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第72話 ……なにこれ?

 










 浦住は教師であり、良人は教え子である。

 そのため、良人の特殊能力の情報は、彼女にしっかりと伝わっている。


 入学当初は、【無効化】だった。

 相手の特殊能力を完全に無力化することのできる、強力極まりない特殊能力だ。


 綺羅子との駆け落ちで日本全国をにぎわせた際も、その力を使って彼女を助けたらしい。

 入学後、英雄七家の息子である白峰との戦闘で発現したのが、もう一つの特殊能力【カウンター】だ。


 自分の受けたダメージを増幅して相手に返す特殊能力。

 そもそも、複数の特殊能力持ちというのが、前例のないものである。


 それだけで、良人の希少性というものが分かる。

 加えて、強力な特殊能力なのだから、彼が特別であることは否定しようがない。


「だけど、その二つの特殊能力で、どうやったらこうなるんだよ、お前……」


 浦住は唖然としていた。

 そう、彼女はまだ死んでいなかった。


 あのどうしようもない状況で、どうしてまだ話すことができるほどの余裕があるのか。

 それは、空から降り注いだ猛毒が、跡形もなく消えたからである。


 そう、文字通り消えたのだ。

 何か強い衝撃でカウンターをして飛び散らせたとか、そういう次元の話ではない。


 完全に消滅したのだ。跡形もなく。

 もちろん、浦住の力ではない。


 彼女の特殊能力は【再生】。

 とてもじゃないが、降り注ぐ猛毒を消滅させることはできない。


 となると、この場にいるのは良人しかいない。

 彼がしたのかとも思うが、【無効化】と【カウンター】でできるだろうか?


 可能だとすれば、【無効化】の方である。

 しかし、この力もまたよくわかっていないことが多い。


 むしろ、特殊能力は個々人でまったく異なるため、それぞれの能力の仕組みなどはまったく解明されていないから、それも当たり前なのだが。

 だが、特殊能力だけを無効化するのか、それとも物理攻撃も無効化するのか。


 その辺りが非常にあいまいだ。

 白峰や黒杉との戦闘では物理攻撃は確かに通用していた。


 だが、鬼との戦闘では物理攻撃も無効化していたと聞く。

 そして、今回のアンピプテラの毒は、特殊能力には該当しない。


 それも無効化できるのか?

 いや、しかし無効化という特殊能力の範囲からは、消滅というのは明らかに外側にある。


 本当に能力が作用したのであれば、無毒化された液体が落ちてくるはずなのに、それすらもない。

 そもそも、浦住との戦闘でも、明らかに致命傷を負っていたにもかかわらず、彼は身動きが取れるだけのダメージに変わっている。


「(こいつ、何を隠しているんだ……?)」


 良人は、まだ自分たちに開示していない秘密がある。

 浦住は、それを確信した。


「がっ!?」


 浦住がそんなことを考えている間にも、事態は動く。

 空を飛んでいたアンピプテラの巨体が、地面に叩きつけられたのだ。


 誰かが上から叩き落した?

 いや、そうではない。


 アンピプテラの周囲だけ、重力が何倍にも膨れ上がったのだ。

 もともと、無理をして飛んでいたアンピプテラ。


 飛べるとはいえ、鳥のように何時間も飛行できるのではなく、数分足らずのその場しのぎの行動に過ぎない。

 抗うことなどできるはずもなく、地面にへばりつく羽目になった。


 しかし、蛇の身体は俊敏だ。

 すぐにでも起き上がって体勢を立て直すのが普通である。


 落下の衝撃はあっても、普通の生物とは違う魔物。

 耐久力も桁外れだ。


 だというのに、アンピプテラは起き上がることすらできなかった。


「がっ、がっ……!?」


 メリメリと地面が悲鳴を上げている。

 アンピプテラの周囲は、いまだに重力の重みが襲い掛かっていた。


 地面がへこみ、身体の厚さがなくなってしまうほど強く押し付けられる。

 そのため、内臓器官に多大なダメージが入り、アンピプテラは口から血などの吐しゃ物を吐き出していた。


「ァ……カ……ッ」


 そして、アンピプテラはピクリとも動かなくなった。

 あらゆる穴から体液をだくだくと垂れ流している様から、もはや命がないことは明白だった。


 しかし、それだけでは終わらない。


「なっ……!?」


 浦住は空を見上げて激しく狼狽する。

 大きな月を背に大量に浮かんでいるのは、剣だ。


 今の時代ではそうそう見ることのできない、中世に使われていたような古い剣。

 分厚い西洋の剣もあれば、日本人ならよく知る日本刀もある。


 形は様々だが、それらが大量の空に浮かんでいた。

 そして、それらはすでに息絶えているであろうアンピプテラめがけて、一斉に降り注ぐ。


 まさに、剣の雨だ。

 毒の雨を降らそうとしたアンピプテラに対して、人類の作り出した武器の嵐が降り注ぐ。


 それらは身動きのとれない巨大な蛇に、次々に突き刺さっていった。

 ガシャガシャと大量の鉄の音が鳴り響く。


 そうしてそれらが収まった後に見えるのは、凄惨な剣山だ。

 どれほどの恨みがあるのかと思うほどのオーバーキル。


 アンピプテラは、身体の厚さがなくなるほど大地に押し付けられ圧死。

 内臓や吐しゃ物を吐き出して死に至るという、ありえないほどの苦痛を味わった。


 さらに、止めとばかりに大量の剣が降り注いだ。

 墓標だ。


 月明かりに照らされる、蛇の墓標が出来上がった。


「梔子、お前……」


 浦住は、初めて他者に恐怖した。

 その男は、どれほどの怒りを抱いていたのだろう。


 それらをすべて、凶悪な魔物にぶつけたのだ。

 恐怖を覚えた……にもかかわらず、どこか胸を熱くしている自分がいることに、浦住は困惑していた。


「(……まさか、秘密主義で危険な能力を持つ男に助けられて惚れるなんていう、しょうもない中学生みたいな感情をあたしが……? 冗談だろ)」


 何やらもだえる浦住。

 しかし、少なくともこの力が何なのか、何を隠しているのか、良人に聞かねばならないと強く思うのであった。


「(……なにこれ?)」


 問題点としては、良人自身もまったく理解できていないことである。




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