅

 










「私は、魔物と遭遇を極力避け、戦闘はせず、逃げることを推奨します」


 ダンジョンに入って早々、グレイは人差し指を立ててそう言った。

 俺は感動した。


 初めて彼女に対して感謝した。

 俺を誘拐しようとしたゴミクズ野郎だとばかり思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。


「えー。そんなのつまらないっすよ」


 そして、ブーブーと不満をあらわにする隠木。

 こいつはいつまで経ってもゴミクズだ。


 ファッキュー。


「面白い面白くないの問題ではありません。魔物は、決して甘く見てはいけないのです」


 俺と綺羅子はうんうんと頷いた。

 国を滅ぼされているこいつが言うと、説得力が違うな。


「今回の目的は、鉱物を採取してくること。しかも、チームで一つでいいのです。ならば、その採取にこそ力を注ぎ、危険を冒して魔物と戦う理由はどこにもありません」

「俺はグレイの言葉に賛同するよ。必要もないのに魔物と戦おうとするのは、勇気じゃなく蛮勇だからね」


 グレイの言葉に、即座に追随する。

 素晴らしい提案だ。感動した。


 さっさと終わらせよう。

 最初にダンジョンに入ったことによって、クラスメイトたちから鉱物を奪取することは不可能となったのだ。


 ならば、危険度の浅い、近い場所から鉱物をとって、一刻も早くダンジョンから抜け出すことを考えるべきだろう。


「私も賛成ですわ。正直、あまり戦闘は得意ではなくて……」


 綺羅子も俺に追随する。

 ここにいる誰よりも殺傷能力の高い特殊能力を持っていて、何をカマトトぶっているのか、この女は。


「まあ、チームっすからね。それに、ウチも魔物との戦闘が得意ってわけじゃないっすし。対人戦は得意なんすけどね」


 隠木も不満を露わにしながらも、しかし拒絶することはないようだ。

 得意なことって、暗殺とかそういう類ですか?


