第79話 俺が聞きたい
俺が心から安心できる場所は少ない。
というか、ほとんどないと言っていいだろう。
どこに行っても俺の精神はすり減り、心は枯れそうになる。
そんな俺が唯一安心できるセーフティハウスが、俺の部屋である。
何人たりとも寄せ付けない完全無欠の部屋。
……であらなければならないはずなのに。
「さあ、作戦会議っすよ!」
「頑張りましょう」
「…………」
当然のように居座るバカ共。
ふざけているのかな?
なんで招いてもいない奴らがここに集まっているのかな?
「俺の部屋でやる意味はあるのかな?」
「いやん。乙女の部屋に入ってくる気っすか? えっち」
くねくねと身体を揺らす隠木。
今は透明化しておらず、彼女の素顔が露わになっている。
いや、黒髪が長いから目は見えないのだが。
学生とは思えないほど成熟した身体が厭らしく動いているが、俺はまったく興味がなかった。
むしろ、殺意しかわかない。
殺す。
お前らの部屋になんかつゆほどの興味もない。
ゴキブリを観察していた方が有意義だ。
「私は、梔子さんなら別に来ていただいて結構ですが」
グレイは無表情で歓迎してくれるようだ。
それって歓迎しているって言うの?
いや、行くことはないし。
チームを組むことになったこいつらがいるということは、当然もう一人もいる。
そのバカは、キッチンからひょっこりと顔を出した。
「ちょっとー。良人、お茶がないんだけどー」
「あー、そういや切れていたか」
「私が買ってきておいてやったわ。割り勘よ」
「えー、奢りじゃないの?」
「違うわよ」
そう言うと、綺羅子はまたスッと消えていった。
もう二度と出てくるんじゃないぞ。
ため息をつくと、なぜか隠木とグレイが俺を凝視していた。
何見てんのよ。
「……なんで黒蜜さんが梔子さんの部屋の在庫を知っているんすか?」
「幼馴染だからな」
「なるほど。……幼馴染ってそんな便利な言い訳になったっすか……?」
何もおかしい所はないだろう。
むしろ、そこを掘り下げてこられて、俺も困惑気味だ。
幼なじみなんだし、お互いの部屋に何があるのか、どれくらい在庫があるのかくらいは把握しているものだ。
隠木も白峰のそれを把握していることだろうし。
「しかし、作戦会議も何も、今の段階ですることはないだろう。ダンジョン内のマップは当日支給だし」
そんなことより、さっさと出て行ってくれないかな、こいつら。
全員に一度痛い目にあわされているので、死神にしか見えないんだよ。
「前衛と後衛を決めるだけでも随分と違いますよ。最初にある程度役割を決めておいた方が、自分が何をするべきなのかわかりますからね」
グレイが今とても重要なことを言った。
俺はキリッと表情を作って言う。
「じゃあ、俺は後衛だな」
「じゃあ、私は後衛ですね」
俺と綺羅子はお互いに首を傾げて、お互いを見る。
彼女はバカを見る目を向けてきているが、おそらく俺もそうなっているだろう。
何を言っているんだ、このバカは?
「……? 綺羅子の能力を考えたら、前衛以外ないだろ? しっかりタンクしてくれ」
「……? 無効化とカウンターを使えるんですよ? 前衛以外ないじゃないですか。しっかり私たちを守ってくださいね?」
「「…………?」」
凄い。
お互い日本語で会話をしているのに、お互い何を言っているのかさっぱり分からない。
俺が前衛?
どう考えても後衛向きだろ。
「いや、どう考えても二人が前衛でウチらが後衛っすよね」
「「!?」」
隠木の言葉に唖然とする俺たち。
き、貴様! より安全な場所に逃げようとしやがったな!
後ろから魔物に奇襲される呪いをかけてやる。
「私たちは正面から戦うより、サポートする能力の方が高いです。梔子さんのお役に立てるようお手伝いさせていただきます」
グレイはふんすと鼻息を荒くする。
無表情だが。
前衛に立って肉壁になることが、一番俺の役に立っているって分からないの?
「まー、作戦会議はこんなもんでいいっすね!」
ポーンと俺のベッドに寝転ぶ隠木。
止めろ! 汚いだろ!
作戦会議が至極あっさりと終わったが、俺は思った。
あ、こいつ飽きたな。
「しかしー、こんな美少女たちを三人も部屋に連れ込むなんて、梔子くんもプレイボーイっすねー。きゃー、食べられちゃうー」
ベッドでゴロゴロ転がるのやめてもらっていいっすか?
興味ないわ。
「ははっ。君たちはとても魅力的だから、俺の方が照れているよ」
「うわっ……」
綺羅子の心底嫌そうな声。
小さい声で気持ち悪がるな。
「ねねっ。梔子くんは、この中だと一番誰が好みなんすか?」
しかも、とんでもない爆弾をぶっこんで来た隠木。
誰が喜ぶんだよ、こんな話題。
少なくとも、俺は嫌な気持ちになったんだけど。
「いやいや、俺が選べるような立場でないことは明らかだよ。しかも、優劣をつけるような失礼な真似を、できるはずもないじゃないか」
「えー、興味あるんすけどね。ねえ?」
「……まあ、多少は」
隠木のふりを受けて、グレイも少し思案した後に頷いた。
誰を選んでも地獄じゃねえか。
八方美人の俺が、そんなデメリットしかない選択をするはずがないだろ。
『誇らしげに八方美人と自分のことを言う人は初めて見た』
しかし、このままだといつまでも俺の方に注目が集まってしまう。
これはいけない。
「それより、綺羅子の恋バナをしよう。白峰とはどうなったんだ?」
「!?」
ということで、綺羅子を売ることにした。
ギュルン! と素早く首を回して俺を睨んでくる。
致し方ない犠牲だ。
むしろ、俺の役に立てたことを誇りに思うべきではないだろうか?
「おー、いいっすねえ! あのお坊ちゃん、黒蜜さんに興味津々でしたし!」
隠木は、白峰と関係がある。
そのため、興味がそちらに向くのは必然だった。
グレイは興味なさそうだが、そもそも自己主張はあまり強くないタイプだ。
よし、これで俺から意識がそれて……。
「おーい、くちなしー。シャンプーが切れているんだが?」
ガチャリと浴室の扉が開いて、浦住が出てきた。
いつもおさげにしている白髪もほどけている。
というか、何で服着てないの?
せめてバスタオルか何かで身体の前は隠すよね?
なんで隠さないの?
小柄ながら豊かに実った胸部なども丸見えだ。
おい、止めて差し上げろ。
ここには綺羅子もいるんだぞ。
そう思って憐憫の表情で彼女を見れば、彼女はバカを見る目で俺を見ていた。
「……あなた、何してんのよ」
「……俺が聞きたい」
なんで勝手に人の部屋で風呂に入ってんの、この教師……。
過去作『偽・聖剣物語』のコミカライズ第5巻発売中です!
よろしくお願いします!