「じゃあ、グレイの言っていた通りに行動しよう。前衛と後衛を決めておいたが、おそらく斥候という意味だとグレイや隠木の方が俺たちよりも適している。悪いが……」

「ええ、お任せください」


 グレイはなぜかやる気満々の顔――――なんだかうれしそうだ――――を浮かべて、頷いた。

 俺が前衛をやりたくないという理由ももちろんあるが、斥候という能力を見れば、明らかにグレイが一番優れている。


 彼女の特殊能力は、【吸血鬼】。

 吸血鬼の能力なら基本的に何でも使える女だ。


 身体をコウモリにしてばらけさせることもできるし、数体の眷属を作り出して、視覚などを共有することもできる。

 めっちゃ便利だ。


 そして、隠木は言わずもがな、【透明】。

 姿が見えることはない。


 獣は嗅覚や聴覚も優れていることが多いが、それでも視覚からの情報を遮断されると、動きづらい種も多いだろう。

 加えて、隠木はそういった対策に音をあまり立てずに身動きができる身のこなしを身に着けているし、匂いをごまかす薬品なども持ち合わせているようだ。


 ……暗殺者じゃん。


「最前線にグレイさんのコウモリ。それでも見過ごした場合のウチ。うーん、これ完璧じゃないっすか」


 完璧だよ……。

 俺は思わず恍惚としそうになった。


「じゃあ、行こうか」


 俺たちは、そう言ってダンジョンの中を歩き出した。

 やっぱり、広大な洞窟みたいなところだ。


 レクリエーションで初めてやってきたときも思ったことだが……。

 それから、しばらく歩く。


 鉱物は見つけられない。

 早く帰りたい。


「しかし、今のところ何ともないのが怖いっすね。魔物を一匹も見ていないっす」


 隠木の言う通り、まだ俺たちは一度も魔物に遭遇していなかった。

 やり過ごしたとか、逃げたとかではない。


 そもそも、魔物の気配が微塵もなかったのだ。


「グレイのコウモリにも引っかかっていないのか?」

「はい、何もありません。広い洞窟のような感覚です」

「油断はしないでおこう」


 俺は、この安穏な時間が続くとは、微塵も考えられなかった。

 とんでもない化け物がいるということを忘れてはいけない。


 以前は死にかけたんだからな。


「(まあ、前の二人が最悪の場合は盾になるわ)」

「(ああ)」


 俺と綺羅子は視線で会話し、うなずき合う。

 その時は、二人が肉盾の役割を果たしている間に後ろに向かって走る。


 そして、おそらく隣で走るであろう綺羅子の足を刈り取り、囮とする。

 うん、完璧だ。


「っ!」

「「ッ!?」」


 突然驚いたようにグレイが立ちどまるので、俺と綺羅子も立ち止まる。


『ちょっとグレイが反応しただけで一瞬で逃げる体勢を取る君たちっていったい……。小動物かな?』


 気づけば、俺と綺羅子は背中をグレイたちに向けており、そしてお互いの服を引っ張り合っていた。

 こいつ、俺を囮に使おうとしやがったな……!?


「ど、どどどうかしたのかしら?」


 聞いているだけで情けなくなるほどのビビり具合で、綺羅子が尋ねる。


「……分かれ道です」


 グレイの言葉を信じて嫌々歩けば、確かに目の前には二つの分かれ道が現れた。

 うわぁ……。まあ、洞窟も似たような感じのものがあるだろうし、予想はしていたが……。


「ああ、マップの……ここかしら?」

「片方は広大に広がっていて、もう片方は細い道だな……」


 綺羅子の持つマップを覗き込む。

 髪の毛が頬にかかってこそばゆい。


 マップによると、左の道を進めば、その先はアリの巣のように広がっている。

 深層へと続く道もあるらしい。


 一方で、右の方を進めば、それは細い道が続き、突き当りとなっている。

 今回はダンジョンの散策が目的ではなく、鉱物の採取が目的だ。


 なら、あまり奥へと進むのはよくないだろう。

 というか、したくない。


「どちらに向かったらいいんすかね?」

「できる限り迷いにくい方がいいと思う」

「そうね。右の方にしましょうか」

「了解っすー」


 全員の意思が一致し、俺たちは右に曲がった。

 それから、しばらく道なりに歩き続ける。


 相変わらずグレイのコウモリに魔物が引っかかることはない。

 ……とてもいいことのはずなのだが、これだけ何もないと逆に恐ろしい。


 そんなことを思っていると……。


「……水?」


 ポタポタと水滴が落ちてくる。

 ここはダンジョンで洞窟とは違うが、似た環境なのであれば、それもおかしくはないだろう。


 湿度が高い場所なら、天上から水滴が落ちてくることも考えられる。

 だから、誰も気にしていなかったのだが……。


「いや、雨……?」


 その水滴の量が非常に多くなる。

 後ろの方を歩く俺や綺羅子はそうでもないが、先頭を歩いていたグレイはぐしょぐしょに濡れて、制服も透けてしまうほどだった。


 ……いや、おかしくね?

 ここ、ダンジョンだぞ?


 なんで雨が降ってくるんだよ。


「……ここって、ダンジョンの中だよな? 当然、空が広がっているわけじゃないのに?」


 天上を見上げるが、やはり空が広がっているわけではない。

 やばい化け物がいるわけでもない。


 だというのに、これは何だ?


「これは、まさか!?」


 唖然としていると、グレイが自分の身体を見下ろして、ハッと息をのんだ。

 直後、俺たちをドン! と突き飛ばす。


 痛いんですけど!?

 文句を言おうとするも、こちらを見るグレイの表情があまりにも鬼気迫るものだったから、言葉を飲み込む。


「こちらに近づかないでください! そして、すぐに身体に付着した液体をぬぐい取ってください!」

「グレイ!?」


 全員がギョッとしてグレイを見る。

 それは、彼女の身体から煙が上がっていたから。


 生きた人間の身体が、ドロドロと焼けただれていく。

 それは、先程の雨が原因であることは、誰の目から見ても明らかで、普通の雨でなかったことを如実に表していた。


「は、早く……あああああああああああああ!!」

「ひっ!?」


 最後の最後。

 俺たちのことを思いやったグレイが、悲鳴を上げて崩れ落ちた。


 広がる大量の血が、彼女がもう助からないことを示していた。

 悲鳴を上げたのは誰だったか。


 俺か、綺羅子か、隠木か。

 どちらにせよ、俺たちは一人の人間の死を、目の前で見ることになったのだ。


「ちょっ、マズイっすよ! というか、こんな現象がダンジョンの中で起きるだなんて、ウチは聞いたことが……!」


 普段は余裕綽々で、誰かをからかう鷹揚な性格の隠木も、この期に及んで暢気な声を発することはなかった。

 彼女は、英雄七家の白峰家に仕える家の出身だ。


 特殊能力の鍛錬も子供の時から受けていて、そうなるとダンジョンのことも教えられていたのだろう。

 そんな彼女をしても、この人を焼き殺す雨が降るとは、知らない様子だった。


 怯える様子の隠木に、地面の中から何かが近寄っていく。

 いや、泳いでいるのだ。


 硬い大地を、まるで水中のように泳いでいるものが急速に近寄り……。


「あ……?」


 バツン! と音が鳴った。

 地面から飛び上がった巨大な化け物が、大きな口を開いて隠木にかみついた。


 透明になっているはずなのに、微塵も外すことはなかった。

 噴水のように血が吹き上がり、高いはずの天井にも飛び散った。


 透明化が解けた隠木の姿は、右半分をほとんどかじり取られて、無残な姿になっていた。

 幸いなことは、即死したことだろうか。


 驚きの表情のまま、隠木は倒れた。


「よ、良人! たすけ……!」


 隠木に注意を向けていると、そんな声が。

 見れば、大量の腕が土壁から伸びており、腕は綺羅子をその中に引きずり込もうとしていた。


 そもそも、人間の身体は壁に叩きつけられるだけのはずなのだが、すでに腕の一部は壁に飲み込まれていた。

 そして、泣きそうになりながら切羽詰まった表情で助けを求める綺羅子を見て、俺は……。


「あ……っ!?」


 何も考える余裕なんてない。

 ただ、気が付けば俺は綺羅子を壁から引きずり出していた。


【無効化】の効果だろうか?

 腕はあっけなく消失していた。


 壁の中に引きずり込まれそうになるという、トラウマ確実の現象に襲われた綺羅子は、泣きながら俺に縋り付いてきていた。


「……えー、なにこれ?」


 何が起きているのか、さっぱり思考が回らない。

 いや、起きたことを冷静に考えろ。


 グレイと隠木は死んで、俺と綺羅子がダンジョンに取り残された。

 それだけだ。


 なら、テストを続行する理由もない。

 断じて、だ。


 俺は綺羅子を抱きかかえながら、ダンジョンの出口に向かおうとして……。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 なるほど。

 最近の鬼は、天井から生えてくるらしい。


 ズドンと地震が起きたのかと思うほどの揺れを感じる。

 つまり、鬼が降り立ったのは俺のすぐ側であり、もうどうすることもできない。


「は……?」


 またもや、考えるまでもなく動いていた。

 俺は、前に綺羅子を突き飛ばしていた。


 唖然とする彼女の顔。

 ……俺、何でこんなことしたの?


 俺自身も唖然として、そして……。


 ――――――鬼のこん棒で、頭を砕かれたのであった。


 俺たちは、全滅した。


『……なに、大丈夫だよ。だって君は――――――』




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笑える物語になっていると思うので、ぜひお願いします。

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